第3話 空鳴の時刻

「よぉディック。久しぶり」


 ヒューイが振り返って、後ろに立っているディックに声をかけた。

 そのヒューイを見下ろしてディックは言った。


「……やっぱヒューイか。お前らいつも一緒だから、そうかなとは思ったんだが」


 ディックはそう言いながら、ヒューイが引いてくれた彼の隣の椅子に座った。


「お前とは距離をとれって言われてる」


 そうディックが言うとヒューイは


「なんで?」


 と理由が分からずに聞き返した。


「お前って、PCの知識はあっても、なんの常識もないだろう。だいたいフロアのPCにいたずらソフトを仕込むとか、ありえない」


 そう言いながら、ディックはパンを口に頬張った。


「やって良いことと悪いことの区別もつかないのかよ?」


 あきれ気味に言ったディックにヒューイは


「なんで? お前のに仕掛けたって訳じゃないだろ? データが壊れた訳でもないし、迷惑かけてないし」


 と悪びれることもなく答えた。

 ディックは横目で、きょとんとした顔をしているヒューイを見て、通じていないことを悟り、ため息をついた。


「そんなんだから、フロア中で噂されてんだぞ」


「なんて?」


「情報の異端者」


 ディックがそう言うと、いままで二人の成り行きを見ていたマーカスが口を挟んだ。


「何? それ?」


「常識から外れた考えの持ち主。平たく言えば、なにするかわかんない」


 そう言って、持っていたスプーンをヒューイの鼻先で軽く上下に振りながら


「優秀なトラブルメーカー。ってな。触らぬ神に祟りなし。ほかにもいろいろ言われてるぜ」


 と相変わらず無下のない言い方だった。

 ディックの説明に少し心外そうな顔で、ヒューイは尋ねた。


「お前もそう思ってんのかよ」


 その問いにディックが


「だったら一緒にメシなんか食わねぇよ」


 と答えた。しばらくはそんな軽口を交わしながら、やがて食事がおわり、それぞれに自分の班に戻ることになった。


 別れぎわのマーカスにヒューイが


「マーカス。俺がなんとかするから」


 とだけ告げた。



「 ボビー、アラートだ」


 翌日、分室へやってきたボビーに、室長のダルトンが速攻で異常を告げた。


「なに?」


「信じられんだろうが、お前の研修チームのPCからだ。確認をたのむ」


 二人はボビーの班長室に入り、立入禁止のロックを掛けた。その後にPCを立ち上げる。


 しばらく画面を確認していたボビーが、


「……改ざんされてる」


 とポツリと呟いた。


「嘘だろう?」


 俄には信じられないといった声で、ダルトンが聞き返してきた。


 そのハッキング操作は、教務システムに〈なりすまし〉てログインをしたあとに在籍情報を一点だけ書き換えると言うたぐいのものだった。


「……マーカスの転属予定が消えてる」


 ボビーは続けて言った。


「消されたのはマーカスの転属予定の一件のみ……? じゃあ、やったのはヒューイか?」


 ダルトンがいぶかしげに尋ねると


「ログの書き換えまでできる奴といえば、そういないだろう」


 口惜しそうにボビーが答えた。


「このレコード……参照先まで完璧に繋ぎ直リカバリしてある。通常なら、一箇所ミスればデータベースの整合性エラーが出るはずだ。だが、警告はゼロ」


「それなのにアラートが飛んだのか?」


 不思議に思ったダルトンが聞いてきた。だがこのミスは、不思議と言うよりも不自然だった。


「ああ、ここまで完璧にリカバリして通知だけが飛んでいた。つまりこれは “わざと飛ばさせた” ってことだ」


 完璧な処理の一点のミスが逆に怪しかった。 だからこそボビーはその原因を探し続けた。そして……


「時間だ……削除操作のタイムスタンプは、定時バックアップの直後を選んで行われている。しかも通知メールが発信される処理の直前だ」


 言われてダルトンもそのバックアップログを覗きこんだ。


「わざと通知メールの発信を狙ったってことか? 逆に数秒ずれていれば、なにも残らなかった……」


「あの野郎……」


 そして二人は、すぐさまヒューイのもとへと向かった。



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・空鳴の時刻 -あくなりのとき-

 無音の声アラートが鳴り響く「瞬間とき」の操作タイミングを表してます。

 専門用語多くてすみません。噛み砕いたつもりですが…雰囲気を出す為に入れてあります。


【予告】

 ・無垢なる罪 -むくなるつみ-

 空しく鳴り響いたアラートが何だったのかを書いてます。

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