第3話 『女』という娯楽を手にする方法

 食事という名の餌を食わされている時、周りの鉱夫たちがざわつき出した。大食堂の各所に浮いているモニターに『Show Time』の文字が刻まれたからだろう。


 モニターは平面ではなく立体的で、ホログラムになっている。そこにカウントダウンの数字が表示された後、可愛らしい女性が映し出された。


 彼女は、男が好む露出が高い服を着ていて、でも、可愛らしくもある衣装を着こなしステージでマイクを握っている。笑顔を振りまきながらこちらに手を振って曲が始まるのを待っていた。ああいうのを地球ではアイドルといったらしい。


「「「おぉぉぉ!!」」」


 男たちが興奮を隠さずに立ち上がる。俺とジッパーのように座っているのは少数派だ。


 周りではお盆を振り回したり、恥ずかし気もなくホログラムの真下にいって鼻を伸ばしている奴までいる。ホログラム、立体映像、つまりそういう事だ。あそこに立てば女性の下着を簡単に拝む事が出来るのである。所謂その特等席はあっという間にむさ苦しい男たちで埋め尽くされた。


 曲が始まり、彼女が踊り出し歌い始めると周りの熱気は更に高まっていく。うるさ過ぎてうんざりした気持ちになった。


 ジッパーの奴も餌の補給が済んだらしく、今立ち上がるのは危険だと判断し、のんびりとした顔でホログラムを眺め出した。


「今日も可愛いなぁー、カペラちゃんは」


「ま、そうかもな」


 あの映像は、管理AIが設置されている中央タワーにあるスタジオから生中継されているらしい。


 映っている少女の名前はカペラ、透き通るような水色の髪をツインテールにしてアイドル衣装に身を包み、パッチリとした大きな瞳と小さな唇を動かして、これでもかと笑顔を振りまいていた。ホログラムには彼女の一滴一滴の汗さえも鮮明に投影されており、とても臨場感がある。


 しかし俺は、大多数が下心をむき出しにしている中、自分も欲望を開放するのには抵抗があった。一応言っておこう。俺だって女には興味はある。むしろ津々と言ってもいいだろう。


 俺がクールを気取っている間もしばらく歌は流れ続け、男たちがニマニマしながらそれを見ていると、「ありがとー」と彼女が手を振った後に文字が表示され、ショーは幕引きとなった。


『カペラ、10億ポイント、For Sale』


 それを見た男たちがこれまた一斉に、「おぉぉ……」と声を上げた。今度は興奮ではなく、落胆の意を込めてだ。


「高すぎだよー、カペラちゃん、どうやって買えっていうんだよー」


「そりゃあおめぇ、下層に行ってモンスターをやっつけるとかよ」


「ははは、そんなん夢のまた夢だろ。命がいくらあっても足りやしねぇ」


 こういった周りのバカどもの会話も聞き飽きたものだ。


 先程の文字表示『For Sale』はそのままの意味であり、さっきまで歌って踊っていたカペラを10億ポイントで購入できるという事を表している。


 火星では、パートナーは購入するものなのだ。


 火星のAIは考えたのだろう。男を効率よく働かせる方法を。劣悪な環境、マズイ食事を与えていても、モチベーションを保つ方法。


 それが『女』であった。


 火星人類の男性は大量にカプセルで量産され、その何万分の1の女性は男たちのモチベーションを維持するための存在として、希少性を保ちつつ育成される。


 そして男たちは、いつかホログラムに映る女性を買うのだと必死に働く、という構図だ。


 AIが考えたシステムにしては悪趣味すぎるが、実際、この制度は上手くいっている。


 女性には先程のカペラほど高額な者ばかりではなく、中級市民になって一生働けば買えなくもない価格の人物も存在するのだ。


 だから、ほとんど男たちは、パートナーを得ることを人生の目標として、日々、過酷な労働に勤しんでいた。


「……だけど、下級市民の身分でどうやって買うんだよ」


「ん? ジークもカペラちゃんに興味出てきたか?」


「出ねーよ。ただ、10億なんて貯めれるわけねぇって話だ。俺のポイント見てみろよ、656だぞ? 一日中仕事してもこのションベン飯でほとんどのポイントが消える。生活するのがやっとだ。くそっ……」


 自分で言っててみじめになってきた。ジッパーのやつはヘラヘラと笑い、「そりゃそうだ」と言っている。続け様に「でもよー、お値打ちな子もいるじゃん」とか下世話な事を言い出したとき、あいつの後ろからニヤついた男が近づいてきた。


「やぁやぁ、886番、999番」


「あん?」


 ジッパーの頭の上で、いけすかない顔をしたガリガリの男がニヤついた顔をこちらに向けてきている。不健康そうで今にも倒れそうな顔色をしているこいつは、Z4545番、先月俺にケンカを売ってきて、金玉を蹴っ飛ばした記憶がある雑魚ヤローだ。


