逆転劇の連鎖
第30話 変わりゆく日常
教室の空気が変わったのは、ほんの些細なきっかけだった。
「天城って、体育祭すごかったよな……」
誰かのそんな一言に、周囲がざわつく。
かつて“無害”というラベルで無視されていた天城悠真が、いつの間にか話題の中心にいる。それは、彼自身が意図したものではなかった。
「俺は、いつも通り過ごしたいだけなんだけどな……」
悠真は昼休み、弁当を手に屋上へ向かう途中、ため息をついた。
手には、七瀬ひよりから手渡された手作り弁当。愛情たっぷりのその包みは、まるで彼の“変化”を象徴するかのようだった。
「天城くんっ!」
廊下の向こうから駆け寄ってくる声。振り返ると、元気いっぱいのひよりが小さく手を振っていた。
「えへへ、ちゃんと食べてね?」
「……ありがとう。作らせて悪いな」
「ううん、むしろ嬉しいのっ。私、先輩に喜んでもらえるなら何でも頑張るから!」
彼女の眩しい笑顔に、悠真は少しだけ頬を緩めた。
◇
午後の授業では、理央と視線が何度か交錯した。
目が合うたびに、理央は一瞬視線を逸らし、しかしすぐにまた真っ直ぐ見つめ返してくる。
(……あの頃の理央は、こんなふうに人を見る目じゃなかった)
悠真の胸に、あの日のことが浮かぶ。
誰からも認められず、声もかけられなかった中学時代。唯一、理央だけが彼に少しだけ目を向けた存在だった。今、それが現実のものとして再び繋がりはじめている。
放課後。
クラスの数人が彼を囲んだ。
「天城って、あのときの判断すごかったよな。あの不正、すぐ気づいて先生に言ったのって……」
「うちの兄貴も見てたんだぜ、リレーのとき。『あいつ、本当はすげー動けるな』ってさ」
「てか、文化祭どうする? 天城、なんか企画とかやらない?」
急な変化に戸惑いながらも、悠真は極力、波風を立てないように受け流していた。
(注目なんていらない。ただ、静かにしていたいだけなのに)
しかし――。
「天城。ちょっと、いいかしら?」
放課後の廊下で、白雪理央が声をかけてきた。
長い髪をかき上げる仕草はどこか緊張しているようで、それでいて凛としていた。
「……何か用か?」
「別に、大したことじゃないけど。最近、周りが少しうるさくて気になったの」
「俺のことか?」
「そう。……“仮面”、そろそろ外したら?」
理央の言葉に、悠真の目がわずかに揺れた。
「君は、昔からそうやって自分を隠してきた。でも、今はもう違う」
「……俺は、別に……変わるつもりなんて」
「じゃあ、教えて」
理央は一歩、悠真に近づいた。
「今のあなたは、“誰のために”隠れてるの?」
その問いに、悠真は答えられなかった。
ただ、彼の中で何かが、静かに音を立てて崩れ始めていた。
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