君にプロポーズ

立花

第1話



 君に恋をしたのはいつだったか……。




 一目惚れだったか、それともある日ふと恋をしたのか、もうよく覚えていないけれど、なんにせよ君が好きだってことには変わりがない。




 ので、うん、やっぱり、今日プロポーズしよう。



 そう思い立ったのは君とのデートに出かける一時間前だった。



 ────二十四歳、春



 * * * * * * * * * * * * *



《二十歳、秋》



「ねぇ、ほっぺたにクリームついてるよ」


 そう言いながら、君はくすくすとたいそう愛おしそうに俺の頬についた生クリームを細くて滑らかな人差し指ですくいとる。


「ふふ、君はほんとに可愛いね」


 生クリーム1つつけたくらいで君のその笑顔が見れるなら、俺は今すぐ生クリームの海に飛び込んでしまい衝動に駆られる。

 付き合いたてほやほやの俺の心は君の些細な行動一つ一つに馬鹿みたいにはしゃいでしまう。

 そんなことはつゆとも知らずに俺の彼女は今日も可愛く着飾って、今日も可愛いかんばせで今日も可愛くクレープを頬張るのだ。



 うん、やっぱり、今日も最高に可愛い。


 クレープを大きく頬張り頬が膨らんでいるところとか、ストレートのよく手入れされた髪とか、今日の服に合わせて変えられたネイルとか、上げだしたらキリがない。デートの度にこれだけ可愛い所を見つけられるのだから、俺は彼女のことを尊敬してしまう。

 なんともバカだなあ、と自分を客観視しながらも出会った時から変わらないのだから、彼女を看取る時まできっと変わらないのだろう。彼女を看取ることは俺の中では決定事項だ。置いていくのはあまり性にあわない。


 俺、重いのかもしれない。今更気づいた。


 今日のデートプランは俺におまかせらしい。君には振り回されることが多いからたまには悪くない。

 昼前に待ち合わせて、俺がこの間行って気に入ったパスタ屋ではやめの昼食をとる。そのあとは、街をぶらぶらしながら最近できたクレープ屋に行く。今はここだ。このあとの予定は特に決まっていない。夕食まで一緒にいられたらいいな。


「ねえ、このあとはここに行ってもいい?」


 1人で思考にふけっていた俺に向かって彼女がスマホで地図を見せてくる。可愛らしい小物が売られている雑貨屋のようだ。


「おお、いいぞ」


 俺がうなづくと、彼女はふわりと笑った。






 結局の所、俺たちの関係は付き合う前からあまり変わっていないと思う。


 初めて出会った時の彼女は猫を被っていて、その、誰が見ても完璧で綺麗な、猫を被っていると分かる笑顔に一目惚れしてしまった。俺の初恋だった。それからも俺たちの関係はなんやかんや続いていき、だんだんと彼女の仮面が俺にだけ崩れていくのが、恋心を抜きにしてもとても気分がよかった。

 学生時代、彼女が他のやつに告白されて付き合っていた時も、彼女の相談相手はいつも俺だった。けれど彼女に彼氏が出来ることは正直複雑な気持ちだったし、嫉妬もした。うだうだと告白できない自分にも腹が立った。

 でも、彼女との関係は心地が良くて、1番そばにいる友人という立場が無くなってしまったら……、という恋愛小説にありがちな不安で結局そのまま告白する決心が付かなかった。


 その後も時々彼女は、告白されたら付き合うということを何度か繰り返していたが、その相手に彼女自身が心の底から恋をしている様子はただの1度もなかった。もしかしたら俺の願望だったのかもしれないが。







 告白は俺からだった。




 彼女が俺よりも1ヶ月遅い20歳の誕生日を迎える前日だった。

 20歳という節目にやっとこさ告白する決心が付いた。遅すぎる。15年くらい続いたこの友人関係が、告白の失敗ぐらいでは揺らがないだろうと結論づけられたことが最後の決め手だった。

