第27話 守られる理由

――翌日、教室の空気はざわついていた。


「ねえ聞いた? 昨日、悠真くんがトラブルに巻き込まれたって」


「しかも、女の子かばって前に出たらしいよ。めっちゃイケメンじゃない?」


「その子って……あの一年の、七瀬ひより?」


「そっちもめちゃくちゃ可愛いよね。なにあの組み合わせ、眩しすぎ」


悠真が教室に入ると、視線が一斉に向けられる。

ざわめきは収まらず、むしろ熱気すら帯びていた。


(……やっぱり、目立ちすぎたか)


そう思いつつも、悠真は何も言わず自分の席につく。

すると――


「おはよう、悠真くん」


白雪理央が、自然な顔で隣に立っていた。


「昨日のこと……私は何も言わないけど。ちゃんと見てたよ」


「……そうか」


理央の声は穏やかだった。

かつての見下した目ではなく、今の彼女は悠真を“認めて”見ている。


(あの頃とは違う。あの目は……もう、偽りじゃない)


ふと、理央が一枚のメモを差し出した。


「今度、よかったら。この教本、一緒に読まない? 模試の見直しも兼ねて」


「……わかった。ありがとう」


そのやり取りを、美羽が離れた席から見ていた。

ぎゅっと指を握りしめる。


(また……また私だけが取り残されてる……)


 ◇


昼休み。校舎裏のベンチに座る悠真とひより。


「昨日のこと、すみませんでしたっ。私のせいで、先輩が……」


「気にするな。むしろ助かったよ。お前が止めなかったら、俺……たぶん、抑えられなかった」


悠真の目が少しだけ陰る。

それは、彼が中学時代に封じ込めていた“力”の兆し。


「……先輩、そういう一面もあるんですね」


「俺は、あまり誰かに守られたことがないから。だからこそ、守りたくなる」


その言葉に、ひよりの目が潤む。


「じゃあ……今度は私が、先輩を守ります。小さなことでも、全部」


悠真は少し驚き、そして笑った。


「頼もしいな」


「えへへ……それと、今日は特別に“デザート付き”です!」


ひよりが差し出したのは、手作りのプリン。

悠真が以前「甘いものも嫌いじゃない」とこぼしたのを覚えていたのだ。


(こんな風に、誰かに気を向けてもらうのって……こんなに、あったかいんだな)


食べながら、ふと周囲の視線を感じた。

振り向くと、数人の生徒が隠れるように様子を伺っていた。


「……なんか、注目されてるな」


「先輩が人気者すぎるんですよ~。私が先に見つけたのにっ」


「……それ、少し嬉しいかも」


照れたように言うと、ひよりはますます顔を赤らめた。


「もうっ、からかわないでください!」


 ◇


その日の放課後。


理央はひとり、図書室でノートを開いていた。


(彼は強い。けれど、その強さは“守るため”のもの)


昔、彼女が見下していた彼はもういない。

そこにいるのは、自分を信じてくれる後輩のために動ける、本物の“優しさ”を持った人間だった。


(……わたしも、変わらなくちゃ)


理央の手が、少し震える。

それは嫉妬ではなく、尊敬と、焦りと、わずかな恋心。


「負けない。わたしも、信頼されたい」


ノートにそう書きつけると、彼女の表情は決意に満ちていた。


 ◇


その夜。

一人の男子生徒が、スマホを見ながら呟いた。


「“七瀬ひよりと天城悠真が付き合ってる”……これが事実だったら、おもしれぇことになるな」


画面には、写真が一枚。

放課後、ふたりが笑顔で並んでいる姿。


その投稿は、やがて――

とある「事件」の引き金となっていく。

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