二十四話 狩人、特訓する 其の参

 ツカサが目覚めて三週間。

 そして、功夫を習い始めて、十九日が経った頃。


 ツカサとフギは互いに功夫を使いながら組み手を行っていた。"氣"を巡らせながら相手の隙を突き、お互いに一歩たりとも引こうとせず、むしろ、次の一手次の一手と勢いよく、移り続ける。


 【発勁】による一瞬の運動能力の爆発は奇襲性を底上げし、ツカサ自身が欲していた爆発力を手に入れ、彼の【狩猟】は新たな段階へと足を踏み入れていた。


 フギの重い蹴りでの一撃がツカサを吹き飛ばすもそれをグッと堪え、自身の足に"氣"を巡らし、一気に踏み込むと彼女の目の前に彼が一瞬にして現れる。


「フン!」


 フギはそんなツカサに気付いており、彼のガラ空きの体に目掛けて、寸勁を放つも次の瞬間、それは腹部には打つからず、彼の手が彼女の腕を掴んだ。


「なっ!?」


 自身の腕を掴まれたことで一瞬だけ動揺するもすぐに切り替え、掴んだ腕に溜めた"氣"を爆発させて、ツカサを放り上げようとする。しかし、寸勁を放つ為に貯めていたはずの"氣"がいつの間にか消えていることに気づいた。


「一本、もらうぞ! フギ!」


 掴んだ腕より、背を向けてツカサはフギの体を地面に叩きつけると彼は彼女の顔の前で拳を寸止めした。


「一度も相手の"氣"の外し方を教えてなかったのに。どうやって?」


オレの攻撃をフギが受ける際に、"氣"が散らばる時があってな、あれを真似したかったんだが、どうやら受けは下手だったらしい。だから、あえて、受けでは無く相手が攻める際に生じる"氣"をオレの体に流すことで相手の"氣"を奪ったと言ったところかな」


「あはは、本当に規格外なんですから。ツカサさん、もう私からお伝えすることはございません。随分もまあ、師匠を追い越すのに時間をかけないなんて」


 フギは叩きつけられた自身の体を起こし、ツカサに笑顔を向けると彼はしっかりと頭を下げて、お辞儀をしていた。


「この度はオレの我儘に付き合ってくれて感謝する。フギのおかげで随分もオレの【狩猟】も進化した」


「ふふふ、丁寧なお辞儀、どうも。それはそれとしてツカサさん、実はあなたに話しておくべき事があります」


「む? 何用か?」


「ツカサさん、の上司である人から連絡が来ており、貴方を【探索者】として認めるには一級【探索者】の資格を得る必要とのことです」


 【探索者】とはWDGに登録された【迷宮ダンジョン】に潜ることができる人間の総称であり、彼らは各階級ごとに分かれている。


 特級、一級、準一級、二級、三級、四級に分けられており、【探索者】になった時点で四級の階級が付与されていた。


「一級? 何だそれは」


 ツカサが首を捻るとフギはそれに対して丁寧に説明した。


「簡単に言えば、【探索者】の強さに直結する物です。特級は推薦でしか選ばれませんので、実質、WDGの主戦力となっているのは20人の一級【探索者】です。ツカサさんは正直、一級以上の実力がございますが、アルマンダインさんが貴方のことを認めるのには一級【探索者】にならなければなりません」


「???? それにならないといけない理由はなんだ? オレには関係ことだが」


 ツカサは更に首を傾げるとフギは申し訳無さそうな表情を浮かべながらその問いに答えた。


「えーとですね、ツカサさんはこの一級【探索者】にならないと【迷宮ダンジョン】に潜れません」


「…? は?」


***


 円卓会議にて決まった事は三つ、一つは【信徒狩り】について、もう一つは【迷宮ダンジョン】探索の規則の見直し、そして、最後の一つがホシナミ・ツカサの【特例】を認めるための条件であった。


 ツカサに課せられた条件、それは一級【探索者】になる事。


「ツカサさんの体はもう完治しておりますので今からでも一級【探索者】試験を受けに行けますよ」


 ツカサはいつもの軍服に着替え、フギに連れられてると彼女と共にWDG本部の廊下を歩いていた。


「うむむ、オレはそんな事のために【探索者】になった訳じゃないのだが」


「あはは、まぁ、ツカサさんは違反者として最初活動し、それを永遠トワさんと風雅フウガさんの2人で庇っていたのですが、この前の【魔女】信徒との戦いで完全に目立ってしまったので仕方ないことなのです」


