第2話 品番FEJ1630F-M

スピカは自分の皮を胸に抱いて、真っ青な体でスマホ画面を見つめていたが、しばらくするとスマホを放り出した。


こんなの見てる場合じゃない。

どうすんだよ。

どうすんの。


このままじゃ外に出れない。

裸だし。


・・・やっぱり・・・裸なの?これ?


スピカは自分の体をじっと見つめた。


グリッターカラーのブルーの肌はマットな質感で、なんと言うか、ハムハムしい。

ひやりと冷たくて、ペタペタしていて、お歳暮で貰うボンレスハムのような感じだ。


そうだ、顔はどうなっているんだろう。

目とか100倍になってトンボみたいになってたらどうしよう。


スマホのカメラを内側にして見ればいいと思いつき、またスマホを手にした時、着信が入った。


「・・・何、コレ?」


画面には、外商センターと表示されていた。


大体、そんなの登録していないはずだ。


「・・・は、はい・・・?」


恐々こわごわ通話に出てみると、明るい女性の声が聞こえて来た。


「・・・お世話になっておりますぅー!鈴木スピカ様のお携帯番号でお間違えないですか?!」


明らかに知らない女性だし、知らない声。


誰、このオバさん・・・?


不審すぎて、切ろうかと思った。

いわゆるオレオレ詐欺とか、なりすまし詐欺かもしれない。


「・・・アラ?私間違えたかしら!?こちら、鈴木スピカさん・・・ええと、鈴木・乙女座・α《アルファ》星様の携帯でよろしい?!」


スピカは慌てた。

なんだその別アカ名みたいのは!?

しかし、覚えがある。


両親が自分につけたこのスピカという名前の、別名だ。


たまに、母に「ご飯できたよー、乙女座アルファ星ちゃーん」なんて呼ばれて、やめてよ!とキレ散らかすほどに恥ずかしいのに。


・・・ああ、オバさん、声がデカいんだよ!!


「違・・・いや、はい、そうです」

「良かったー!お困りでしょう?今ね、そちらに担当者が向かいましたからね。・・・あら、到着したみたい。それじゃ、よろしくお願いします。書類にサインだけお願いしますねぇ!」


は?なんのこと?


と思った瞬間、個室のロッカールームのカーテンの隙間に、男物の革靴が見えた。


ここは、女子校のプールのロッカールーム。

つまり、女子専用ロッカールームだ!!


ふ、不審者・・・!?


さっと身構えた時、カーテンの向こうから、男の声がした。


「・・・失礼致します。外商から参りましたー」


外商?

じゃ、この人が担当者?

大体、なんの??


「・・・あれ・・・??えーと、スピカ様、ですよね・・・?あ、鈴木・乙女座・αアルファ星・スピカ様・・・?」

「・・・違う!そうだけど違う!やめて!鈴木!鈴木で!!」


ついそう叫んでいた。


「あ、ご本人様ですね?良かった!」


何がだよ!良くねぇよ!とスピカはカーテンの向こうを睨みつけた。


「スピ・・・えーと、鈴木様、この度は弊社の商品が経年劣化で不具合との事、大変ご心配をおかけしました」


彼はカーテンの向こうで、決まり口上のようにそう言った。


「つきましては、当座の代替え品をお持ちしましたので・・・」


思わずスピカはがばっと顔を上げてカーテンを引き開けていた。


「え?!じゃあ、この皮を作った会社の人?!代わりのものを持って来てくれたって事?!」


目の前に、二十代と思われるスーツ姿の男性が立っていた。


彼は目を見開いて、スピカをじっと見てから、小さく悲鳴を上げて、くるりと背を向けた。


「・・・な、なんですか?!あなたは!!若い女性が、は、裸では!犯罪に巻き込まれますよ!?」


言われてスピカははっとした。


そうか、これ裸なのか、やっぱり。


「・・あ、はい・・・すいません・・・」


スピカはまたカーテンを勢い良く引いてロッカールームに引っ込んだ。


「・・・なんか、まだ慣れなくて・・・」


むしろウェットスーツやスキーウェアでも着ている気分なんだけど。


「・・・理解出来ます。精神的に困惑していらっしゃる事でしょう。・・・とにかくこちらをお召しください・・・」


カーテンの隙間から、A4サイズほどの明るいカスタードクリーム色の箱が差し出された。


「・・・間に合わせではありますが、従来品の次のサイズのものです。使用感は変わらないと思います。品番FEJ1630F-M、私が確認致しましてお持ちしたので、間違いないのでご安心ください」


