僕の平穏、アンの心配

「朝か」

 いつも通りの日差しが、僕を差す。半分だけ体を起こして、腕を前にする。この窓から見える空には、雲がないらしい。淡白とも言える水色が、妙に美しく続いていく。その一つ一つの光が、僕を引き戻すような気もして。

「元気?」

 ベットの横から、頭が出てくる。さっきまで隠れていたらしいアンは、少しだけ声を抑えて言う。僕はこらえきれなくて、お腹を抱える。アンも釣られて笑い、大きな音が部屋に響く。そこかからはひとしきり、笑っていたように思う。こんなに笑ったのは、いつぶりだろうか?

「うん」

 目を拭いながら、アンの方を見る。つやつやとした桃髪の下で、思いっきりの笑顔を作る。どこかで見たはずなのに、思い出すことができない。こんな時間が、長く続けばいいのになと思う。叶うことのない願いも、願うくらいは許してほしい。僕らが生きる現実で、思い出を抱えて生きていくために。

「そっか」

 そう言って、アンは後ろを向く。手は後ろで小さく結ばれて、お洒落なフリルが目立つ。僕は毛布に隠れている手を、ぐっとこらえる。陽の光は僕を照らして、アンの方を暗くしている。この陽から先に触れることは、できない。

「アンは?」

 どうしようもなく、天井を仰ぐ。扉の方を向いたままま、アンは動かない。僕自身変なことを聞いてしまったと思うけれど、仕方ない。息を吐きだして、深く吸う。アンはしばらく悩んだ末、横顔を僕に見せる。

「秘密」

 アンは走り出し、扉を開ける。すぐに扉は閉まって、聞き心地の良い余韻だけが残る。恐らくアンは、母の所に行ったのだろう。意識がはっきりとしてきて、地に足をつける。

「……ぅぅぅ」

 滅茶苦茶にお腹が減っていたことに、今気づく。アンと話していたのもあって、鈍くなっていたらしい。毛布をある程度整え、安定しない足取りで僕は進んでいく。扉を開ければそこにはもう、かすかな美味しさが漂っている。とんとんと小気味の良い音がすると、僕の足も釣られて早くなる。いつになってもこの家の朝は綺麗で、済んでいる。ゆっくりと、けれども食欲のままに階段を下る。

「おはよう」

 とても明るい気がして、前が見れない。父とアンは何かを喋っていて、真剣な表情を見せる。けれどもどちらも楽しそうで、僕にまでそれは伝染する。

「おはよー」

 父に被せるようにして、アンが言う。父は笑顔で、こちらを見る。その先にはアンが居て、僕がいる。僕はお皿を配り、アンはそれを手伝う。今日は一体、どんな料理が食べられるのだろうか?





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