第6話 はじまりの事件
その日、校内はどこかざわついていた。
些細なことから始まった噂――「白雪理央が地味男に興味を持ち始めたらしい」という、信じがたいゴシップは、瞬く間に学年中を駆け巡っていた。
(……くだらない)
理央はそんな噂に耳を貸さなかった。
ただ、彼――天城悠真のことが、確かに気になっていた。
一方その頃、悠真は静かな昼休みを過ごしていた。
「……またか」
下駄箱に置かれた“悪意”のメッセージ。
破かれたプリント。無記名の中傷メール。
日常的に続くそれらの嫌がらせに、悠真は眉一つ動かさない。
やり返すつもりもない。ただ、淡々と処理するだけ。
「くだらない人たちだな……」
彼にとって、この程度の悪意は予想の範疇。
けれどその日――事件は、別の形でやって来た。
午後の授業前。
理科室の倉庫に、1年生の女子生徒が閉じ込められたという情報が入った。
担任は混乱しつつも、「鍵が壊れて開かないらしい」と騒ぐ生徒たちに対応しきれず、職員室に連絡を取りに走っていた。
その間、取り残された教室前。
無責任に騒ぎ立てる生徒たちの中で、ただ一人、静かに現場を見つめる少年がいた。
天城悠真――。
「何を見てるの?」
理央が近づいて声をかけると、悠真は無言のまま、倉庫の扉を一瞥した。
「このドア、外から鍵が掛けられたわけじゃない。中の取っ手が壊されてるだけ」
「……それが?」
「つまり、無理に引っ張れば、開くはずなんだ」
誰も気づいていなかった事実。
理央も気づいていなかった“違和感”を、彼は一目で見抜いていた。
「でも、もし外して失敗したら?」と問うと、悠真はわずかに笑って言った。
「そのときは、俺が責任を取るよ」
それだけ言って、悠真はドアに手をかけた。
ギシリ。ギシリ。
金属が軋む音。周囲の生徒がざわつき始める。
だが悠真は、何一つ焦らない。目の前の仕組みだけを見て、力のかけ方を変えていく。
そして――
「っ……開いた!」
バチン、と音を立ててドアが開き、中から涙目の女子生徒が飛び出してくる。
「ありがとう!怖かった……!」と泣き崩れる彼女を、周囲の生徒が囲んだ。
その光景を前に、悠真は何も言わず、ただその場を離れようと背を向ける。
だが――
「待って、天城くん」
理央がその背を呼び止めた。
「……どうして、あんなに冷静に判断できたの?」
「昔、少しだけ、似たようなことがあったから」
それだけ言って、彼は歩き出す。
(やっぱり……普通じゃない)
理央の中で、何かが大きく揺れ動く。
天城悠真――
彼の仮面は、静かに、しかし確かに崩れ始めていた。
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