 Z4545番の後ろには、取り巻きが10名ほど付き従っていた。だが、違和感を覚える。人望がないこいつに付き従う奴なんていただろうか。


「なんだ? お友達でも作って、この前の仕返しか?」


「まさかまさか、キミみたいな低俗なゴミ人間にそんなことするはずないじゃないか」


「あ?」


 雑魚にバカにされ、キレそうになった。睨みを効かせてみるが、奴は全く動揺した素振りを見せない。俺に負けたばかりだというにに、ずいぶん余裕そうだ。


「凄まれたって何も感じないなー。僕はキミなんかとは違う次元にいるんだよ?」


 自慢気な顔を続けながら、奴は右手を顔の前に持ってきて、これみよがしに腕を見せてきた。


 そこにある物を見つけ、俺は驚愕して立ち上がる。


「おまえ! まさかそれ!」


「ふふん……」


 奴の右手には、2つの突起物が付いていた。手首から肘の間に2つの丸い機械が埋め込まれている。腕と一体になったそれは直径2センチほどの大きさで、シルバーに輝き、青い光が装甲板から漏れ出していた。


 それは俺が喉から手が出るほど欲しているものだったのだ。


「まさか、戦闘デバイスと適合したのか……」


「その通りだとも! ははは! だから言っただろう? キミとは住む世界が違うと! 僕はもう下級市民じゃない! 中級だ! ひざまずけ!」


「くそっ……なんで、おまえみたいな奴隷やろーが……手術代、どうしたんだよ……」


「そんなこと、キミに教えるわけないだろ?」


 自慢気にもったいぶる奴と違い、俺の求める答えを後ろの取り巻きたちが冷やかすように教えてくれた。


「ギャンブルだよ! もったいぶんなよ!」


「それよりも、ここから出る前に奢ってくれよ! 俺が教えてやった賭博場だろ?」


「ギャンブル……そうか。それにしたって、成功率1パーセントだぞ? チキンのおまえがよく決断できたな?」


「キミに屈辱を味合わされたからかもねぇ? 惨めに生きるなら死んだほうがマシだって気づいたんだよ」


「……」


 まさか、この前のケンカにすらならなかった揉め事が、奴にこんな成功をもたらすことになるなんて考えてもみなかった。


 奴の腕に埋め込まれているのは、戦闘デバイスとの接続プラグで、中級市民になるには必須とも言える装置だった。


 何に使うものなのか、その名の通り、敵と戦うための武器を身体に接続し、その力を最大限に発揮するための装置である。


 戦う相手は鉱山の地中深くに生息する星獣と呼ばれるモンスター。そいつらには何故か通常兵器が効かないため、戦闘デバイスに適合した人類が特殊兵装を装備して戦うことになっている。


 あの腕のプラグに特殊兵装を接続することで、武器は人間の神経と接続され、機械には発揮できない不思議な力を発動させられるのだと聞いている。戦っているところを見たことはないが。


 つまりだ。戦闘デバイスに適合した人物は、機械たちが対処できない敵と戦う事が出来るため優遇され、中級市民以上の地位が確約されることになる、ということである。


 だが、培養時に適合率が低いと判定され、下級市民に振り分けられた俺たちが戦闘デバイスに適合するなんて夢のまた夢のはずだ。

 知っている限りの下級市民の適合率は、1パーセントだとも、それ以下だとも聞いていた。


 そんな超低確率の適合手術に成功したZ4545番は、ニマニマとした顔をさらに酷く歪めて俺の事を見下してくる。


「ずいぶん悔しそうだねぇ? 下級市民くん?」


「くっ」


 自分が見下していた奴に見下され、はらわたが煮えくりかえる。だが、何も言い返せない。結果は結果だ。奴は俺には手が届かない地位を手にしたのだ。


「じゃあ、最後に一言。この【奴隷ヤロー】、一生、ゴミ溜めで臭いメシでも食ってるんだな? アデュー」


 奴は最後までニヤニヤしながら、捨て台詞を残してその場を去って行った。取り巻きたちもいなくなり、周りが静かになる。


「クソが!」


 ガン! 思い切り机を叩く。石造りの机は硬く、大した音は鳴らないし、大した振動もしない。俺の手の方がダメージを負っていた。


「おいおい、血が出てるじゃん。そんなカリカリすんなよ。あいつはたまたま運が良かった。それだけのことだろ?」


「……」


 ジッパーがなだめてくれるが、俺のやるせなさが消えることはなかった。


 中級市民、上級市民になって美味いメシを食って、いい女を抱く、密かに考えていた夢を、自分が見下していた奴が叶え、しかも、自分自身はどうやってその夢を叶えればいいか分からない状況だからだ。


 そこでやっと理解した。


 ……ああ、奴隷ヤローは、俺だったんだな、と。

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