この匣、キけん也

@barnbornbarn

第1話 邂逅

今年の春は例年より暑い。

どうしたんだ地球、まだ夏は早いぞ。

ぼそぼそと独り言を言う中年のサラリーマンが住宅街の坂道を上って来る。

ジャケットを片手に持ち、もう片方の手で汗をハンカチで拭う。

息遣いも荒く、贅肉がゆれる。

ふと、目線を上にあげると、目線の先に小さな匣がポツンとある。

「さっきまであったか?」

中年のサラリーマンがそう呟くと

「あったよ」

と、小さい子供の声が聞こえた。

だが、この坂道には他に人はいない。

どこから声がしたのか。

疑問に思いつつ匣に目をやると、目の前から消えていた。

「あれ?」

「こっちだよ」

後ろから声がした。

振り返った瞬間

バクン

異様な音と同時に、匣が中年のサラリーマンの上半身を喰らっていた。

むしゃむしゃ、ばりばり

住宅街に肉と骨を嚙み砕く音が響く。

地面に血だまりができ始めた。

「一人目、食べた。次は誰だろう?」

匣は消え去った。

あたりには沈黙しか残らなかった。

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