第13話 一縷のひかり羽

 ダルトンの質問に答えるかのように、デニスは話を続けた。


「そう。ヒューイと一緒に収容された彼は、既に介助の仕方を知ってた。それで彼がみんなに働きかけて、みんながその障害を理解し、受け入れていったんだ」


 当時を思い出すような遠い目をしていた。


「二年目には、そこそこみんなでフォローしあえるようになってたよ。俺、二年目の途中で専科に移ったから、その後のことは知らないんだけどね」


 毎日見ていたボビーは、そんな状態になったヒューイを見たことがなく、まさに寝耳に水の話だった。


「トラウマなんだ。組織うち持病それを知ってて、あいつを引き抜いたんだ」


「なんだって……」


 ダルトンは思わずデニスに聞き返した。

 デニスは小さく頷き、


「当時の情報科の訓練生は、『組織は使い倒す気か』って、みんなが彼に同情的だったよ。……認めるよ。みんなで甘やかしたことはさ」


 と言った。

 ヒューイとは三つ違っても、デニスは彼のことをよく知っていた。

 このとき、ボビーはヒューイが自由奔放に過ごして来た理由が、初めてわかったような気がした。


「でも俺……嬉しかったんだ。あいつ分室に来て、当時の面影なんてまるでなくって、見違えるように元気になっててさ。だから……イタズラするのを知ってても、なにも言えなかったんだ」


 デニスもまた、ヒューイの悪戯を黙認したうちの一人だった。


「教授に聞かれたとき、そう報告したら、マーカスを転属させるって聞いて……でも〈二人一組〉が、組織への加入条件だったから」


 ここまで話すと、デニスはダルトンを見て言った。


「さすがに単独配属それはないよな、とは思ってたんだけど……まさか、訓練所に申し送りが来てないことも、あんなに拒絶されることも、予想してなかったんだ」


 ダルトンは静かに、教授の手紙に目を落として


「教授も、そう考えていたみたいだ」


 と告げた。そして再び、手紙を読み始めた。


『彼のトラウマが、どれだけ深いものかは想像できないが、それを支えてきた君たちと過ごした六年間は、決してむだではないと私は信じたい。そこで私は教育課へ、彼とマーカスを離すことを提案した』


 教授の手紙は静謐せいひつな空気の中、ダルトンによって、丁寧に読み上げられた。


『万が一、発作が起こっても、君たちが見守ってくれることで、ヒューイは乗り越えられると信じている。ベイジル』


 会議室は波をうったような静けさだった。

 やがて、ボビーがデニスに尋ねた。


「なんで言わなかったんだ、デニス」


 その疑問は、誰もが同じだった。

 デニスは誰とも目をあわさず


「俺が知ってる限り、発作はあいつが来て一年目のときだけだったんだ。それ以降は見てないし、いまじゃ仲間もできて、あいつも随分と落ちついてたから……」


 と答えた。

 そして一息ついたあと、再び話を続けた。


「下手に言って気を使わせるより、このまま日常生活に溶け込めればって…本気で思ってた。多分、訓練校卒の奴らはみんなそう思ってたはずだよ」


 それまで、静かに聞いていたリカルドが、


「やるしかないんじゃないの」


 とポツリと告げた。


「六年間がむだじゃないって、教授も言ってるしな。ヒューイだって、子供のままじゃいられないでしょう」


 とリカルドが言うと、

 全ての話を聞き終えたボビーが話し始めた。


「ヒューイはいつもマーカスと一緒だった。教育課からの打診に、いい加減、独立させようとマーカスの転属を考えたんだが……」



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・一縷のひかり羽 -いちるのひかりは-

 繊細で儚くけれど確かに存在する希望の意味です。今回は教授のきぼうが明らかになる回ですが、これはある種の賭けです。


【予告】

 ・絆情離脱 -ばんじょうりだつ-

 この賭けに対する班長達の対応を書きます。

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