第2話 質問攻めと、天舞音の出会い
一時限目終了後。早速囲まれた天舞音を夏郁は気の毒にと思っていた。
「人気者だな」
「そりゃなぁ。転校生だし。ってか夏郁は話しかけに行かないのか」
「俺がそんなこと出来るやつだと思うか」
「思わん」
「だろう。……まぁ、気の毒にとは思うよ。色々聞かれるんだろうな」
「だろうなぁ」
紘斗とともにちらりと目を向ける夏郁。昨日の雰囲気はどこえへやら。柔和な笑みを湛えて受け応えをする天舞音は少し気圧されているような感じがある。
とは言っても助けに入れるような雰囲気ではないし、勇気もない。ここは静観しておくのが一番だと夏郁は不介入を選択した。
「転校生って大変だな」
「それな」
夏郁としてはどちらが素に近いのか知りたいところではあるが、知ったところでなので気にしないことにした。
放課後。質問攻めは帰りまで続いていた。
特段学校に用事もないので、弓を引きに行こうと校内の弓道場へ足を伸ばす。
その道すがら、担任と天舞音が話しているのが聞こえてきた。
「恩返し?」
「はい。昨日困っていたところを助けていただいて。この学校の制服を来ていたので、聞けばわかるかなと」
夏郁が帰った時にはもういなかったはずなのに、なぜ知っているのだろうか。
人の気配は感じなかったし、家に帰る道中でも天舞音には会っていない。
「覚えてる特徴は?」
「えっと……黒髪で、少し髪が長かったような」
もしかして自分ではと思う夏郁だが昨日は髪を流していたので、今の夏郁とは結び付かないだろう。
聞こえてきた会話を聞こえなかった振りをして、昇降口に向かう。少し遠いところに弓道場がある。そこに行けば喧騒とはすこしだけ、離れることができる。夏郁は周囲と隔絶された空間が好きだった。
「いつでも静かだなぁ」
的をかけて、とりあえず弓を引く準備をする夏郁。色々思うところはあるものの、弓を引く時にはいらないので、頭の隅に置いておく。
やや暗い、雲のかかった空が静かな環境を生み出す。集中して弓に打ち込める最高の環境だと夏郁は思う。
矢を番え、乙矢をとる。弦調べ、箆調べ、物見をし、取りかける。
うち起こしたら、左右に均等に肩を開く。ゆっくりと、余計な緊張がないように。雨粒がひとつ、落ちる時に、弦音が周囲に響いた。
直接姿は見えないのに、視線を感じる。見ている人物がいるようだ。気にしていてはどうしようもないので、練習に入る。
「……」
まだ見ている。観察されているようだ。
「……」
まだいる。帰りたいところなのだが、時間はあるので問題ない。
「……」
やっと帰ったようだ。諦めの悪い観察人だったようだ。
一瞬しか見えなかった淡青色はどこか見覚えがある気が駿河、疲れているので、思考を投げ出した夏郁だった。
「なんの音?」
初めて聞く音に、天舞音の心に興味が湧いた。こんなに綺麗な音は初めて聞いた。
「こっちから……」
聞こえてきたのは在校生は誰も近付こうとしない、雑木林。学校の敷地内にこんなものがあるとは知らなかった天舞音。
「また聞こえた」
次はしっかりと聞こえた。音に惹かれるまま、歩くと、建物が見えた。半露天の道場。そこに立つ、一人の少年。弓道と言うものを知らない天舞音でもわかる。とても綺麗だ。どこかで見た記憶のある姿と全く同じだった。
「……」
木陰から見るのが一番いいと思い、隠れる。
「顔が見えない……」
昨日助けてくれた人物の顔は覚えているので、一致すればいいのだが、ちょうどよく顔が見えない。
またひとつ、弦音が響く。静謐な、綺麗な音が天舞音の心に刺さる。遅れて吹いた風が淡青色を攫っていった。
一手の矢、二つの弦音 @akatuki-360
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。一手の矢、二つの弦音の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます