騎士の誇り、守護者の焦燥
肺が焼けるようだ。
紫色の毒煙を吸い込んだ喉が、鉛を流し込まれたように熱く、重い。
「——《聖なる息吹(セイクリッド・ブレス)》」
私は自身の胸に手を当て、最高位の浄化魔法を強引に発動させた。
カハッ、と口からどす黒い血塊が吐き出される。ヒドラの猛毒。通常の人間なら数秒で全身が融解していたはずだ。私の魔力防御と耐性スキルをもってしても、完全に浄化するには数十秒を要した。
「団長! ご無事ですか!」
副団長が駆け寄ってくる。その顔には隠しきれない動揺があった。
無理もない。我々銀翼騎士団は、ドラゴンすら退ける王国最強の盾だ。それが、たった一体の「箱」に翻弄されているなど、誰が信じるだろうか。
「私はいい。それより奴は!」
「は、はい! 屋根伝いに王城区画へ侵入! 現在、第三部隊が迎撃していますが……」
ドォォン! という爆音が、副団長の報告を遮った。
見上げれば、王城へと続く貴族街の方角で、黒煙と共に巨大な影が跳躍するのが見えた。
速い。そして、迷いがない。
あの化け物は、私の足止めに成功するや否や、私との戦闘を放棄して「より高価な餌」へと向かったのだ。
騎士としての誇りも、戦いの美学もない。あるのは純粋で、底なしの貪欲さだけ。
「……賢しい奴め」
私は愛剣『星砕き』の柄を軋むほど握りしめた。
先ほどの戦闘で分かったことがある。奴はただの暴走した魔導兵器ではない。
私にゴミ屑(アイテム)の雨を浴びせかけた時の、あの嘲笑うような気配。そして、こちらの守るべきものが何であるかを見透かしたような立ち回り。
あれは、高い知能を持った捕食者だ。
「魔導部隊! 私の進路に《加速の風(ヘイスト・ウィンド)》を敷け! 最大出力だ!」
「し、しかし団長! 市街地でそんなことをすれば、反動で建物が!」
「構わん! 奴を城に入れることこそが最大の破滅だ!」
私は叫んだ。
王城の地下には、建国に関わる『原初の聖剣』や、強大な魔力を秘めた『竜の心臓(ドラゴンハート)』が安置されている。
もし、奴があれらを喰らい、その能力を取り込んだとしたら——。
もはや、一国の軍隊で止められるレベルを超える。
大陸全土を巻き込む災厄(カタストロフィ)になるだろう。
「全軍、私に続けとは言わん。だが、死に物狂いでついてこい!」
「「「はッ!!」」」
騎士たちの瞳に、再び闘志が宿る。
私は魔導師たちが展開した緑色の風のレールに飛び乗った。
風圧が全身の鎧を軋ませる。毒のダメージが残る身体には過酷な負荷だが、今は痛みを殺す時だ。
視界が流れる。
眼下には、半壊した屋敷、踏み潰された馬車。
そして、その破壊の跡の先頭を行く、黒い絶望の箱。
(待っていろ、化け物)
奴は今、城壁を影の脚でよじ登ろうとしている。
その背中に、私は照準を定めた。
手加減はしない。市街地の被害も、王城の損壊も、この際度外視だ。
ここで殺しきらなければ、人類が終わる。
「——奥義、《天覇・雷光断》!!」
私は上空へと跳躍し、自身の生命力を魔力へと変換した。
剣身に、太陽ごとき白雷が纏わりつく。
奴が振り返る気配を感じた。だが、もう遅い。
貴様がどれほど頑丈な殻を持とうと、どれほどの宝を溜め込もうと。
この一撃は、概念ごと両断する。
私は彗星となって、王城の城壁に取り付いた黒い巨体へと突っ込んだ。
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