四
僕はそれ以来、よくトイレに行って、ユズルと色んな話をした。
僕たちは決して核心には触れなかったけれど、ユズルが幽霊であることは僕はもうちゃんと理解していたし、ユズルもそれを特段隠すこともなかった。
最初は、もちろん怖かった。
幽霊なんてものと接するのは初めてだったし、それにまつわる噂もいっぱい聞いていたから、何かされるんじゃないかと思った。
でも、そんな不安はそのうちになくなった。
ユズルは、今流行っている芸人の一発ギャグとか、最近出たゲームの話とか、テレビでやっている番組の話を、よく僕に聞いてきた。どんなことを話しても、ユズルは新鮮にそれを聞いた。
「面白いなあ」
ユズルが言う。僕はそんなユズルの話し方を聞くと安心する。ユズルの話し方はとても優しい。そこには悪意が一切見当たらなかった。
ユズルには言わなかったけれど、ユズルが生きていればいいのに、と何度も思った。ユズルが生きていて、同い年で、同じ学校の同じクラスだったら良かった。そうあって欲しいと、何度も思った。
けれど、僕は真実に気づいた。そうしたら、僕たちはこんな関係には絶対にならなかっただろう。
きっと、ユズルはクラスの人気者になって、僕から遠い存在だったに違いない。僕とユズルはまったく違った存在だった。
だけど、僕はユズルを近くに感じていた。体も顔も、何も見たことのない、声しか知らないユズルに、安心感を覚えていた。
僕はその理由を深く考えなかった。
でも多分、それは、彼が死んでいるからだ、と薄々分かっていた。どうしてユズルが死んでいれば僕は安心できるのか。
僕は、そこから先は本当に考えないようにしていた。
ユズルと話しているうちに、日が傾いて夜が訪れようとしていた。
「そろそろ、帰らなきゃ」
「ああ、もう暗くなるね」
ユズルが言う。僕は学生鞄を肩にかけて、
「じゃあ、また」
そう言った。
「うん、じゃあね」
ユズルが言う。僕は少し軋む個室のドアを開けて、トイレを出た。廊下を歩いて、十分距離を取ってから、僕は振り返る。廊下の奥底、誰も来ないトイレ。
ユズルは、そこから出ることができない。僕はそれを考えて、胸がぎゅっと苦しくなる。
僕はユズルに聞きたかった――どうして死んだんだよ。
どうして、自殺なんてしたんだよ。
そんなこと、聞けるわけない。
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