第11話『ソロバン・バトルロイヤル』
「風陽杯 数理スポーツ大会 開幕です!」
体育館に響き渡るアナウンスに、会場がざわついた。
eスポーツ部門のひとつとして今年初めて導入されたのが——
AI対戦型・珠算トーナメント『ソロバン・バトルロイヤル』だった。
ルールは単純。
AIがリアルタイムで出題する四則演算を、誰よりも速く・正確にそろばんで解答する。
10人が一斉にバトル形式で戦い、最後までミスの少なかった1人だけが勝ち残る。
その舞台に、ひときわ静かな気配で立っていたのが、珠算歴10年・生徒会副会長の結衣(ゆい)だった。
「AIなんかに、負けてられない」
彼女の前に浮かぶのは、専用の投影型インターフェース。
AI“アスラ”が構えるその表情は、どこまでも冷静だった。
「問題:835 × 42 = ?」
瞬間、結衣の指が走る。
カチ、カチカチ——
そろばんが放つのは、もはや“音”ではなく“刃”。
その動きは見えない。手ではなく、身体全体で解いている。
だが相手はAI。1秒未満の反応速度で解答を返してくる。
人間では太刀打ちできない速度の中で、“間違えない”という一点の強さを武器にするしかない。
一方、観客席では陽斗と瑞希が見守っていた。
「速っ……」
「っていうか、何が起きてるのか、目が追いつかない」
蓮が解説モードのタブレットを見せてくれる。
「そろばんの“5 and 1”システムを、AIが完全に学習してる。
ただ、結衣の“指の癖”だけは、まだ再現できないみたいだ」
その“癖”こそが、長年の訓練で磨かれた、結衣だけの“間合い”だった。
最終ラウンド。残ったのは結衣と、AI“アスラ”の一騎打ち。
「問題:5472 ÷ 16 = ?」
AIが解を投影する0.6秒前、結衣の指が止まる。
一瞬の静止。だが、それは“次の動き”を整えるための“溜め”だった。
カチカチカチ……パチ。
表示された答えは、342。
ぴたりと合った。
会場が息を呑む。
アスラの演算が、0.03秒だけ遅れたのだ。
そして——
「WINNER:YUINA KAMIJO」
拍手と歓声の中、結衣は静かにそろばんから手を離した。
握っていたリストバンドの言葉が目に入る。
“1秒の中に、信じた年数がある。”
✎ 数楽メモ:そろばんとAI
そろばんの基本構造:
上段(5珠):1つで「5」を表す
下段(1珠×4):1つずつ「1」〜「4」
1ケタごとに、合計9を超えたら繰り上げ/繰り下げ
5 and 1システム:
珠算の独特な手の動き。複雑な加減乗除を、珠の“上げ下げ”だけで完結させる。
AIと珠算の比較:
AIは演算の“結果”に速くたどり着く
だが、珠算は“過程の最適化”が鍵。
ヒューマンエラーに耐性がある指の“癖”や“間合い”は、AIでも再現困難。
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