第3話 再洗脳と、愛されたい病

「……直哉くん、今日も“使って”くれないの?」


その日、昼休みに教室の片隅で澪がそう言ってきた。

まるで「お弁当一緒に食べようよ」って誘うみたいに、無邪気な顔で。


「“使う”って、あの能力のことかよ……? なんでそんなに——」


「だって、私の心まだ“命令されたい”って言ってるから」


ふわりと微笑む彼女の顔は、怖いくらい純粋だった。


---


数日が経っていた。

それでも澪はあの日の5分を、夢みたいな顔で語るようになっていた。


「他の誰にも頼れなかったけど、直哉くんは命令してくれた。

“自分の言葉で生きろ”って——ねえ、今度は違う命令もしてほしいな」


「白川、それは……」


「……お願い。今の私は、まだ自分の言葉じゃ動けないの。

せめてもう一度だけ“支配”して。……それが救いになるの」


---


俺は、悩んだ。

もうあんな力は使わないと決めたはずだった。


でも——


(本当にこれは“悪”なのか?)


澪の瞳は、俺をまっすぐに見ていた。

そこには拒絶も恐怖もなかった。ただ、期待と渇き。


(……これは、ただの洗脳なんかじゃない)


俺は意識を集中し、彼女の瞳を見つめた。


「……じゃあ、命令するよ、澪」


「っ……うん……っ」


「今から5分間——俺に、心の奥の“本音”を全部話せ」


【対象:白川澪】

【支配開始】

【残り時間:4分59秒】


---


「……お父さんとお母さんに、愛された記憶がないの。

手を繋いだことも、褒められたこともない。

ずっと、優等生じゃないと生きてる意味がないって思ってた……」


「……」


「誰かに命令されると安心する。自分で選ばなくていいから。

……でもね、直哉くんの命令だけは違ったの」


澪は、少しだけ泣きながら笑った。


「“生きろ”って、言われた気がしたの。

“お前はそのままでいい”って……言ってくれたの初めてだったから」


---


【残り時間:0分28秒】


「……直哉くん」


「な、なんだ?」


「次は“キスして”って命令して。私からじゃできないから」


「っ——」


【支配終了:完了】


その瞬間、澪はほんの少しだけ寂しそうな顔をして口を閉ざした。


「……もう、時間切れなんだね」


「……白川」


「ごめんね。もうちょっとだけ、頼ってよかったんだよ? 私壊れてるから」


俺はそっと彼女の手を取った。


「壊れてなんかない。……次はちゃんと俺の意志でキスするよ」


「……ふふっ。なら、命令じゃなくて……“ご褒美”ね」


その日から澪は誰よりも素直で、誰よりも危うく、

俺だけの命令を待ち続ける“従順な恋人”になった。

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