第9話 パねえ変態活用! 適塾その3の3

 いつまた新幹線に戻ってしまうかわからない。無駄なやり取りをしている暇はないかもしれない。今野の「次が最後なんだからね」の言葉も気になっていた。俺は慌てて塾長にお願いする。


「じゃあ塾長! どんな短歌がいいっすか? 作ってみてくださいよ」

 笑いじゃなければ優秀な塾長だ。いい返答の短歌を作ってくれるのではないか。俺は期待した。


「えーと、そうだなぁ。結構難しいなぁ。でも、その中村君てすごいね。自分で考えたんだろ。まあ内容は酷いっちゃ酷いけどその短時間でよく思いついたな」

 塾長が中村を褒める。


「確かにそうですね。完全オリジナルみたいですし。古文ぽくしてるのが笑えますね。さらに自分でリスクを取ってますし。たとえそれで滑っていたとしても僕はかっこいいと思いますね」

 神崎先輩も褒める。


「ゲヘヘー、俺様も逮捕されるリスクはいつも取ってるぜ!」

 あんたはとっとと捕まってしまえ!


 だがここで、不意に、いつかの神崎先輩の塾長への批判が俺の中に蘇ってきた。「リスクを負う勇気も笑いのセンスもないくせにリターンだけは求めている」、「つまんないうえに卑怯者」 これらの言葉を思い出して、そして、気が付いてしまった。

 

 これって、これって塾長のことではなく、まさに俺のことじゃないか……。俺は愕然とした。今までの自分はただ適塾で出してもらった答えを読み上げただけ、自分では何も考えていない。そのくせ、みんなからの賞賛を求めていた。果たして俺に中村を批判したり塾長にセンスないとかいう資格はあるのだろうか……。


 面白い面白くないは別として二人とも自分で考えてリスクは取っている。「自分がやったことに自分が責任を取る。これが大人の第一歩だ」塾長が以前に言っていた。こんな子供みたいな塾長が言うので話半分に聞き流していたが、今その言葉が重みを持って俺にのしかかってくる。


「いや、やっぱり、自分で考えたいっす」

 気がついたら口に出していた。その気持ちは本当だった。


 だが、そうは言ってみたものの、俺は短歌なんか作ったことはない。「人に教わることは恥ではない。それを恥だと思うことが恥だ」これも質問を躊躇っている生徒に塾長がよく言っていることだ。短歌の作り方は教わってもいいだろう。それを元にオリジナルをきっと作って見せる。


「塾長! 短歌がしたいっす。どう作ればいいっすか?」

 俺は情熱を塾長にぶつけた。


「おっ、やる気あるな谷藤!」

 嬉しそうに塾長が答える。


「先生! パンツが見たいっす。どうすればいいっすか?」

 嬉しそうに中島先輩が続く。


「お前は黙ってスーパーの下着売り場にでも行ってろ!」


「ゲッヒャー」


「まず、どうすればいいっすか?」

 中島先輩は無視して俺は聞いた。


「そうだなぁ、『パンツ何色よ?』の答えが歌の主題になるよな。まずは気持ちをはっきりさせるんだ。素直に本音で。じゃあ今から俺が質問するから、お前のパッションをぶつけてみろ! では、いざ問わん! 谷藤、パンツ何色よ?」


「答えたくないっす!」

 俺は間髪入れずに本音で答えた。若い女の子に聞かれても嫌なのに、こんなおっさんに聞かれたら尚更嫌だ。


「だよな、普通そうだよな。俺もそう思う。じゃあそれを歌に込めよう」


「俺様は見せたいけどなー!」

 誰が言ったか言うまでもないコメントが入るが、みんな無視をする。


「つまり隠すべきってことっすよね。塾長! 隠すって古文で何て言うんすか?」


「隠すのままでもいいと思うけど、『秘す』とか古文ぽいんじゃないかな」


「ゲヘヘー、隠すからこそ、より興奮するんだよな!」

 さっきからみんな無視してるのに、この先輩メンタル化け物か! ん、でも、隠すからこそより興奮する。なるほど、隠すからこそ、より美しく感じる、より一層想いが強くなる。なんか使えそうだぞ。


