第7話 暴かれた仮面

「……お前、本当は何者なんだ?」


その問いを発したのは、クラスでもやや声の大きい男子、桐谷だった。


理科室の事件のあと、天城悠真の名前が一部の生徒の間で囁かれ始めた。

“地味で無能”と嘲笑されていた彼が、あの日だけは別人のように見えたのだ。


ドアの構造を即座に見抜き、冷静な判断と迷いのない行動。

誰もが戸惑い、ただ騒いでいただけの中で、彼だけが“動けた”。


それを目の当たりにした者たちは、次第に彼を見る目を変えはじめていた。


「別に、ただの生徒だよ」


悠真はいつもの調子で答える。

それ以上、何も語らない。


けれど――その“語らなさ”が、周囲に逆に何かを意識させていく。


「いや、絶対何か隠してるだろ。冷静すぎる。まるで訓練受けてたみたいだったし……」


「え、なに? 天城くんって元ヤンとか?」


「違ぇよ、ああいうのは……何ていうか、“やべぇやつ”なんだよ」


クラスの空気が変わっていた。

だが、好意的とは言えない。むしろその逆だ。


“無害な陰キャ”だと思っていた相手が、実は何かを隠していたと知ったとき――

人は警戒し、恐れ、距離を取る。


それでも、悠真は何も変えなかった。

むしろ、その反応すら“予想通り”だとでも言うように。


「天城くん、あの……」

昼休み、理央が声をかけた。


いつもの彼なら、避けるか無視するかするはずだったが――

今日は違った。


「白雪さん、何か用?」


呼び方が変わっていた。

冷たい声音ではなく、穏やかに響いたその声に、理央は一瞬だけ戸惑った。


「昨日のこと……ありがとう。助かった子の友達からも、お礼を言われたの」


「……俺がやったことじゃないよ。たまたま、目に入っただけだ」


「それでも、行動したのはあなたでしょ」


理央ははっきりと言った。

そして、迷いながらも続ける。


「……私、少しずつだけど、分かってきた気がする。あなたが、“本当のあなた”を隠してる理由」


その言葉に、悠真の瞳がわずかに揺れた。


だが彼は、否定も肯定もせず、ただ静かに言葉を返す。


「俺のことなんか、知らない方がいいよ。誰にとっても、その方が平和だから」


言い残して、その場を離れた悠真の背中を、理央はしばらく見つめていた。


(……そんなこと、私が決めることよ)


この日を境に、白雪理央の中にあった“偏見”は、確実に形を変え始めていた。


同時に――天城悠真をめぐる「空気」は、確実に動き出していた。

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