 フギが言い終え、足を止めると彼女の前には扉があった。


「ツカサさん、実はですね、一級【探索者】試験は今日なんですよ」


 フギがツカサが居る方向へ、視線を向けるとそこには彼にほんの少しだけ申し訳なさが混じっていた。


「なるほど、そういう事か。オレに功夫を教えながら時間を稼いでいたという訳か」


「ごめんなさい」


「そんな事で頭を下げる必要ないだろう! フギにはとても感謝している。それにオレに必要な事何だろう? この一級【探索者】となるのは」


 ツカサはむしろ自身が新たな【狩猟】をすぐに試す機会が生まれたことに感謝しており、やる気を漲らせていた。


「そう言って貰えると私も少しだけ嬉しいです。ツカサさん、この扉を通れば会場に着きますので、ご武運を」


「おう! ありがとうな! フギ! じゃあ、行ってくる!」


 フギに言われた通りに扉を開くと光が差し込み、ツカサはその中へ躊躇うことなく踏み込んだ。


***


 WDG本部には次元跳躍装置が備わった扉がある。それは【迷宮ダンジョン】が顕われた後より、人に齎された【個性スキル】から【魔法】現象と科学を取り込み生んだ、現代最新技術の結晶であった。


 WDG本部同様の扉から次元を跳躍し、一瞬にして他の対象の扉へ飛ぶことが出来る優れものであり、ツカサが開けた先には多くの人間が揃っていた。


「はーい、ホシナミ・ツカサ、エントリー完了ね」


 部屋の中から大きな声で自身が呼ばれたことにツカサは驚くも辺りの人間全てが彼に一斉に視線を向ける。


 それには疑惑、猜疑、畏怖、恐怖、それら様々な感情が込められたもので一々反応するのはキリがないとツカサは感じ、無視をしようとした。


「ツカサさん! まさか、あんたも来るなんてな!」


 聞き覚えの声がして、背後を振り向くとそこにはツカサに負の感情を抱かず、むしろ好意的な視線を向けるゴトーの姿があった。


「おお! ゴトーか! 1ヶ月ぶりか?! 何だか、想像よりも早い再開だなぁ!」


 黒髪を短く整え、背には以前とは違う剣を背負った準一級【探索者】であるゴトー・ミキヤはツカサに喋りかけると辺りの人間は更にザワつき出した。


「ゴトーってあの、違反者で売名行為したって言うアイツか?」


「らしいな、しかも、違反者が今回の一級【探索者】試験に来てるらしいぞ」


「ホシナミ・ツカサ、アイツWDGから【特例】でここに来てるんだろう? なんか疑っちまうよな」


 様々な話が飛び交う中、ツカサは一切気にせず、ゴトーとの再会を喜んでいると試験会場である部屋の講壇に一人の男が立っていた。


 黒いスーツを羽織りながら袖を捲り上げ、顔と腕が切り跡だらけの赤髪の男が立っており、自身の指にはめていた、指輪を触ると講壇目掛けて、その拳を振り下ろした。


個性解放スキル・セット柘榴石の牙プロスペリィ・ファング!」


 男が振り下ろした拳から会場の地面より、ガーネットにより生まれた巨大な牙が受験者達に突然襲いかかった。


 唐突で、準備を怠った者達が多数おり、その牙が受験者達の体を傷つけるもそれにしっかりと反応し、むしろ、放った相手へと得物を向ける者さえもいた。


 ホシナミ・ツカサ、ゴトー、そして、幾人かの人間が講壇を破壊した男の下に動き出す。


 そして、最も早く男の下に辿り着いたツカサは彼の首元に得物を置くと睨みつけながら声を上げた。


「何者だ? お前」


 それ対して男もまた、ツカサを睨み返しながら答えた。


「WDG技術庁局長、特別一級【探索者】サー・アルマンダイン。今回の一級【探索者】試験の試験官だ」

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