「塾長! パンツって古文で何て言うんすか?」


「流石に知らないけど、下衣とかでいいんじゃないかな、わかんないけど」

 したごろもか、なんか下心とも似ているな。本音とか人を思う気持ちも隠すほど強くなる。なんかいい感じだぞ。


「塾長! 『秘すこそ したのころもも 強くなる』 最初はこれでどうですか?」


「なるほど、隠すからこそ、より一層パンツの輝きもパンツへの思いも強くなるだろうってことだな。内容はいいんじゃないかな。でも最初は5文字だから『秘してこそ』とかどうだ? あと、『強くなる』は『勝る』とかもあるぞ」

 なるほど、さすが塾長、適切なアドバイスだ。俺は初めての短歌作りを意外と楽しんでいる。そうだ、「したのこころも」にすれば、こころところもの両方が表せるんじゃないか? これはありかも。


「塾長! 『秘してこそ したのこころも 勝るけり』 これでどーすか?」


「おぉ、『こころも』で心と衣の両方を表したか! ちょっと変則的だけど、一つの言葉に二つの意味を持たせる『掛け言葉』ってやつだな。天才か谷藤! ただ『勝るけり』は『勝りけれ』だな。」


「あっそうか、『けり』の前は連用形だから『勝る』が『勝り』になるんだった。でも何で最後は『けれ』になるんすか?」

 あんなに嫌いだった古文の文法に俺は今、少し興味を持ちつつあった。


「それはな『係り結びの法則』って言う謎の法則があってな、助詞の『ぞ、なむ、や、か』を使うとその文末は連体形、同じく助詞の『こそ』を使うとその文末は已然形いぜんけいにするっていう古文ならではの決まりだ。意味はだいたい強調だな。より強い気持ちを表せるぞ。今回は『こそ』を使ったので、最後が終止形の『けり』じゃなくて已然形の『けれ』になるんだ。ちょっと難しいかな」


「なるほど、では『秘してこそ したのこころも 勝りけれ』このあとはどうすればいいですか?」


「うーんそうだなぁ、まあ短歌って言ったら桜をいれときゃいいんじゃないかなぁ。谷藤、桜は好きか?」

 ちょっと適当に塾長が言う。でも確かに桜にまつわる歌は多い気がする。


「大好きっす。桜の咲く直前の時期って早く咲かないかなぁって思って毎年ちょっと興奮するっす」


「おぉ、いいねぇ。じゃあ、その気持ちって隠れたパンツを見たい気持ちにちょっと似てないか? 何か言ったことを別のものに似ているよって言うのもよくあるやつだな」

 うーん、似てるかなぁ? 疑問に思ったがまあ似ていることにしよう。桜が咲く前の気持ちに似ている。まあ確かにあまり他人に「俺、桜楽しみっす」とか言わないで自分の中でとどめていた方が桜への期待度が増す気もする。


「桜咲く前の 気持ちに似ているかも」うーん、語数が良くないなぁ。桜が咲くのを待っている日々、うーんと、「桜待つ日の」これでどうかな。気持ちに似ているかも、えーと「気に似てるかも」これでどうだ。

「塾長! できました。

『秘してこそ 下のこころも 勝りけれ 桜待つ日の 気に似てるかも』

どうですか?」


「隠してこそ、パンツへの想いや誰かへの想いも増すのです。それって桜が咲くのを待っている日々の気持ちに似ていますよね。て感じか、さらに『気』には『樹』の意味も込めてるのかな。確かに花を咲かす前の桜の樹は強い意志を隠している気がするな。また掛け言葉か、やっぱ天才かお前は! でも、一つだけ、『似てるかも』は『似たるかも』の方が古文ぽいな」

『樹』の掛け言葉は意図していなかったが、天才とか言われると嬉しい。


「塾長! ありがとうございます。では、


      秘してこそ 

      下のこころも 

      勝りけれ

      桜待つ日の 

      気に似たるかも


これでどうですか?」


「100点満点だ。すごいよ谷藤。藤原氏もびっくりだな。もう貴族デビューしちゃいなよ。一点だけ補足説明すると、最後の『かも』は古文では普通は『~かもしれない』という意味ではなくて、『~であることよ』みたいに感動とかを表すから要注意だ」

