第12話 静かな攻防
数日後の昼休み。教室の隅では、理央が珍しくノートパソコンを開いていた。
(……やっぱり、ネットワーク設定がおかしい。悠真くん、何かした?)
校内Wi-Fiの不具合が昨日から話題になっていた。だが、理央は知っていた。昼休み前にはすでに復旧しており、むしろ以前よりも快適になっていることを。
“誰か”が裏でこっそりと改善したのだ。
――天城悠真。
思い当たる人物は、彼しかいない。
前に偶然目にした、彼のプログラミング画面。あの手際の良さと集中力は、素人のものではなかった。
(何者なの……あなた)
理央は知らず、彼を“観察”する時間が増えていた。
その様子を、もう一人の少女が見逃すはずもなかった。
◇
「あなた、天城くんのことを調べてるの?」
放課後、理央が下校しようとしたとき、美羽が廊下で立ちふさがった。
「……別に。興味はあるけど、調べてるわけじゃないわ」
「ふぅん。けど、気になって仕方ない顔してる。……まるで、私と同じ」
理央は静かに目を細めた。
「……あなたと一緒にしないで。私には私の考えがある」
「へぇ。じゃあ聞かせて。あなたは、悠真くんの何を知ってるの?」
「……何も。でも、何も知らないからこそ知りたいのよ」
「知らない方が幸せなこともある。……あの人に関わると、傷つくだけよ」
美羽の言葉には、確かな棘があった。
(……この子は、過去に何かあった。悠真くんと)
理央は推測する。感情がこじれた“何か”が、今も美羽を縛っているのだろう。
「あなたが何を思ってようと、私は自分で判断するわ」
「――ふふっ、さすが“孤高の天才”白雪理央さん。強気なのは嫌いじゃないわ」
美羽は、まるで演技を切り替えるように微笑むと、踵を返して去っていった。
その背中に、理央はふっと息を吐く。
(あの子……感情を隠すのが、悠真くん以上に上手い)
◇
帰宅途中、理央は校門の外で立ち止まった。
そこには、一人で空を見上げている悠真の姿があった。
彼は夕焼けを背にして、まるで何もかもを悟ったような静けさを纏っていた。
「……隠すのが、上手ね。あなたって」
ぽつりと、理央が言う。
悠真は顔を向けずに応える。
「気づかれなきゃ、意味がない」
「でも、もう気づいてる人はいるわよ」
「……そうかもな」
短いやり取り。
それだけなのに、理央の心はざわめいていた。
(たぶん、あの子も、私も。……同じものを見てる)
天城悠真という少年の奥にある“何か”に、皆が触れようとしていた。
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