 俺の誕生日が終わってすぐから告白にぴったりの場所やセリフ、服装を吟味していった。そのどれもに悩みに悩んだ。なんせ俺が気に入るか、ではなく彼女が気に入るかどうかだけで決めようとしたから今までの俺と彼女の会話をひねり出して、片っ端から彼女の好みでまとめた。




 結果は、成功した。




 告白は、成功だった。




 でも計画は、全部水の泡になった。




 * * * * * * * * * * * * *



《二十歳、夏》



 告白する前日もあいつと会う約束があって、その日は昼過ぎ頃に待ち合わせをしていた。

 俺は明日のことを思ってガチガチに緊張するあまり待ち合わせの1時間前に既に到着していた。そんな俺に対して彼女の様子はいつも通りだった。


 白いワンピースにデニムのジャケットを合わせて、毛先を少し巻いた髪はハーフアップにまとめている姿は相も変わらず白皙の美貌で彼女の周りだけ涼し気に感じる。

 明日俺はこいつに告白するのかと思うとよりいっそう緊張してしまう。

 そんな俺の様子に気がついた彼女は出会い頭に、柔らかな髪をふわりと揺らしながら小首を傾げて俺の顔を覗き込み、少し可笑しそうに笑って、


「可愛い顔して、どうしたの?」


 なんて、心底愛おしそうに尋ねてくるものだから、俺はそれが何だか随分と幸せなように感じて、








「好きだ……」








 するりと口をついて出た。



 無意識だった。今日は言うつもりじゃなかった。明日のために、1か月前から告白のセリフを何度も何度も考え直して、家で1人で言う練習までして、夢の中までそれでいっぱいいっぱいになるくらい悩みに悩んで、万全な状態で君に似合う場所で、君の、人生で1番幸せな記憶にしようと思って……。


 思ってたのに……。




 なんてことの無いたった3文字が、俺の約15年分の思いをいっぱいいっぱいに詰め込んで、ひとりでに駆け出してしまった……。



 もっと格好よくって、君にふさわしくって、誰に対しても君が自信満々に自慢できるような、そんな、告白に、するつもりだった、のに……。


 全くもって想定していなかった流れに、俺は首まで真っ赤に染めて慌てふためくばかりだった。




 そうだ、彼女の様子は………。




 そう気がついてはっ、と前を向くと、




 耳まで首まで、未だかつて無いほどに真っ赤に染まった彼女が、体をぷるぷると震わせながら、ほんの少し瞳をうるませてただただ俺を呆然と見つめていた。君はそんな姿だって可愛いのだが、今の俺はそれどころではない。


「あ、う、えっと今のは……」


 彼女の様子を見て、より一層自分が言ってしまった言葉を自覚してひどく狼狽えてしまう。手で首の後ろを触りながら視線を右往左往させている俺は傍から見たらなんとも煮え切らない格好悪い状態だろう。



「君、私のこと好きだったの……?」



 おずおずと俯きながらいつもの様子が信じられないほどに小さな声で彼女が問いかけてくる。


 彼女にわざわざ確認させてしまった。

 くそ、こんな状況でまだ狼狽えているのか、俺!もう言ってしまったんだから腹をくくれ!いざと言う時に格好よく決められないようでは、こいつの彼氏には相応しくないぞ!

 俺はまだバクバクと鳴り止まない心臓を抑えながら、すぅと1つ息を吸って、



「す、好きだ!! 初めてあった時から、ずっと……! 初恋だ! ずっとお前だけが好きだ!!!」



 1度、好きという感情を吐き出してしまえばずっと溜め込んでいた俺の言葉はもう止まらなかった。


「初めてあった時、お前の顔とか雰囲気とか仕草とか、一目見て好きだって感情で頭がいっぱいになって、それからはもう、努力家なのにズボラなところも、俺にだけワガママ言ってくるところも、負けず嫌いでつい意地を張りすぎるところも、可愛いものが好きだからケーキ屋とかカフェによく行くけど、焼肉とかのガッツリした料理の方が味は好みなところも、全部全部、知っていく度にまた恋に落ちて……」


 どんどんと溢れていく感情に、もう一度大きく息を吸う。


「お前のこと世界で一番好きなのは俺だから、絶対に世界で一番幸せにするから、俺と、付き合ってください……!!」



 今度こそ、溢れんばかりの感情を乗せて君に愛を伝える。

 何だかいっぱいいっぱいで涙まで溢れてしまう。


 この短い言葉だけでは、到底俺の愛を伝えきることは出来ないから、これから一つ一つ君をどれほど愛しているかを伝えていこう。


 だから、どうか…… !!!








