第31話 噂という罠
「あれ、天城ってさ……実は前から優秀だったらしいよ」
始まりは、何気ない会話だった。
誰かのぽつりとした言葉が、あっという間に廊下を、教室を、校舎全体を駆け巡る。
「なんか体育祭でやたら目立ってたし、模試の点数も理央より上だったんでしょ?」
「え、マジ? 地味キャラじゃなかったっけ」
「中学では問題児だったとかって聞いたけど……本当?」
「てか理央ちゃんと最近よく話してるし、あいつ……何者?」
昼休みの教室は、静かなざわめきに包まれていた。
言葉にはならない感情が空気に混じる。その中心にいるはずの天城悠真は、ただ無表情にノートをめくっていた。
(……面倒なことになってきた)
気づかぬふりをしても、耳に入る声は止まらない。
「中学で裏切られたとか、誰かにひどいことしたとか……本当かな」
「美羽ちゃんと何かあったっていう噂も……」
—まるで過去を引きずり出すような内容ばかりだった。
「くだらない」
静かに立ち上がろうとしたとき、机の向こうから声がした。
「全部、嘘よ」
声の主は白雪理央だった。いつも無表情で人と距離を取る彼女が、はっきりと教室に響く声で言い切った。
「中学時代のことは知らない。でも……今の天城くんを見ればわかる。あんな噂、信じる必要なんてない」
悠真が驚いて理央を見た。だが彼女は視線を逸らさず、教室中に届くように話を続けた。
「それでも何かを言いたい人は、本人と話してからにして」
一瞬、教室が静まり返る。
そして誰からともなく、「まぁ、理央が言うなら……」「別にどうでもいいし」などと、空気が流れ始めた。
その中で、悠真は小さく息を吐く。
「……助かった」
理央は小さく首を横に振った。
「違う。私が勝手にしたこと」
「でも、君のおかげで——」
「……じゃあ、今度ジュース奢って」
その言葉に、悠真は少しだけ笑った。
けれど次の瞬間、ふと彼は窓の外に視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「……俺のことなんて、誰も知らないんだ」
その声は、とても静かで、とても遠かった。
◇
放課後。
屋上で風に当たっていた悠真のもとに、もう一人の人物が現れる。
「先輩、ここにいると思いました」
七瀬ひよりだった。小さな紙袋を手に、明るい笑顔を浮かべている。
「これ、おやつ。元気ないときは甘いものですよ!」
悠真は紙袋を受け取り、思わず口元が緩む。
「……ありがとう。気を使わせたな」
「いえ。私は先輩の力になりたくて来てるんですから」
夕焼けに染まる空の下、ひよりの声はまるで春風のようだった。
「先輩は先輩のままでいいんです。噂なんて、私が全部吹き飛ばしてあげますから!」
悠真は黙って頷いた。
——だがその笑顔の裏で、理央の言葉が、胸の奥に残っていた。
「今の君は……“本当の君”?」
仮面をかぶり続けた自分に、それを問いかけてくる声が、いつまでも耳から離れなかった。
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投稿が遅れて申し訳ありませんでした。忙しい時期が続くので本格的に投稿できるのは8月からになると思います。
これからもこの作品をよろしくお願いします。
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