 塾長が褒めてくれた。生まれて初めて100点を取った! 貴族デビューて何だよと思ったが悪い気はしない。陰キャから陽キャを飛び越して貴族デビュー、いい


「谷藤やるなぁ! 見直したよ。僕には作れないな。『パンツ何色よ』の返答としては最高峰の一つじゃないか」

 神崎先輩に褒められると本当に嬉しい。これで俺は卑怯者じゃないすよね。勉強関連で褒められた覚えはほとんどない。俺はこれまでにない高揚感に包まれた。


 そんな熱い気持ちに水を差すように、


「ゲヘヘー、俺様もできたぞ!」

 さっきから黙って何かを書いていた中島先輩が言った。


「おっ、中島。じゃあ詠んでみろ」

 塾長が促す。やな予感しかしない……。


「行くぞ!


      見たいなら 

      見せてあげるぞ 

      マイパンツェ

      ゲヘヘヘへへへ 

      ゲヘのゲヘゲヘ


どうだ!」


「……、う、うん中島。まあ内容はさておいて、パンツェってなんだパンツェって」

 塾長が呆れながら言う。


「途中に『ぞ』を入れたから係り結びを使ってみたんだゾ」

 中島先輩が可愛く言う。


「中島には珍しい可愛さだな。でも俺はそんなん教えてないんだゾ」

 対抗して塾長も可愛く言う。


 二人とも気持ち悪いです……。パンツとかの名詞は活用をしない。つまり、語尾の変化をしない。文法が苦手な俺でも流石にわかる。


「ゲヘェ! でもこの前先生、パンツの活用は『パンツァ、パンツィ、パンツ、パンツェ、パンツォ』の五段活用だぞって言ってたじゃん」

 この塾長なら教えかねないが流石にそれはないだろう。


「ちがーう。俺が教えたのは『パンツ、ピンツ、プンツ、ペンツ、ポンツ』の五段活用だ!」

 おいっ! 塾長!


「それはおかしいですね」

 頼んだ、神崎先輩!


「それだと上から3つ目の辞書に載っている形である終止形が『プンツ』になりますよね。もはやパンツじゃないじゃないですか。それに活用って6種類ですよね。それだと5種類じゃないですか」

 先輩、突っ込むところ違うっす!


「あーそうだった、ありがとう神崎。ごめんごめん先生間違えた。これは特別な活用でパ行変格活用、略してパ変。『パンツ、ピンツ、パンツ、プンツ、ペンツ、ポンツ』って終止形がパンツに戻るっていう特別なやつだった。単語はパンツの一語だけだからな。『いちごパンツ』で覚えるのがコツだぞ」


「それもおかしいですね。『いちごパンツ』じゃ、パンツの一語だけってことしか覚えられなくないですか? 何を覚えてるのかさっぱりわかりませんよね。ただ、『いちごパンツ』って言いたかっただけですよね。素直に白状すれば罪は軽くなりますよ」

 神崎先輩まで何言ってんすか!


 「ゲヘゲヘ、なるほど、パンツはパねぇ変態活用で『ぞ』は連体形で結ぶから……、えぇーと……。わかったゾ! マイプンツにすれば良かったのか!」

 珍しく中島先輩が真面目に学んでいる……って、おい!


「その通り! よくできたな中島。でも犯罪な」

「ゲヘ法175条ゲヘ禁止法違反ですね。中島はゲヘを言いすぎましたね」

 神崎先輩も塾長にのっかる。

「神崎までひでーよ! ゲヘ法ってなんだよ!」

「とりあえずお前は何言っても犯罪な」

「異論はありませんね」

「ゲョボーン」


 またいつも通りの不毛すぎるやり取りを聞いていたら眠くなってきた。次第に意識が遠のいてくる……。おそらくこれで最後なんだろう。俺は今野が言ったと思われる言葉が、なぜか今は間違いなく真実だと思っていた。


 それに、もう繰り返さなくていい。滑ろうが、悪者になろうが、全部受け入れよう。俺が自分で考えた返答で何が起きようと俺は自分で責任を取る。不思議な覚悟のようなものが俺の中に生まれていた……。コンッ。


      ******


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