スピカは箱を受け取り、小さくお礼を言った。


箱の中には、ラッピングバッグに包まれた、新しい皮が入っていた。


タグには品番FEJ1630F-Mと印字されていて、可愛らしい小さな薔薇ばら色のリボンが飾られていた。


スピカは恐々と皮をワンピースのように広げた。

上の方に髪の毛がついていて、背中の尾てい骨のあたりから頭のてっぺんまで、真っ直ぐにファスナーがついている。


さっきはこのツマミ部分が出ていてちょっと触ったら、勝手に落ちてしまったのだ。


そっと全身タイツのように足を入れて、上に引っ張った。


脱げてしまったものと違いはよく分からないが、それはぴったりと馴染んで、体に吸い付くようだ。


しかし、手が届かず、背中の途中でファスナーが上がらない。


「・・・ちょっと、すいません・・・あの!」


スピカはカーテンの向こうに声をかけた。


「は、はい?サイズ、合いませんでしたか?」

「そうじゃなくて。これ、何でファスナーが後ろのデザインなの?上がらないんですけど?!」


ああ、なるほど・・・と戸惑ったような声が帰って来た。


「・・・結構、体、硬いんですね・・・」

「はあ?」


何なのよ、とスピカが舌打ちした。


「・・・す、すみません・・・わ、わかりました・・・。では、あの、見ませんから・・・。ちょっと、カーテン、少し開けてもらっていいですか・・・?」


青年が、遠慮がちにカーテンの隙間から手だけ伸ばして来た。


余計キモいってーの、とスピカはため息をついたが、仕方ない。


彼はそっと背中のツマミに触れると、ゆっくりと頭の天辺まで上げた。


ぴっちりとラッピングされた感覚は一瞬。


スピカは両手をひらひらさせたり、指を動かした。


ああ、これこれ。やっぱり落ち着く。


ほっとした。


「・・・使用感はいかがですか?」


青年は心配そうにそう尋ねた。


「うん。・・・前より何だか動きやすいかも!」


関節の可動域が少し広い気がする。

スピカはロッカールームに青年を招き入れて、関節の動きを見せた。


「そうですか!良かった。これは、前回のものより改良してあるんです!特にこの、FEJF-Mシリーズは一番素材にこだわっていて・・・でも、あまり注文が来なくて・・・残念なんです・・・」


悲しそうに彼は言った。


「そうなの?・・・ねえ、その変な品番、何なの?」

「ああ、ええとですね。Far East Japan極東日本地域で頭文字を取ってます。Female女性用で、015が、0歳から15歳対応って事です。で、1630で、16歳から30歳です」


はあ、なるほどねえ、と、スピカは頷いた。


「・・・ふーん。で、この、MはMサイズってことね?・・・でも、私、水泳やってて肩幅あるし、服、Lサイズなんだけど?」

「ああ、いえいえ!そのMのMiddleは、普通の顔って事です。次はHですから」

「・・・へ?何?」

「次は、High Beautyとても美人のHなんですよ。そっちは何だかすぐ売れるんですよねー。値段一緒なんですけど・・・」


彼は不思議そうに首を傾げている。


「・・・あのさあ、当たり前じゃない?!・・・ねえ、何でそっち持って来ないのよ?!」


スピカは呆れてそう大声を出して顔を上げた。


「・・・いやでも・・・見た目、同じじゃないと、周りの方だって違和感ありますよね?」

「・・・そりゃそうかもしれないけど・・・。値段一緒なら・・・」


どう考えたって、きれいな方がいいじゃないか。


スピカはハッとした。


改めて考えてみると、裸体で、男とロッカールームにいるのだ。

パンツも履かずに!!!


スピカは悲鳴を上げて、青年をロッカールームから蹴り出した。


「ちょっとぉぉぉぉっ!?変態っ!あっち行ってよっ。私、裸じゃないのっ!?」

「・・・ええ?!裸じゃないですよ?!ちゃんと弊社の品物を着てらっしゃいます!・・・あ、あなた、さっきの方が素っ裸で平気な顔してたのに・・・、どうなってるんですか・・・?!」


青年は床に転がりながら、そうあわあわと抗議をした。





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