七、モグラビル 三階 伏見屋

「相変わらず君らは仲が悪い」


 安藤が帰った後、モグラはすぐに伏見の私室から現れた。


「あぁーあ、なんだってまたあんな猪が担当になっちゃったんだか。鷹村さんは無愛想だけど必要以上に干渉してこないから楽だったのに」

「担当?」

「そっか、説明してなかったね。モグラとコンタクトを取る専用の刑事がいるんだよ。あくまでも裏の担当だけど」

「彼らも私も、お互いの情報を必要とする場合があるからな。持ちつ持たれつと言うやつだ」

「その割には安藤さんが来たときに隠れてましたよね?」


 諒太郎が問うと、ため息をついたのは伏見だった。


「そこがこいつの面倒くさいところでさ。何でも、あまり人に見られちゃいけないらしいよ。厨二っぽいよねぇ」


 伏見のバカにしたような口調にも、モグラは気にした様子もなく平然としていた。


「私はあくまで地下の住人だ。表舞台にでるわけにはいかない。伏見、君はただ安藤がこの事務所に来るのが嫌なだけだろう? 鷹村のときは何も言ってなかったじゃないか」

「鷹村さんはいいの! お菓子持ってきてくれたし、仕事終わったらすぐ帰ったし! あーあ、戻ってきてくれないかなぁ。何で辞めちゃったんだろ」

「今は探偵をやっているらしいがな」


「あの……」


諒太郎は小さく手を上げた。安藤が事務所を訪れたときから気になっていたことだ。


「安藤さんは、その……」

「あぁ、知らないよ」


伏見は察したのか、諒太郎が問う前に答えをくれた。


「安藤も、その前の鷹村さんも、俺が不死身だってことは知らない。知ってるのは諒太郎くん、皐月さん、支倉さんと潤くん、それから萩月家くらいかな。意外と多いね。隠してるわけではないけど別に言う必要もないし、まぁあの刑事たちは信じないだろうしね」

「モグラさんはいつから知っているんですか?」

「内緒」


 そう言ってモグラは人差し指をマスクの前に立てた。黒いマスクに白い指が映えている。


「こいつから俺にコンタクトを取ってきたんだ。それこそ、宮城に来るときだよ。『働き口を紹介しようか?』なんて怪しすぎるよね」

「でも、乗ったんですね」

「そりゃそうだよ。戸籍もない俺が普通に生きていくのは大変なんだ」

「ではそんな、ありがたい雇い主のために我慢してくれ」


 モグラがそう言うと、伏見は鼻をふん、と鳴らした。


「俺だけが悪いわけじゃないよ。あの猪が皐月さんにしつこいんだ。皐月さんはそんな簡単に声をかけていいような相手じゃない。失礼だ」

「皐月が不快に思ってなければいいじゃないか。なぁ?」


 モグラが問いかけるも、皐月は無反応だ。代わりに慌てたのは何故か伏見だった。


「え、そうなの? 皐月さん、あの猪嫌じゃないの?」

「どうして伏見さんが慌てるんですか……」


 諒太郎のぼやきも、伏見には聞こえていない。テーブルに身を乗り出して、ねぇねぇ、と皐月を問い詰めている。当の皐月はそんな伏見に見向きもしないで、モグラに冷たく言い放った。