「いいよ……いいに、決まってる」








 その瞬間が、




 世界で1番綺麗だと思った。




 世界で一番幸せだと思った。



 幸せそうに微笑む君は、頬を染めて笑う君は、ふわりと吹いた風に君の髪が広がって、それが陽の光を浴びてきらきらと輝いている。


 自分がこれから幸せにすると誓ったのに、俺はもう君に世界で一番幸せにしてもらった。やっぱり君は世界で1番素敵だと思った。




 その姿を俺は忘れない。



 思い出す度に、また君に恋をする。




 俺はたまらなくなって彼女の頬に人生で初めての口付けをした。

 その時の君の驚いた顔も、真っ赤に染まった頬で微笑む姿も、とてつもなく大好きで、死ぬ時に見る景色はこれがいいと思った。




 * * * * * * * * * * * * *



《十七歳、夏》



「ねえ、お願い!」


 昼休みの生徒達と蝉の声で喧騒とした教室の中、彼女の声が響く。あらかた昼食を食べ終えていた教室の生徒達はちらりとこちらを見て、声の出処が俺たちであると分かると何事も無かったようにまた騒ぎ始める。

 ジリジリと蒸し暑い外に比べて、教室は鼻で大きく息を吸うと奥が少しキンッとするくらいの冷たい空気で満たされている。

 この時期の少し肌寒いくらいの室内から、暑すぎる外に出た瞬間の一気に体がジリジリとするのに、肌はまだ少し冷えたままの感覚は、俺は嫌いではない。


 彼女が何やら深刻そうな顔で俺の席までやってきたものだから、どうしたのかと心配してみれば……。



 彼氏との海デートに着ていく水着を選ぶからついてきてくれ、なんて。



「嫌に決まってるだろ!なんで俺がついて行かないと行けないんだ」


 こっちはお前に長年片思いこじらせてるっていうのに、何が悲しくて何処の馬の骨ともわからないやつを喜ばせるためについて行かないといけないんだよ。


「だって、男子の意見を聞いた方がいいと思って……」


 こんなこと君にしか頼めないし、と言いながら空いていた隣の席に座り、俺の腕を掴んで上目遣いで見つめてくる。


「だめかな?」



 うわー、こいつ、可愛く頼めば俺が絆されると思ってるんだ。絶対そう。



「いや、クラスの女子に頼んだ方がいいって、俺はおしゃれとかよくわかんねえし」


 嘘だ。彼女に釣り合う男になるためにファッションについて本もネットもひたすらに調べた。流行だって端から端まで抑えているし、何か彼女のためになるんじゃないかとメイクの勉強もした。


