再会 —あの時、君と選んだ道
せろり
■現在(夜の駅)
共通の知人、高校時代の同級生がたまたま菜月と街でばったり会ったらしい。
そのとき、俺の名前が出た。今どうしてるのかって。
「ちょうど今日、こっちに用があって。電車でお前んちのそばの駅を通るから、そこで降りて少しだけなら会えるって」
そんなふうに、急に連絡が来た。
次の電車が来るまでの、ほんの数十分。
たったそれだけの再会。
それだけのことなのに、なぜだか心がざわついた——
十年ぶりに会った菜月は、一見、仕草や雰囲気に至るまであの頃のままだった。
駅のホームのベンチに並んで座る。
目の前には見慣れた電光掲示板と、遠くで聞こえる列車の音。
けれど、こうして肩を並べてみると、菜月だけがやっぱりどこか違って見えた。
言葉にするには少し勇気がいる。
空を見上げ、何か言いかけてやめた。代わりに、菜月の横顔に意識が戻る。
変わらず細く可憐なスタイル。息をひとつ、静かに整えた。
ふと、自分の手元に目を落とす。なぜか読みかけの文庫本を握っていることに、そこでようやく気づく。
習慣のように持ってきたものだけど、ページはろくに進んでいなかった。
菜月は、そんな俺の様子を見て、少しおどけたように笑ってみせた。
「変わってないねー。相変わらず本を読んでるんだ?」
菜月が俺にそう言ったのは、十年前と同じ口調だった。
図書館の片隅で、静かにページをめくっていた俺に、何の前触れもなく話しかけてきたあのときと同じ。
変わらない笑顔。けれどその目の奥に、当時よりも少しだけ大人びた影が見えた。
「そうだね、相変わらずだよ。菜月は?」
そう返すと、菜月はちょっとだけ首をかしげて笑った。
「うん、私も……。あなたの書いた小説も読んだよ。まあ、変わったことの方が多いけどね……」
ちょっとだけ苦笑いを浮かべるその声には、どこか気を張っていない自然さがあった。
十年という歳月が、俺たちを大人にしたのか、それとも言葉を選ばせているのか。
二人の間には、途切れた時間があることを感じさせる空気が漂っていた。
言葉が上手く出てこない。
ぎこちない、でも、どこか心地よい沈黙が流れる。
それでも俺たちは、十年前のように、またこうして並んで座っている。
「元気そうね」
菜月が言う。俺は小さく頷いて、「うん、なんとかやってるよ」と返した。
しばらく、また沈黙。
風が吹いて、足元の落ち葉を少しだけ転がした。
「……私、踊ってるよ、まだ」
菜月がふいに呟くようにそう言うと、首に巻いたマフラーを指先で軽く整えた。
「バレエのこと?」
「うん。昔より体の使い方が分かって来て丁寧に踊れるようになったかも。……でも、変わらず夢の途中だよ」
それだけだった。でもその一言で、菜月が今も舞台の上にいることがわかった。
夢を諦めていないことも。そしてその声には、昔はなかった落ち着きと、静かな確信が感じられた。
何度かだけ、菜月の名前を検索したことがあったが、海外のバレエ公演の記事や、SNSの断片で、彼女の名前がちらりと出てきただけ。
一瞬、懐かしさが胸を刺して、それ以上、踏み込む勇気はなかった――あの恋を、そっと綺麗なまま閉じておきたかったから。
今の菜月は、結婚しているのか、家族の話でもするのだろうか。
それとも、あの頃のように、どこか遠くに行く話をするのだろうか。
お互い、聞こうとはしない。どこかで、聞いてはいけない気がしていた。
俺たちの会話は、もどかしくて、でも優しくて、心の中にすっと染み込むような、温かさを残す。
けれど、心のどこかではわかっていた。
この再会は、何かをやり直すためじゃなく、ただ会いたいという気持ちに従っただけだってことを。
それなのに、このぬくもりの中では、“さよなら”という言葉が妙にそぐわなくなる気がした。
時間は、二度と戻ってこないことを知りながら、俺たちはただ、過去にふわりと触れていた。
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