次男と父
◇鷹家次男・鷹 白雷(よう びゃくらい)
ガキの頃から、俺は自分が周りとは違うと感じていた。
いや、別に思春期特有のイタい全能感とかそういった事じゃねぇ。
単純に、俺が鷹家の人間らしくないってだけの話だ。
昔から、俺は頭に血が上りやすい質だった。
誰が聞いたって的外れな煽り文句にもカッとなっちまう。
そんで、ひとしきり暴れまわった後にハッと冷静になって、自分のやらかしに青くなるんだ。
他の家族、親父や兄貴は特にそうだが、鷹家の人間はとにかく自制心が強い。
生半可な煽りなんか、鼻で笑いながらいなしちまう。
俺はそんな二人に憧れて、よく真似をしたもんだ。
……周りの連中に似合わねーって笑われて、何度も喧嘩になっちまったがな。
俺とは違うっつったら、喧嘩もそうだな。
俺以外の家族は皆、拳で解決なんて真似はしねぇ。
どんな揉め事も、先ずは話し合いで解決しようとする。
俺も、そのやり方に倣うべきだと分かっちゃいるんだが、どうしても口よりも手が先に出ちまう。
いや、俺が考えるのが苦手ってのもあるんだが、それが全てって訳じゃ無い。
世の中には、喋り出す前にぶん殴らなくちゃならない奴が居る。
こう言うと、兄貴あたりは否定するだろうが、俺はこの事に関しちゃ自分が間違っているとは絶対に思わねぇ。
俺はそんな連中を、山ほど見てきたからな。
領都の下町に住み着く高利貸し、辺境の寒村にやって来る善人面した商人。
連中は、腕っぷしは弱いが、頭が切れて舌の回りが滑らかだ。
学の無ぇ奴らや、外の情報に疎い奴らから口八丁で財を吸い上げる。
止めようとすると、罪を逃れるために言葉を尽くす。
自分以外の、本当は罪なんか犯していない誰かを生け贄にして、自分だけが助かろうとしやがる。
自分は弱いんだと、生きていくために必死なんだと、己の悪行の理由を、自分以外に押し付けて逃げ回る。
そうして、逃げた先でまた、自分以外の誰かを不幸にして回る。
そんな連中を相手にする時は、会話をしようなんて思っちゃ駄目だ。
相手が喋り出す前にまず殴る。
そうして相手をビビらせてから話を始めるんだ。
勿論、握りこぶしをそいつに見せながら。
それを自信満々に親父に聞かせたら、拳骨を一発食らっちまった。
ものすごく痛かった。
俺よりずっと小さい体格なのに、怒った親父には全然勝てる気がしねぇ。
親父から見りゃ、俺は一族の中で一番の問題児だろう。
デカい図体と、力加減の苦手な不器用さ。
祭事の知識も覚えらんねぇ頭の悪さに、極め付きは自制の効かねぇ乱暴者ときた。
俺の余りの駄目さ加減に、お袋が実家に帰ったのも、体調云々よりも俺の事が恥ずかしいからなんじゃと勘繰っちまう。
いや、案外その通りなのかもな……。
どうしてか、俺は自分の存在を間違っているように感じてしまう。
この場に立っている事への違和感。
この場に居る事への罪悪感。
俺は、この家に居てはいけない存在なんじゃないか?
そんな感覚が、ずっと昔から俺を苛んでいる。
でも、そんな俺を親父は他の家族と同じように扱ってくれる。
特別に俺を叱るんじゃない。
特別に俺を褒めるんじゃない。
ただ、他の皆と同じように俺を叱って、褒めて、愛してくれる。
その事が、俺は何よりも嬉しい。
泣きたくなるくらい、嬉しいんだ。
だから、祭事のできない俺は間違っても親父の後を継ぐなんて出来ないけど。
それでも、親父の大切なもの、家族の大切なもののためなら、俺は俺の体も、命も、魂だって差し出してでも、必ず守って見せるからな!