「オシャレかどうかじゃなくて、男子の意見が聞きたいんだってば」


 デザインセンスだったら私だけで事足りるし、となんとも可愛くないことを呟きながらも彼女は子首を傾げてさらに続ける。


「ご飯奢ってあげるし、今度君の行きたい場所にも付き合うよ。それじゃあだめ?」


 そういう問題ではないのである。

 彼女のためだったらもちろん買い物に付き合うが、それが彼氏のためだというのは再三言うがいただけない。


 俺がしっしっ、と追い払う仕草をすると、彼女はむっとした表情をして頬を少し膨らませる。


「私が誘ってるのに?」


 こいつのこの自信はいったいなんなんだ。


「大体なあ俺にメリットがねえじゃねえか」


「え?私と出かけられるよ?」


 はい、その通りです。俺にとってはこの上ないメリットです。


「いや、そんなの全然俺に得ねぇじゃねえか」


「む、かわいくないなあ」


 こいつはいつも俺のことをかわいいと言うが、正直言われるのであればかっこいいの方が断然いい。



 ほんとにこいつは。


 先ほどの問いにさも当然ですと言わんばかりに即答した彼女に俺はもうさっきまでの悋気はどこへやら、なんだかすっかり絆されてしまっていた。


「はぁ、もう分かったよ。行けばいいんだろ」


 こうやって、彼女の頼みを毎回毎回聞いてしまうのだからどうやら本当に俺はこいつに惚れているらしい。


「ほんとに君ってチョロいよね。かわいすぎて心配になっちゃう」


 やったー!とニコニコとした満面の笑みを浮かべながら頼んだ本人に直接言うあたり、ほんとにこいつは。


「お前はほんとに可愛くねえな」


「ふふ、それはどうも」


 楽しそうに笑う彼女のこんな笑顔でさえ胸がときめくのだから重症だ。そのうち死因がこいつの笑顔になってしまうかもしれない。


 開き直った俺は、彼氏とのデートで露出が多すぎる水着を着られるぐらいなら俺好みのを選んでやる、と意気込んでみせる。

 いや、虚しすぎるだろ。


 にしても、こいつこの調子だと夏休みは彼氏と過ごすのか。


「せっかく新しい水着買うんだから君も今度一緒に海行こうね!」



 は?



「え、いいのか!?」


 ついガタッと机に身を乗り出してしまった。そんな俺に彼女は一瞬きょとんとした後、ニコッと笑った。


「もちろんだよ。私が君と遊びたいからね」


 こういうのを無自覚でやるから俺はいつも困っている。


 学校生活だって、こいつに友達ができるか実の所心配していた。けれど、蓋を開けてみればちゃんとクラスに馴染めているし、基本的に与えたがり、施したがりだから案外人たらしなのかもしれない。

 クラスの女子達はどうもこいつに夢を見ている節はあるが。



 * * * * * * * * * * * * *



《二十三歳、冬》



「ねえ、見て!君にそっくり!」


 青い光にほんのりと照らされた薄暗い空間。平日の夜、大学の帰りに寄った水族館には俺たち以外には人があまりいない。ここの1番の目玉である天井までひろがる大水槽の前で二人きり。

 先程から俺の隣で楽しそうに水槽を見上げている彼女の横顔をふと見る。長いまつ毛に縁取られた瞳が水に反射している光を受けて輝いている。ゆらゆらと揺らめく光が彼女の白い頬に不規則に映っていて、この上なく幻想的だ。

 こんなに楽しそうなら来たかいがあったな。


「はあ?何が」


「ほら!あの子!似てない?」


 彼女の方ばかり見ていた俺は彼女の声で現実に戻される。

 彼女が指をさしている方を見るが魚が多すぎるせいでいったいどれのことを言っているのか分からない。


「あの子だよ!今こっちに来てる」


 再度彼女の指し示す方向をよく見てみる。


「いや、エイかよ」


「そう!裏面の顔が君にそっくり!特に口元!かわいい!」


 隣ではしゃぐ彼女に対して俺はなんとも微妙な気持ちになる。せめてサメがよかった。そもそもエイの裏面の顔みたいなのは顔ではない。

 俺は何も悪くないエイにじとりとした視線を向ける。


「お前はさっき見たタチウオによく似てると思う」


「え、どの辺が?」


 光を反射してギラギラと青白く輝いているところとか、すっと真っ直ぐに伸びた姿勢、あの魚についてあまり詳しくはないがデザインは好きだ。なかなかにカッコイイ。

 彼女に似ているところを言葉には出さないままに列挙していく。


「まあ、色々?」


「何それ。でもタチウオってカッコイイよね、あのデザインとか」


 彼女がやっと俺の方を見る。

 ほかにも……、と俺の知らないタチウオの知識を織り交ぜながらカッコイイ部分を語って行く。俺はこいつにこんなにカッコイイ部分を褒められたことはないのに。でも、タチウオのかっこよさを分かってくれていて嬉しい。これなら俺たち2人でタチウオ同盟になれるかもしれない。