「モグラさん、伏見で遊ばないでください。本題をどうぞ」

「やれやれ、遊び心がないな」


 モグラはアメリカのコメディアンのようにわざとらしく両肩をすくめ、ごほん、と咳払いをした。


「安藤が言ったとおりだ。今仙台——というか宮城ではたちの悪い通り魔事件が起きている」

「ニュースでは聞いたことがないですけどね」


 諒太郎はネットニュースを開いてみたが、どこにもそんな情報は載っていなかった。


「被害が限定的で、かつ、彼女たちは目立った怪我を負っていないからそれほど重要視されていないようだ。変質者の情報が逐一ニュースで報道されないのと同じだ」

「でも、昏睡状態になっているんじゃ……」

「それは各方面で伏せられている。余計な混乱を招くからな。特に、病院で」

「病院?」


 モグラはマントの下から書類を何枚か出した。


 どこから出したんだ……。


 諒太郎が呆気に取られている間に、モグラは次々とテーブルに書類を並べた。そのうちの一枚は何かのリストのようだった。


「私が経営している病院でも、昏睡状態に陥っている患者が何人かいることがわかった。これはそのリストだ」

「病院? お前病院も経営してるの?」

伏見が驚いたように言う。


「ちょっとした諸事情でな。まぁそこは大して重要じゃない。——話を進める。安藤の話を聞いてからひとまず病院に問い合わせてみた。感染症か何かではないかと思ったからな。すると同じ症状の患者が何人か県内にいるという。その患者たちが例の不審者に遭遇したかは定かではないが、症状は合致していた。すなわち、肌が白くなり、眠る間隔が狭くなり、昏睡状態に陥る。各病院で連携し、情報共有は行われているが、未だに解決策どころか原因もわかっていない」


「原因不明の未知の病ってことね。それで? 雇い主様は俺たちに何をさせたいの?」

「病院や彼らの自宅に行き、その裏を取ってほしい。病院間で連携しているとはいえ、利権や権益などのしがらみがある。確かな情報が繋がっているとは限らないからな。もちろん私も調べてはいるが、流石に患者の身辺や容体まではわからない。全員の症状が共通しているか、実際に見てきてくれ」


 そう言ってモグラは諒太郎に向かって書類を差し出した。

 諒太郎はモグラを見て、伏見を見て、皐月を見て、それから自らに人差し指を向けて尋ねる。


「え。俺が行くんですか?」

「そうだ。君は伏見屋の従業員、つまり私の部下だろう?」

「まぁ、そうですけど……」

「俺は? 休み?」


 モグラはまた、マントの下から一枚の書類をつまみ出すと、伏見に差し出した。裏面に透けている表から察するに、こちらも同じくリストのようだった。


「伏見には別の角度から探ってもらう。安藤が言っていた方だな。利益を得ている団体、企業がないか話を聞いてきてくれ。大体顔見知りだろうから、簡単だろう?」

「いいけど、子ども使ってないの?」

「期待しているのは情報というより肌感覚だな。彼らはおそらく無関係だ。だが、何か不審なつながりがあるかもしれない。そのきな臭さを感じ取ってきてほしい」


「はーい」と言うと伏見は嫌そうに顔を顰めた。「いかついおじさんたちに会うのは嫌だなぁ。諒太郎くん、交換しない?」

「嫌ですよ! 俺が行ったら一瞬で潰されちゃいます!」


 安藤やモグラの口ぶりから、おそらく伏見に割り当てられたのはそういう世界の人たちだ。できることなら会うことなく一生を終えたい。伏見やモグラに出会っている時点でもう遅いかもしれないが。


「冗談だって。まあ、悪い人ばっかりじゃないけどね」

「皐月は萩月家に行って雨音から話を聞いてきてくれ」

「萩月家? どうしてですか?」


 何も関係はなさそうだけど……。まさかまた、あのご先祖とやらが悪巧みしてるのか?


 萩月家といえば、伏見の心臓を盗んだ雨音が死してなお治めていた家だ。諒太郎は、先日伏見屋を訪れてきた二人組とクマのぬいぐるみを思い出す。


「安藤に言った『少し気になること』の確認だ。もしかしたら彼らが何かを知っているかもしれない。いいね? 皐月」

「……かしこまりました」


 皐月にしては珍しく、一瞬の間があった。何事も卒なくこなしそうだが、そんな皐月にも苦手なことがあるのかもしれない。


「モグラはどうするの?」

「私はまた少し潜る。嫌な予感が当たれば、面倒なことになるかもしれない」

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