第23話





朝の整備棟は、まだ薄い光の中にあった。


《レイ=カスタ》は滑走デッキの端に置かれ、その外殻は朝露に光っていた。

機体の魔導炉は休眠状態にあり、かすかに脈打つような音を響かせている。


想太は、コックピット横の梯子を登りながら、そっと機体を撫でた。


「……今日もよろしくな」


その声に応えるように、魔導計器が一瞬だけ淡く光る。



「今日は前回の続き。上昇からの姿勢制御、そして——旋回練習に入る」


整備棟の入口に立つイゼルは、いつも通りの無造作な口調で言った。

だが、その眼差しは真剣そのものだった。


「今度は、空の“傾き”に合わせて機体を調整する必要がある。自分の重心じゃなく、風の芯を読む」


想太は頷きながら、コックピットに身体を沈める。


座るたびに思い出す。

かつての零戦とはまるで違うこの艇は、すべてが“生きている”ようだった。


スロットルの感触、帆の伸び、魔導炉の反応——

それらすべてが“風”と繋がっているのを、彼は少しずつ実感し始めていた。



魔導炉が目覚める。


低く、深い脈動。

《レイ=カスタ》の機体がゆっくりと浮上する。


視界が艦の縁を越えて、空へと開けていく。


並ぶようにして、イゼルの《バラッド・フォックス》が翼を広げた。


その滑空は、まるで風そのもの。

言葉で交わさずとも、彼女の艇は“道”を指し示していた。


想太はゆっくりとスロットルを上げる。


帆が張られ、風が流れ込む。


ふたつの艇が、静かに空へと歩み出す。


——そして、上空へと機体が駆け上がるとともに、泡立つように空気が震えた。


風の振動、流速の差、陽光の乱反射。

空は一つではなかった。


それぞれの艇が違う風を切りながら、それでも同じ“層”に立とうとする。


歩み寄るような繊細なタッチ。


それでいて、点と点の間を“空く”ようなキレのある脈動。


だいぶコツは掴んでいた。


ヴァネッサの指導から始まったこの飛行訓練は、想太の中で徐々にハッキリとした手触りを運び始めていた。


2人から聞く言葉の端々には、まだまだ理解が追いつかない「事柄」がある。


零戦とは勝手が違う。


風律だの魔導炉だの、たんに言葉を理解するだけでは追いつけない知識がある。


ましてや、自分が飛んできた「空」とはなにかが違った。


目で見て捉えられるようなものではない。


音で拾えるような“鮮明さ“もない。


「重さ」も。


確かな色の「膨らみ」も。


微かな振動や、——指先に触れる感触。


その時ふと耳元で、“レイの声”が囁いた。


「……うまくなったじゃん。少しは“空の声”が聞こえるようになった?」


想太は、笑いそうになりながら小さく呟いた。


「……まだ、ちょっとだけな」


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AIR 〜第二次世界大戦末期。ある若き特攻隊員は、転生した異世界で“最強の空賊”を目指す。〜 じゃがマヨ @4963251

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