「そろそろ次の水槽に行こうか。君はもうこの水槽見なくても大丈夫?」


 俺の顔を覗き込みながら尋ねてくる。

 昔から彼女はしばしば何かを尋ねるときに体を傾けながら俺の顔を覗き込んでくる。


「おお、大丈夫だ」


 そうして俺が返事をすると彼女はいつも満足そうに笑って姿勢を戻すのだ。

 彼女は水槽から離れながらふいに、俺の手をとる。


「ほら、ここ、段差があるから気をつけて」


 すっ、と俺の手を引きながら彼女が先導する。俺が気づく前に彼女はいつもさらりとエスコートしてくる。悔しいので、頑張って彼女よりも先にエスコートが出来るように常日頃気をつけているが今回はついぼうっとしていたために先を越されてしまった。まだまだ、俺が勝手にやっているエスコート対決は彼女が上手うわてだ。学生時代もこういうことをクラスの女子達に自然とするから謎の信仰を集めていたことを彼女は知らない。




 次のエリアはクラゲの展示室。

 大小様々な水槽の中を漂っているクラゲ達は赤や青に変わる色鮮やかなライトに照らされてその姿を変えている。

 先程までいた大水槽は多種多様な魚達が生き生きと泳いでいたのに対して、ここは時間がとても穏やかに流れているように感じる。

 俺達は一通りクラゲをまじかで観察したあと室内にあったベンチに並んで座る。


「私、クラゲって好きだな。ふわふわしてて無気力感あって、可愛いよね。君みたい」


「どこが?」


 彼女からしてみれば可愛いものは総じて俺に似ているのかもしれない。

 もしかして俺って俺が思っているよりも可愛いのか?


 いや、それは無い。


「俺はどっちかって言うとお前に似てると思うぞ」


「へえ、どの辺が?」


 彼女は楽しそうに笑いながら俺の顔を覗き込んでくる。


「具体的にどのクラゲがって話じゃなくってイメージなんだけど、ふわふわしてて、冷たくって、透き通ってて綺麗で、幻想的で、毒があって、あんまり深く考えないで勢いで行動するし、プールとか海に行っても大抵浮かんでるだけだし、疲れて家に帰ったらソファから体半分流れ落ちてるし、そのまんま俺がベッドに運んでもグデクデだし、朝起きたらベッドに足しか乗ってないし、」


「ちょ、ちょっと待って!」


 最初はニコニコとしていた彼女がだんだんと目を見開いていく様を横目につらつらと語っていた俺だったが、彼女の静止で言葉を止める。


「なんだよ」


「褒めるか貶すかどっちかにしてよ!」


 誠に遺憾であるという表情でこちらに体ごと乗り出してくる。


「別に貶してねえよ」


「ほんとに?」


「おお」


 そうところも含めて好きだという話。

 付き合って3年も経つのにまだ分かっていないのだろうか。これは困った。結構分かりやすかった気はするのだが。

 これからもっとちゃんと伝えていかなければならない。俺は心の中でそっと誓う。


「いや、伝わってるよ。君が私のこと大好きなことくらい」


 ……もしやエスパーか?


「ただ、そう面と向かって言われると不満なのかなって思っちゃって…」


「まあ、不満が無いわけじゃないけど、」


 そう言うと彼女はむっとした表情になる。この場合のこの表情は少しショックを受けているときの顔だ。


「でも不満があればお互いその都度言ってるんだから、俺が今まで言ったことがないってことはそういうの含めて好きってことなんだよ」


 むっとしていた彼女がみるみるうちにほうけた表情になっていくのを見ていると、なんとも気恥ずかしくなって顔をそむけてしまう。

 未だに俺の方を凝視していた彼女はだんだんと頬を染めてニマニマとし始める。相変わらず表情がころころとよく変わる様にきゅんとなる。


「ふふ、君ってほんとにかわいい」


「君に褒められるの嬉しいよ!ありがとう!」


 にこりと笑って彼女が言う。

 なんだか彼女に上手く乗せられた気もするが、嬉しいのなら、まあ、いいか。

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