第23話 壊れた仮面
午後の競技が始まろうとしていた。
運動場には再び熱気が満ち、赤組・白組の応援合戦もヒートアップしている。
そんな中で行われるのは、今年初めて導入された新種目――「障害物借り物リレー」。
ルールは簡単。障害物を突破しつつ、くじで引いた“借り物”を手にしてゴールを目指す。
ユニークな種目として盛り上がっていたが、トラブルはその直後に起こった。
「おい、誰か先生呼んでこい! 一人、ケガしてるぞ!」
怒号と共に人だかりができる。中盤のタイヤゾーンで足を引っかけた生徒が、激しく転倒したのだ。
しかもその直前、タイヤの位置が明らかに不自然にずれていたことに気づいた悠真は、小さく舌打ちした。
(これ……故意か?)
運動会における悪質ないたずら。
瞬時にそう判断した悠真は、静かに現場へと歩を進める。
「すみません、どいてください」
彼が声をかけると、人混みが自然に割れた。
「足が腫れてるな……動かさない方がいい」
悠真はその場でタオルを折って簡易固定を施すと、体育教師に指示を出す。
「救護室まで担架でお願いします。あと、このタイヤ、たぶん誰かが意図的にずらしてます。周辺の生徒に聞き取りを」
その冷静で的確な指示に、教師は目を丸くした。
「……お前、何者だ?」
「ただの生徒です。でも、こういう時は早めの対応が必要なんで」
ひよりが少し離れたところで、そんな悠真の姿をじっと見ていた。
(あれが……私が尊敬してた“先輩”なんだ)
いつもは一歩引いて表情も淡白な彼が、迷いなく動き、他人のために手を差し伸べている。
その姿に、胸が熱くなる。
一方、騒ぎの収まったあとの昼休憩。
教室に戻った悠真に、クラスの何人かが声をかけてきた。
「さっきの、お前の対応……すげぇな」
「俺だったらパニクってたわ。冷静すぎて、ちょっと惚れる」
「いつも静かだから気づかなかったけど、頼れる奴だったんだな」
冗談まじりの言葉の中に、確かな敬意が混じる。
(……めんどくさいな)
そう思いながらも、悠真は一言だけ口にする。
「別に……誰でもやるだろ、あれくらい」
しかし、理央だけは、その淡々とした言葉の裏にある“本音”に気づいていた。
(本当は、こういうこと慣れてるんだ。昔から、誰かのために動くのが自然な人だった……)
その時、美羽もまた彼の背中を見つめながら、小さく呟いた。
「なんで私は、あの時……」
呆然とするように。
けれど、誰よりも強く心を動かされていたのは――
「……かっこよすぎです、先輩……!」
そう、七瀬ひよりだった。
頬を赤らめ、手に持った弁当の残りをぎゅっと握りしめながら。
「わたし、もっと……先輩の近くにいたいです」
その想いは、もう止まらない。
◇
その日の最後の競技が終わり、閉会式が近づいてくる頃。
クラスメイトの中には、もう悠真をただの「地味なクラスメイト」とは見ていない者も増えていた。
体育祭の熱気の裏で、彼の“仮面”は静かに、そして確実に――壊れ始めていた。
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