第3話 見てしまった

朧げな記憶をたどりながら歩くと20分ほどで家についた。

最短ルートを通ればもっと早くつくかもしれない。


住宅街にあるアパートの一室が俺の住む家だ。

正直、人が快適に暮らせるとはいえなさそうなアパートだ。


その中の一室のドアノブをひねる。

自然に足が向いたのでおそらく俺の部屋だろう。

ノブを引こうとしたが開かずに突っかかる感覚がある。


「おっと、鍵は...」


この世界では玄関のドアは施錠するのが当たり前だったことを思い出した。

鍵は自然に手が伸びた場所にあった。

おそらく普段からそこに入れて持ち歩いているのだろう。


鍵が開いたので部屋に入る。


「ただいま」


返事はない。同居人はいないのだろうか。

部屋は散らかっていたが、ぎりぎり足の踏み場を見つけ部屋に入る。


まずはシャワーを浴びよう。

あの戦闘で血はつかなかったものの、汗を少しかいてしまった。

服を脱いで、シャワーを浴びる。


体を洗い終わると、その辺に置いてあった菓子パンを一つ手に取り、座った。

やたらカロリーの高そうなそれを食べながら少し考え事をする。


これからのことを考えた。

まず優先することはこの世界に馴染むこと。

常識をこちらの世界に合わせ、人間関係を作る。

あちらの世界のもの...病気はこちらではあまり使わないようにしよう。


次に古賀由衣のこと。

彼女は俺のしたことを見ても全くおびえる様子もなかった。

強がっていたようでもなかったが、長い前髪に顔が隠れていて表情があまりわからなかった。

誰にも話さないとは思うが一応気にかけておこう。


そして自分自身のこと。

こっちの世界の自分のことも覚えてないことが多かった。

おそらく記憶にはあるんだが、何かトリガーになるようなものがないと思い出せないのかもしれない。

まあ生活していれば自然と思い出せるだろう。―――



「ふわあああ...」


気が付くと部屋が明るい。

どうやら気づかないうちに眠ってしまったようだ。


「時間わぁ...」


時計を確認する。

8:40。

デジタル時計のこの数字を見た瞬間背筋が凍る感覚がした。

始業は何時からだろうか...

確か9時とかだった気が...


「ってまずい!」


急いで制服を着て適当に荷物をバッグに詰める。

"俺"にとって久しぶりの学校なのに初日から遅刻はまずい!!

朝食も取らずに急いで学校へと向かった。



走り続けて10分ほどで学校が見える辺りまでこれた。

これもあっちの世界で多少鍛えたおかげだろうか。

兎にも角にも、何とか遅刻は免れた!そんなことを考えながら校門をくぐった。


昇降口はどこだろう。少し余裕ができたので、いろいろ見ながら探すことにした。


「おいっ!誰が立っていいって言ったんだ!?」


「ギャハハ!」


校舎裏辺りに来ると、人が集まって何かしているのが見えた。

もう授業が始まるというのに何をしているんだろう。

少し興味もわいたので物陰から見てみることにした。


「お前みたいな陰キャの分際で人の男とってんじゃねーよ!」


「別にとってなんか...そもそも何のことかわかんないよ」


そう言って下を向く少女には見覚えがあった。

古賀由衣だ。

彼女が女子生徒数人に囲まれ座っていた。

状況的に座らされていたという方が正しいだろうか。

止めに行こうとも思ったがいじめられっ子として有名らしい俺が行っても余計こじれるだけだと思い静観する。


「はあ!?そんなこと聞きたいんじゃないんだけど」


そういって女子生徒の一人が古賀を小突く。

小突かれた古賀はというと特に抵抗するそぶりも見せず地面に横たわる。


「謝れよ。悪いことしたら謝罪する。常識だろ?」


「なんで...?私別に悪いことしてないよね?」


「悪いことしてないのに、謝る気はないから。」


「...このブスッ!本当にッ!よく喋るなあァ!?」


そう言って女子生徒たちは横たわる古賀を踏みつける。

これに対しても抵抗する様子は見れなかった。


「もういいや、お前慰謝料払え。」


「謝罪とかいらないから。それで勘弁してやるよ。」


「10万、今日中に払え。」


「そんなお金持ってないよ...」


「じゃあ私がパパ紹介してやるよ。」


「10万くらいすぐ稼げるからさw」


周りの女子生徒がクスクス笑う。


「とりあえず今日の放課後10万持って屋上に来い!」


「持ってこれなかったら...」


そういうとニヤリと嫌な笑みを見せた。


女子生徒達はそろってこっちに向かってきた。

校舎に戻るのだろうか。俺は姿を見られないよう先に校舎に行くことにした。


彼女らの会話を聞く途中大切なことを思い出した。

"パパ"に関してだ。

彼女らが話していたのは血のつながった父親のことではなくておそらく援助交際の相手のことだろう。

そのような文化あっちの世界でもあった。


...って思い出したのはそんなことではない。

俺には父親がいない。

俺が生まれる前に出て行ったと母に聞いた。

思い出したのは母のことだ。

数か月前に癌になり入院しているのだ。

そして俺はおそらくお見舞いには行っていない。

その記憶がないのだ。


母親との記憶があまりないからなぜ行ってないのかは分からない。

ただ、見舞いには行けるうちに行きたい。


そんなことを考えていると教室についた。

同時にチャイムが鳴る。ぎりぎり間に合ったらしい。


自分の席に座り授業の開始を待つ。

周りを見ると誰も座ってない席がいくつかあった。―――



★や応援、コメント励みになってます!


いつもありがとうございます。


よければ下から作品のレビューお願いします!

https://kakuyomu.jp/works/16818622174960573341




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る