第2話 飼育されている人類

 ブラックダイヤを持ち出そうとした男が目の前で殺され、俺のリュックにも鉱石が入っているという状況でゲートのスキャンの順番がやってきた。


 ゲートに足を踏み入れると緑の光線が全身をスキャンし始めて、ついには背中に背負っているリュックに到達する。


 俺は緊張を顔に出さないよう努めて判決の瞬間を待つことになった。そして、その結果は――


「……ふぅ」


 結果、緑の光線は赤に変わることはなく、ゲートを通り過ぎることに成功した。


 張り詰めていた緊張が緩んでいき、肩を撫でおろして額の汗を拭く。


 まぁ、こうなることは分かっていた。なぜならあの簡易スキャンは、布なんかの薄い物は透過できるが、石なんかには反応しないことは検証済みであったからだ。


 俺が持ち出した鉱石は、外側が普通のクズ石で覆われている。だからあの簡易スキャンでは検知されない。いや、もしかしたら検知されているのかもしれないが、ただのゴミを持ち帰っているバカだと判断されているのかもしれない。


 これが、俺がこの15年間、奴隷のように働き続けてきた中で見つけた唯一の抜け穴であった。


 実際、同じようにして鉱石を持ち出すことには何度も成功している。だけど、目の前で人が殺されたのを見たため、自分も同じように殺されることを想像して緊張してしまったのだ。


 ということで、無事にゲートをくぐることに成功した俺は、『このままのスキャン精度でいてくれよー……頼むぞ、ほんと……』なんて心の中で祈りつつ、地上へと上がってくる。


 鉱山の出入り口から地上に出て、雲一つない暗い星空を見上げた。とは言っても、ここから見える星空は一部分だけで、多くの空は高層ビルに阻まれて眺めることが出来ない。


 地上には100階はゆうに超える高層ビルが所狭しと立ち並び、そこら中をドローンが飛び回っていた。


 これが火星の地表の景色だ。

 荒れた大地に近未来的な建物が立ち並び、人間を飼育するための設備と機械を量産するための設備、そしてAIが全ての建物を管理できるようにネットワークが構築されている。


 俺ら下級市民が暮らしているここら一体のビルのデザインは質素なもので、コンテナを適当に積み上げたようなものばかり。路面は舗装されておらず、土埃が舞う最底辺の居住区であった。


 それに反して、遠くに見える上級市民のビル群は立派な外観をしている。


 俺たち人類は、AからZのランクで管理され、Aに近づくほど良い暮らしが出来るようになっている。

 ランクは生まれた後の適性検査によって決定するのだが、一応、その後の労働の貢献度に応じてランクを上げることも出来るようになっていた。


 そんなクソみたいな階級社会での俺のランクは、識別番号の通り、最底辺のZだ。クソすぎてキレそうだ。だが、いつまでのこの地位に留まっているつもりはない。


「……俺だって、あそこに行って、もっといい暮らしをするんだ。いや、それよりももっと……」


 俺は、Aランクの上級市民が住むビル群を睨みつけながら、さらにその奥にある特徴的な塔を目の中心に捉えた。


 そこは、俺たちのエリアを管理するAIの中枢機関が設置されている場所で、塔の最上階にそいつの脳みそであるサーバーが鎮座していると聞く。

 巨大な塔はとんがった円錐形をしていて、周りを囲い込むように捻れた通路が付帯し、巨大なブラックダイヤが浮遊してタワーの外観を飾っていた。


 タワーを睨みながら、『いつかあそこまで辿り着いて、俺がこの星を……』なんて考えていると、後ろから声をかけられた。


「なーに難しい顔してんだ、ジーック」


「あん?」


 暑苦しい腕が伸びてきて肩を組まれたので振り向くと、そこには、幼い頃からの腐れ縁の男が腑抜けた笑みを浮かべてこちらの顔を覗き込んでいた。


「なにすんだ。離れろ、Z886番」


「おいおい、俺のことはジッパーって呼んでくれよな、兄弟」


「誰が兄弟だ。しっしっ」


 腕を払いのけ、大袈裟に肩を払う。汚いものに触れられた、という意図でのジェスチャーだった。だが、俺の失礼な反応を見ても、奴のへらへらした態度は変わらない。


 こいつは識別番号Z886、自称ジッパー、もう15年以上の付き合いになる悪友だ。


 俺たち人類は、カプセルで繁殖させられ、生まれてから5年で働けるように遺伝子を操作され成人男性の身体まで成長させられる。そして、5歳になってから働き始めるのだが、このジッパーはその時から同じ職場で働いている仲であった。


 昔は地味な見た目をしていたのに、今は短髪の髪の毛を金色に染め、なぜか青色のカラコンまで付けている。

 へらへらした表情に似合わず、顔は整っているので、髪色と相まってどこぞの王子のような風貌だった。


 ちなみに俺自身は、このエリアでは一般的な黒髪で、中背中肉のイケメンでもブサイクでもない普通の男だと認識している。聞いた話では、このエリアの人間は地球で『日本人』と呼ばれる人種の遺伝子を元に培養されたらしく、その人種の特徴を色濃く受け継いでいるのだという。


