第14話 静かにしてくれ——その一言で、世界が止まった

朝の教室。


「おはよう」

いつもの挨拶に三人のヒロインはそれぞれ返してきた。

けれどその声はどこか刺々しく、微妙な温度差を孕んでいた。


「おはよう、直哉くん」


「ちょっと、さっき私が言ったのに」


「……挨拶の順番まで競うつもり?」


返ってきたのは張り詰めた火花だった。


---


そのまま俺の周囲に集まってくる三人。


澪がぴったりと腕を寄せてくる。


「ねえ、今日も一緒にお昼……いいよね?」


玲華がそれを遮るように俺の机の上にノートをドンと置く。


「私、質問あるから昼は付き合ってもらうし」


「すみません、その時間は生徒会の確認作業が——」


紗季が被せてくる声は冷静だが、有無を言わせない圧を含んでいた。


---


三人が俺の“昼休み”という一点を巡って静かに火花を散らしていた。


俺は何もしていない。ただそこにいるだけ。


なのに、この状況。


「……なぁ、今日は別に——」


「私は聞いてないよ?」


「うん。澪ちゃんだけ、先に決めてるなんてズルい」


「私たち全員、同じ立場のはずですから」


一触即発。

その空気に耐えきれず俺は言った。


「……静かにしてくれ」


---


【対象:白川澪、黒瀬玲華、水無瀬紗季】

【支配開始】

【残り時間:10分00秒】


その瞬間、三人の表情が止まった。


目の焦点が曇り、表情が消え、全員が微動だにせず俺を見つめる。


静止している——けれど確かに“反応している”。


---


(……発動した。今の一言で)


(いや、俺は命じたつもりなんて……)


意識はしていなかった。けれど反応は明らかだった。


三人同時。

支配時間は——10分。


(前は1人ずつで5分。それが今は……)


(発動条件が変わってる?)


考えている間も三人の視線は逸れない。

声を出さず動かず、ただ“命令を待っている”。


---


(支配中の記憶は残らない……はずだ)


(けど、ここまでされてまったく記憶がないなんて……)


(もし記憶の抜け方にも“変化”が出てたとしたら——)


確かめなきゃいけない。


これはもう偶然じゃない。


目の前の異常は、明確に“仕様”がズレている。


---


【残り時間:00分03秒】


「……戻れ」


そう呟いた。


【支配終了】


三人は同時に目を瞬かせた。


「……あれ?なに話してたっけ?」


「直哉くん、プリント……配る?」


「……チャイム、鳴りましたね」


ベルが鳴り、教室が通常運転に戻る。


ただ一人、俺だけが。


支配の最中に何が変わっていたのかをはっきりと認識していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る