ズレの正体
「じゃあさ、あたし今日、このへんやるね」
唐突に、佐久間真弓は紙袋を床に置いた。
中身が少し転がった。缶詰がひとつ、カラン、と音を立てる。
湘は眉をわずかにしかめてから、まっすぐ目を合わせた。
だが、真弓は気づかないフリか、気づいていないのか、あっけらかんと笑った。
「ね、道具ある? 手袋とか。ってか、これ素手で触るの?」
「……手袋は……あっち。青い箱の下。ビニールのやつ」
「おっけー。じゃ、始めちゃうね」
湘は、唇の内側を噛んだ。何かがひっかかった。
“始めちゃう”って、誰に許可を取った?
そう思ったのに、言葉にするとただの小言になるのが分かっていて、黙った。
言ったら、きっと「あーごめん、気にしすぎ」って笑われる。それは……苦手だった。
彼は帳簿の数字を睨みながら、左手の指で自分の肘を強く押した。痛みで気を紛らせる癖。
目の端では、真弓が缶詰を滑らせては、取り落とし、また拾っている。
「……危ない。雑だよ、それ」
ぽろっと出た言葉に、自分でも驚いた。
真弓は手を止めて、湘を見た。
その目には怒りも驚きもなくて、ただ、ぽかんとした表情だけ。
「あ、うん……ごめん。そういうの、気になる?」
「……いや、ちが……いや、気になる、けど」
「そっか。うん、ちゃんとやる」
それだけ言って、真弓はまた作業に戻った。何か言い返すこともなく、無理に笑うこともなく。
湘は、ほんの少しだけ肩の力が抜けたのを感じた。
不思議だった。
言い返されないことに、逆に動揺している自分がいた。
「……佐久間さんって、なんか……変わってるよね」
自分でも言っていて意味がわからなかった。
なぜそう思ったのか、なぜそれを言葉にしたのか。後悔ではないが、空振りの感覚が喉に残る。
真弓はまた、少しだけ笑った。
「うん。よく言われる。……けど、変なのはあんただって思うよ」
「……」
「それが悪いって言ってるわけじゃなくて。……なんかさ、いろいろ溜めてる感じ」
湘は何も返さず、ただ爪の先を見た。
また、少し欠けていた。
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