逆転劇の連鎖

第30話 変わりゆく日常

教室の空気が変わったのは、ほんの些細なきっかけだった。


「天城って、体育祭すごかったよな……」


誰かのそんな一言に、周囲がざわつく。


かつて“無害”というラベルで無視されていた天城悠真が、いつの間にか話題の中心にいる。それは、彼自身が意図したものではなかった。


「俺は、いつも通り過ごしたいだけなんだけどな……」


悠真は昼休み、弁当を手に屋上へ向かう途中、ため息をついた。


手には、七瀬ひよりから手渡された手作り弁当。愛情たっぷりのその包みは、まるで彼の“変化”を象徴するかのようだった。


「天城くんっ!」


廊下の向こうから駆け寄ってくる声。振り返ると、元気いっぱいのひよりが小さく手を振っていた。


「えへへ、ちゃんと食べてね?」


「……ありがとう。作らせて悪いな」


「ううん、むしろ嬉しいのっ。私、先輩に喜んでもらえるなら何でも頑張るから!」


彼女の眩しい笑顔に、悠真は少しだけ頬を緩めた。



午後の授業では、理央と視線が何度か交錯した。


目が合うたびに、理央は一瞬視線を逸らし、しかしすぐにまた真っ直ぐ見つめ返してくる。


(……あの頃の理央は、こんなふうに人を見る目じゃなかった)


悠真の胸に、あの日のことが浮かぶ。


誰からも認められず、声もかけられなかった中学時代。唯一、理央だけが彼に少しだけ目を向けた存在だった。今、それが現実のものとして再び繋がりはじめている。


放課後。


クラスの数人が彼を囲んだ。


「天城って、あのときの判断すごかったよな。あの不正、すぐ気づいて先生に言ったのって……」


「うちの兄貴も見てたんだぜ、リレーのとき。『あいつ、本当はすげー動けるな』ってさ」


「てか、文化祭どうする? 天城、なんか企画とかやらない?」


急な変化に戸惑いながらも、悠真は極力、波風を立てないように受け流していた。


(注目なんていらない。ただ、静かにしていたいだけなのに)


しかし――。


「天城。ちょっと、いいかしら?」


放課後の廊下で、白雪理央が声をかけてきた。


長い髪をかき上げる仕草はどこか緊張しているようで、それでいて凛としていた。


「……何か用か?」


「別に、大したことじゃないけど。最近、周りが少しうるさくて気になったの」


「俺のことか?」


「そう。……“仮面”、そろそろ外したら?」


理央の言葉に、悠真の目がわずかに揺れた。


「君は、昔からそうやって自分を隠してきた。でも、今はもう違う」


「……俺は、別に……変わるつもりなんて」


「じゃあ、教えて」


理央は一歩、悠真に近づいた。


「今のあなたは、“誰のために”隠れてるの?」


その問いに、悠真は答えられなかった。


ただ、彼の中で何かが、静かに音を立てて崩れ始めていた。

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