……そう言ったら、『縁起でもないことを言うな!』って、親父どころか家族全員から拳骨を食らった。
人生で一番痛かったけど、なんか、嬉しかったな。
◇鷹家当主・鷹 荒天(よう こうてん)
白雷、我が家で最も力強く、頑健な息子。
君が、自分の事を鷹家らしくないと悩んでいる事を私は知っている。
君本人は隠しているつもりみたいだけど、君は素直で、隠し事の出来ないけど性格だから。
……その悩みに対して、私は何も言うことが出来ない。
恵まれた体躯に、持って産まれた剛力。
加えて、如何なる強大な相手に対しても恐れることなく向かって行く強い心。
……ついでに話すより殴った方が早いよねという脳筋思考。
君は、自分の事をこう思っているのではないかな?
まるで、武人のようだ。
まるで、この国の武を司る、
獅家の人間のようだ、と。
……うん、その通りだ。
君は、鷹家の血を継いでいない。
君は、獅家の若い武官と、私の妻との間に産まれた子供なんだよ。
当時、私は鷹家の当主となったばかりに加えて、青雲を私の子として育てることに四苦八苦していた。
そのため、結婚したばかりの妻、君の母に苦労をかけてばかりだった。
無論、青雲の事に関しては、キチンと説明をして、口止めもちゃんとしていた。
彼女だって鷹家に嫁入り出来るだけの家の娘だ。
そのあたりの分別もしっかり弁えていた。
しかし、
だからと言って、苦しくない訳では無いということを、その時の私は、分かっていなかった。
彼女が獅家の武官と出会ったのは、全くの偶然だったそうだ。
我が家の廊下に飾る花瓶を、侍女の一人が割ってしまった。
その侍女とは、彼女が嫁入りする際、実家から連れてきた姉妹同然の間柄。
彼女は侍女を守るために、新しい花瓶を買いに街へ一人で出掛けた。
……焦って混乱していたのかもしれないが、余りにも軽率な行いだった。
彼女は物語の様に破落戸に絡まれ、また物語の様に一人の若者に助け出された。
方や、若い身空で家の責務に雁字搦めな自分を助けてくれた、たくましい青年。
方や、外見の若さに不釣り合いな気品と物腰を持ちながら、どこか不安定さを感じさせる美しい女性。
恋に落ちたのは、二人同時だったそうだ。
以来、二人は逢瀬を重ね、気が付いた時には彼女の腹の中には、新しい命が宿っていた。
さすがに不味いと気付いたのだろう。
その日から彼女は夜な夜な私を誘うようになった。
慣れない育児に疲れていた私は、深く考えることなくその誘いに乗ってしまった。
あわや托卵の成功かと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。
立派な赤子、つまり白雷、君が産まれたのは、私が彼女を抱いてから
五ヶ月後の事だったからだ。
憐れなくらい目を泳がせながら、
『貴方の子よ』
と言ってのけた妻に対して、家中の者が
『ねーよ』
と突っ込んでしまったよ。
この問題は、獅家も巻き込んでの大騒動に、は、ならなかった。
私がそうさせなかった。
理由は当然ながら、我が家の長男、青雲の存在である。
無用な騒ぎを起こして、青雲を危険な目に合わせる可能性を高める訳にはいかなかったが故に、妻と獅家の武官の間にあった不貞は無かった事になり、産まれた子は私の子として育てる事になった。
当然、家の継承などあり得ない立場として。
初めは、妻の不貞で産まれた子を育てることが出来るだろうかと思っていたが、存外、私は父としては単純な男だったようだ。
日々、健やかに育つ姿を見る内に、君はもう私にとって実子も同然の存在になっていた。
だから、私は君の悩みに答える事は出来ない。
言えば、君は私の息子ではなくなってしまうから。
実力こそが全て、血よりも己の才覚と心の在り方を重視する獅家と亀家とは違い、国の祭事、そして、その裏に在る真実を司る鷹家は、血を重視しなければならない。
当主と血の繋がりがない者を息子と呼ぶ事は、例え当主本人であっても許されない。
だから、白雷よ、我が息子よ、君の苦悩に寄り添うことの出来ない、無力な父を許して欲しい。
君の父親で在りたいが為に、君を偽る私の罪を、どうか、見逃して欲しい。
間もなく訪れる、永遠の別れのその時まで、私は君の父で在りたい。
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