 話を戻そう。元々は黒髪だったのに、わざわざ金髪にしている物好きの話だ。コイツのように外見に気を使う奴は下級市民の中ではかなり珍しく、俺もそれに漏れず見た目には無頓着であった。


 なぜなら、見た目をよくするほどの余裕はないし、良くしたとて、特にメリットがないからである。


 そんな奇特代表みたいなやつが、いつもの調子で俺に絡んできていた。


「にひひ、今日もつれないねー。メシいこーぜ、メシ」


「別にいいが。あんなものをメシと呼んでいいもんかね」


「おーおー、上昇志向があるジーク様には、下級市民の食事じゃ満足できないときたか。恐れ入ります」


「黙れ。奴隷ヤローが」


「こわっ。いいから、いこーぜ」


 ジッパーのやろうは、ヘラヘラと笑いながら、いつもの食堂へと先導して歩いていった。


 ちなみにジッパーという名前は、識別番号Z886番から取って、あいつ自身が名付けたもので、俺のジークというのも同じだ。識別番号Z999だからジーク、だという。

 安直なものではあるが、実は結構気に入っている呼び名だった。


 番号で管理されるなんてふざけている。だから、ジークと呼ばれるようになって、AIどもに反抗しているようで気分が良かったんだ。


 こんな風に識別番号以外で呼び合う関係も珍しいので、ジッパーのことは少なからず認めているつもりだった。当たり前になってしまったクソな環境に左右されない自由なやつだと思うからだ。


 ま、だからといって優しくしてやるつもりはないのだが。


 黙ったままジッパーの後ろについていき、開けっ放しの扉をくぐると、そこはいつもの大食堂、鉱夫500名以上が同時に食事を取れる場所に到着した。


 右手にはボロい石造りの長机と長椅子が大量に並べられており、すでに大勢の鉱夫が食事をしているところだった。


 左手には食事の配給所があり、皿を乗せたお盆を持った男たちが並んでいる。


 俺とジッパーもそいつらと同じように皿とお盆を手に取って列に並ぶことにした。


 ジッパーの奴のどうでもいい話を聞き流していると、自分の順番がやってきた。


 壁に備え付けられたスキャナーに左手首をかざす。すると、緑の光線が照射され、ピピ、と電子音がなった。


 そして、モニターに以下の文字が表示される。


『Z999番、本日の採掘業務による貢献ポイントの加算は102ポイント、100ポイントを消費し食事を配給します。現在の所持貢献ポイントは656ポイントです』


 モニターの文字表示はすぐに消え、左手首の中に埋め込まれたマイクロチップが連動して所持ポイント数を更新する。肌の下に656という数字が浮き出ていた。それは緑色に光って少ししたら元の肌色に戻る。


 これが労働によって得られる対価だ。俺たち下級市民は十時間の労働で働いた分の対価をポイントで受け取り、そのほとんどを食事によって消費する。


 毎日、毎日、その繰り返しだ。だから、毎度の事だがムカついてくる。


 イライラ待っていると、隣に置いておいたお盆にロボットアームが伸びてきて二つの切れ端と水が入ったコップが配給された。


「ちっ……」


 不満を募らせながら席へと移動する。少し遅れてジッパーが正面に座ってきた。


「では! いただきまーす!」


「なにがいただきますだ。クソ喰らえだ」


 自分の持ってきたお盆を眺めて、心底嫌気がさす。目の前の皿に載っているのは、なんだかよくわかないブロックの塊が2切れしかない。


 手で掴むとボロボロと崩れるこれは、下級市民用に作られた栄養食である。火星で栽培された穀物と野菜を粉々に砕き、それに謎の薬剤を混ぜ込んでプレスした長方形の塊、それが俺たちの食事だ。


 一口食べるが味なんかしない。パサつくブロックを水で流し込む。食事なんていいものじゃない。ただの栄養補給という感じだ。


 だけど、ジッパーのやつはニコニコしながら懐から取り出した塩の入った瓶をひと振りして美味そうに頬張っていた。


「……また、そんなもんにポイント使ったのか」


「そうそう! やらねーぞ! 最高級品だ!」


 奴は塩の入った瓶を大切そうに抱き締め、威嚇してくる。くれ、なんて言った覚えはないので殴りたくなった。


「……ポイント枯渇させんなよ。犬っころに殺されんぞ」


「そんなヘマしねぇって。うん! 美味い!」


 俺たちが栄養補給を終えようとしていると、周りから、「おぉぉ」という歓声が上がった。


 皆が注目している方を見ると、そこには、美しい女性が笑顔を振りまきながらホログラムで表示されていた。


 またこの時間かと嫌気がさす。火星最大の娯楽である『女』を見物する時間だ。

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