魔法使いが来た夜

プラウダ・クレムニク

魔法使いが来た夜 全

日曜日の夜。僕の部屋に魔法使いが現れた。


魔法使いは痩せた男で、黒いロープのようなものを纏い、鍔広の三角帽子を被っていた。手には杖をもっている。杖の先には宝石が埋め込まれていた。どうやったって魔法使いにしか見えない格好だ。


しかも、リビングの僕の席の隣に突然現れたのだ。

「やあ、少し驚かせたかな」

魔法使いは言った。

「かなり。住居不法侵入されたのは初めてなもんで」

「何にだって初めてはある」

「ま、そりゃそうだ。魔法使いさん、ご用は何?」

僕は驚いてはいたが、動揺するほどではなかった。もう、魔法使いがリビングにいるのだ。これから先のことのほうがよほど心配だ。パニクってる場合じゃあない。


それに魔法使いの顔には見覚えがあった。


「願いを聞き入れて、君に魔法をかけに来た。安らぎの魔法だ」

「そんなこと頼んじゃいないけど」

「強い願いは叶えられる」

魔法使いがそう言った次の瞬間、僕は意識を失い、次に目覚めた時は火曜日の早朝になっていた。僕の月曜日は失われた。


火曜日に出社した僕は、同僚が心臓発作で亡くなったことを知った。月曜日、仕事始めのストレスからくる発作。緊急搬送されたがダメだったという。それはそれは。


それとは別に僕は上司にある謝罪する必要があった。

「昨日は連絡もなく休んでしまってすみませんでした」

「君は来てたじゃないか。同僚を運んだのも君だ。混乱してるんだね。混乱ついでで、思い出した。この棒は君の? キラキラがついてるやつ。同僚を担架に載せる時、置いてたけど」

魔法使いの杖だった。


魔法使いは昨日、僕の代わりに会社に出て、ひょっとしたら、僕を過労死から救ってくれたんだろうか。


僕のおじいちゃんが敬虔なクリスチャンだったことを思い出した。そして、魔法使いの顔に見覚えがある理由も。あれはイエス様だ。


ひととき重荷を背負って頂いた。やりそうなことだ。聖書にも書いてあるし。僕がキリスト者じゃないから身分を隠したのか。


あの夜のことは魔法じゃなくて奇跡だった。


そんなことを考えながら、僕は同僚の葬儀のために数珠を用意している。

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魔法使いが来た夜 プラウダ・クレムニク @shirakawa-yofune

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