作者の考えた設定を腐らせて似たような作品が見つかる前に投稿して消化しただけの作品
死亡フラグ
分岐点
Fall down
目を覚ましたとき、そこは見知らぬ場所だった。
「なんだここ」
思わず声が漏れる。まぶたの奥で揺れる光は、眩しいほどの白と花々の色彩。見渡す限り一面の花畑。右手には大河が流れ、遠くには見たことのない様式の建物。そして反対側には深い森が横たわっている。
だが、すぐに気づいた。
この河を渡ってはいけない。
理由も根拠もない。ただ、本能が警鐘を鳴らす。あの先に行っては戻れない。そんな予感。
「……夢?」
呟いた言葉は、花々の香りに溶けて消えた。
途方に暮れながらもあたりの散策を始めた。
しばらく宛もないまま花畑を歩いていると、木造のログハウスにたどり着く、人の気配は感じない。留守なのだろうか?
「見慣れない人ですね」
背後から声がした。
ゆっくりと振り向くと、そこには斧を肩に担いだ女性がいた。
彼女はエプロンにデニムのズボン、しっかりとした革のブーツといういでたちで、どうやら農作業の最中だったらしい。
顔立ちは整っておりが、少しだけ顔に泥が跳ねていた。快活と言うよりも無表情に近い大人しめな印象を抱く表情とその姿のギャップに驚く。
だが、それより目を引くのは彼女の髪。淡い白銀に、青紫のグラデーションが差している。光を受けると幻想的に揺れた。
「……え?」
咄嗟に言葉が出ない。異常な状況と、常識からかけ離れた彼女の存在感に、思考が追いつかない。
女性のオシャレやヘアカラーには疎いほうだが、SNSで見るそれらよりも自然な色合いだ
「ふむ、なるほど。事情はだいたい察しました」
女性は一人で納得したように頷く。どうやら、こちらの反応を見て何かを確信したようだ。
少なくとも泥棒やイタズラをしに来た訳でなく、気づいたらここに迷い込んでいた……、いや、道に迷った学生くらいに思ってたのだろう
「とりあえず、送り返しますね。あまり生きている人が長く留まるのは悪影響ですし、冥界の境界は微妙ですから」
ダメだった。むしろ変な誤解が生まれている
彼女の言葉の意味は、ほとんど理解できなかった。冥界?ここが?
しかし、それ以上に“送り返す”という言葉に、反射的に声を上げる。
「ちょっと待って! いきなり何を――」
「では、またどこかで。できれば、もう一度来ないことをお勧めします」
女性が手をかざした瞬間、目の前の空間が歪んだ。
体が浮く。重力の感覚が消え、全身が何かに吸い込まれていく。掃除機に飲み込まれるような、あるいはブラックホールに引き込まれるような――そんな暴力的な吸引力。
「うわぁああああ……!」
叫びながら、抗うこともできず、意識が再び沈んでいく。
……
ここまでがおよそ数日前の話。
今の俺は、砂漠をさまよっている――。
「……、……」
喉が乾いて声すら出ない。
口内の粘膜はカラカラに干上がり、息を吸うたびに喉が張りつく。
ただ生きているだけで苦痛だった。
足を引きずるようにして、なんとかオアシスへ戻る。
あの冥界から送り出されてすぐ、近くで見つけた水場。安全かどうかなど気にする余裕もなかった。
このオアシスがなければ、今ごろ確実に干からびていた。
冥界の方がこの砂漠よりも快適だった
水を手ですくい、一気に飲み込む。
地面から湧き出ている水は澄んでいる。このオアシスがあるおかげで、精神的な負担は幾分かマシに思える
なにより腹を壊すことへの恐怖も薄れるほどに、喉の渇きは飢えに近かった。
だが、それ以上に致命的な問題が、俺には二つある。
一つは、自分が誰なのか思い出せないということ。
口の中に生えていた雑草を噛みながら、ぼんやりと記憶をたどる。
かじった草は、ほんの少しだけ甘かった。毒ではなさそうだ。
……思い出せるのは断片的なことだけだった。
たとえば、日本語で考えているということ。
それから、自分は高校生で、家族に妹がいたような記憶。
でも、名前が出てこない。
住んでいた街や学校、友人、最後に見た景色――全てが白く霞んでいる。
「……」
この体の調子も、なにかおかしい。
たまに息が詰まるような違和感がある。筋肉や関節の動きが、自分のものじゃないように感じることすらある。
「……やっぱり、異世界ってやつか」
認めざるを得ない。
この世界は、俺の知っている世界とは違う。
周囲を探索がてら歩けば、見たこともない生き物がそこらを歩いていた。
たとえば、サボテンらしき植物を丸呑みにする黒い蠍。
それを狙って空を舞う、青みがかった巨大な鳥。
近づくと爆ぜて音を立てる真っ赤な果実――何もかもが、異質で、現実離れしていた。
「……うぅ」
たまたま見つけた洞穴に身を潜め、藁のような草にくるまって横たわる。
砂漠の夜は寒いらしい、SF作品か何かしらの知識で得ていたが昼間の熱射が打って変わって身を震わせるような寒さになるのは耐え難い。外を直接避けて昼の差し込んでくる陽光で温められた岩盤は夜を凌ぐには最適だった。
だが安らぎには程遠い。
定期的に、鋼を溶かして流し込むような激痛が頭を襲う。
偏頭痛というにはあまりにも異様で、意識が飛びそうなほどの痛みだ。
そして、水と謎の植物だけの栄養では、明らかに身体が保たない。
「だ、だれか……」
気づけば、声にならないかすれた息で呟いていた。
――たすけてくれ。
空は赤く染まり始めていた。
日が落ちれば、砂漠の冷気が体温を奪っていく。
意識が遠のく。目の前が揺れ、視界の端が暗くなっていく。
そのときだった――。
バタバタと鼓膜に何かが集まってくるような、砂がこぼれるような音が聞こえる
「ししょー!! 大変大変!! ひとが倒れてるよ!!」
遠くから声が聞こえた。
少女のような、元気だが少し慌てた高い声。
「落ち着きなさい、冒険者。座標を列車に共有なさい」
今度は低く、落ち着いた大人の男の声。
冷静で、判断の早い言葉の響きだった。
――まるで芝居か夢のように、誰かが近づいてくる気配がある。
「大丈夫ですか!!」
声をかけられて優しく身体をゆすられる
「意識があるなら、手を握り返してください!!」
握られた手を弱々しく握り返す、精一杯の力を込めたはずだが。伝わるだろうか?
「!?、意識はまだあります。この様子は栄養失調……何でしょうかこれは。処置車両を! 緊急です!」
影が、光の中から飛び込んでくる。誰かが俺の身体を抱き上げ、何かを口に含ませる気配があった。
この声は……人間だ。
安心した、その瞬間。
世界はふたたび、ゆっくりと暗転した。
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