第12話 静かな攻防

 数日後の昼休み。教室の隅では、理央が珍しくノートパソコンを開いていた。


(……やっぱり、ネットワーク設定がおかしい。悠真くん、何かした?)


 校内Wi-Fiの不具合が昨日から話題になっていた。だが、理央は知っていた。昼休み前にはすでに復旧しており、むしろ以前よりも快適になっていることを。


 “誰か”が裏でこっそりと改善したのだ。


 ――天城悠真。


 思い当たる人物は、彼しかいない。


 前に偶然目にした、彼のプログラミング画面。あの手際の良さと集中力は、素人のものではなかった。


(何者なの……あなた)


 理央は知らず、彼を“観察”する時間が増えていた。


 その様子を、もう一人の少女が見逃すはずもなかった。




「あなた、天城くんのことを調べてるの?」


 放課後、理央が下校しようとしたとき、美羽が廊下で立ちふさがった。


「……別に。興味はあるけど、調べてるわけじゃないわ」


「ふぅん。けど、気になって仕方ない顔してる。……まるで、私と同じ」


 理央は静かに目を細めた。


「……あなたと一緒にしないで。私には私の考えがある」


「へぇ。じゃあ聞かせて。あなたは、悠真くんの何を知ってるの?」


「……何も。でも、何も知らないからこそ知りたいのよ」


「知らない方が幸せなこともある。……あの人に関わると、傷つくだけよ」


 美羽の言葉には、確かな棘があった。


(……この子は、過去に何かあった。悠真くんと)


 理央は推測する。感情がこじれた“何か”が、今も美羽を縛っているのだろう。


「あなたが何を思ってようと、私は自分で判断するわ」


「――ふふっ、さすが“孤高の天才”白雪理央さん。強気なのは嫌いじゃないわ」


 美羽は、まるで演技を切り替えるように微笑むと、踵を返して去っていった。


 その背中に、理央はふっと息を吐く。


(あの子……感情を隠すのが、悠真くん以上に上手い)




 帰宅途中、理央は校門の外で立ち止まった。


 そこには、一人で空を見上げている悠真の姿があった。


 彼は夕焼けを背にして、まるで何もかもを悟ったような静けさを纏っていた。


「……隠すのが、上手ね。あなたって」


 ぽつりと、理央が言う。


 悠真は顔を向けずに応える。


「気づかれなきゃ、意味がない」


「でも、もう気づいてる人はいるわよ」


「……そうかもな」


 短いやり取り。


 それだけなのに、理央の心はざわめいていた。


(たぶん、あの子も、私も。……同じものを見てる)


 天城悠真という少年の奥にある“何か”に、皆が触れようとしていた。

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