第23話
◇
朝の整備棟は、まだ薄い光の中にあった。
《レイ=カスタ》は滑走デッキの端に置かれ、その外殻は朝露に光っていた。
機体の魔導炉は休眠状態にあり、かすかに脈打つような音を響かせている。
想太は、コックピット横の梯子を登りながら、そっと機体を撫でた。
「……今日もよろしくな」
その声に応えるように、魔導計器が一瞬だけ淡く光る。
「今日は前回の続き。上昇からの姿勢制御、そして——旋回練習に入る」
整備棟の入口に立つイゼルは、いつも通りの無造作な口調で言った。
だが、その眼差しは真剣そのものだった。
「今度は、空の“傾き”に合わせて機体を調整する必要がある。自分の重心じゃなく、風の芯を読む」
想太は頷きながら、コックピットに身体を沈める。
座るたびに思い出す。
かつての零戦とはまるで違うこの艇は、すべてが“生きている”ようだった。
スロットルの感触、帆の伸び、魔導炉の反応——
それらすべてが“風”と繋がっているのを、彼は少しずつ実感し始めていた。
魔導炉が目覚める。
低く、深い脈動。
《レイ=カスタ》の機体がゆっくりと浮上する。
視界が艦の縁を越えて、空へと開けていく。
並ぶようにして、イゼルの《バラッド・フォックス》が翼を広げた。
その滑空は、まるで風そのもの。
言葉で交わさずとも、彼女の艇は“道”を指し示していた。
想太はゆっくりとスロットルを上げる。
帆が張られ、風が流れ込む。
ふたつの艇が、静かに空へと歩み出す。
——そして、上空へと機体が駆け上がるとともに、泡立つように空気が震えた。
風の振動、流速の差、陽光の乱反射。
空は一つではなかった。
それぞれの艇が違う風を切りながら、それでも同じ“層”に立とうとする。
歩み寄るような繊細なタッチ。
それでいて、点と点の間を“空く”ようなキレのある脈動。
だいぶコツは掴んでいた。
ヴァネッサの指導から始まったこの飛行訓練は、想太の中で徐々にハッキリとした手触りを運び始めていた。
2人から聞く言葉の端々には、まだまだ理解が追いつかない「事柄」がある。
零戦とは勝手が違う。
風律だの魔導炉だの、たんに言葉を理解するだけでは追いつけない知識がある。
ましてや、自分が飛んできた「空」とはなにかが違った。
目で見て捉えられるようなものではない。
音で拾えるような“鮮明さ“もない。
「重さ」も。
確かな色の「膨らみ」も。
微かな振動や、——指先に触れる感触。
その時ふと耳元で、“レイの声”が囁いた。
「……うまくなったじゃん。少しは“空の声”が聞こえるようになった?」
想太は、笑いそうになりながら小さく呟いた。
「……まだ、ちょっとだけな」
AIR 〜第二次世界大戦末期。ある若き特攻隊員は、転生した異世界で“最強の空賊”を目指す。〜 じゃがマヨ @4963251
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