第9話「王太子の真意」

慈善舞踏会の日、ルナリア王宮は華やかな装飾で彩られていた。王国内外の名だたる貴族たちが集う一大イベントであり、ヴィオレットにとっては重要な転機となる場でもあった。


「緊張してるの?」フレデリックが馬車の中で彼女の手を軽く握った。


「少し」ヴィオレットは静かに答えた。「前世ではこの慈善舞踏会で王太子と出会い、それが私の野望への第一歩となったの。でも今回は…」


「今回は違う目的があるね」


「ええ」彼女は頷いた。「セレストと連絡を取ること、そして可能ならば王太子の真意を探ること」


彼女は夜空の月を見上げた。あと一月もすれば月光舞踏会、そして「時間の儀式」が行われる。今夜の舞踏会は、その前哨戦とも言える重要な夜だった。


馬車が王宮に到着すると、既に大勢の来賓が華やかなドレスやスーツに身を包み、入場していた。ヴィオレットはエレガントな深い紫のドレスに身を包み、フレデリックの腕を取って階段を上った。


「素晴らしい装いですね、アシュフォード嬢」入り口で彼女を出迎えた宮廷の執事がお辞儀をした。


「ありがとう」彼女は優雅に微笑んだ。


舞踏会場は金と銀の装飾で彩られ、天井からは水晶のシャンデリアが優雅に光を放っていた。ヴィオレットは部屋を見渡し、セレストの姿を探した。


「まだ来ていないようだ」フレデリックが小声で言った。


「ドラクロワは?」


「あそこだ」彼は控えめに視線を送った。


ドラクロワ宰相は高官たちと談笑していた。灰色がかった髪に手入れの行き届いた口髭、年齢を感じさせない威厳ある姿勢。表面上は完璧な政治家の風貌だが、その目には冷たい打算が潜んでいた。


「来たわね」


ヴィオレットの声に振り向くと、入場が告げられたところだった。


「セレスト・ブライトウッド嬢のご到着です」


全ての視線が入口に集まった。セレストは空色と銀のドレスに身を包み、まるで天から降り立った天使のような優雅さで入場してきた。彼女の隣には新しい侍女が控えていた。


「表情が硬いわね」ヴィオレットは彼女の様子を観察した。「何かあったのかしら」


「あの侍女の件でドラクロワから詰問されたかもしれないな」フレデリックは静かに言った。


セレストはドラクロワと目を合わせ、小さく頭を下げた。宰相は応えて微笑んだが、その目は笑っていなかった。


「私たちからの挨拶は後にしましょう」ヴィオレットはフレデリックに言った。「今は注目を集めない方がいい」


彼らは舞踏会場の隅に移動し、ワインを片手に他の貴族たちと軽く会話を交わした。ヴィオレットの社交界デビュー以来、彼女の評判は着実に良くなっていた。前世での「傲慢な野心家」というイメージとは異なり、今回は「聡明で謙虚な美女」として認識されつつあった。


一時間ほど経った頃、ヴィオレットはドラクロワから離れたセレストを見つけた。彼女は庭園に続くバルコニーの方に向かっていた。


「行ってくる」彼女はフレデリックに囁いた。


「気をつけて」彼は小さく頷いた。「守護者たちがこの舞踏会場を監視しているけど、ドラクロワの手先も潜んでいるだろう」


ヴィオレットは人混みをすり抜け、さりげなくバルコニーに向かった。外の冷たい夜気が彼女の頬を撫でる。


バルコニーには何人かの貴族たちがいたが、セレストの姿はなかった。ヴィオレットは手すりに寄りかかり、下の庭園を見渡した。そこで彼女は石の小径を歩くセレストの姿を見つけた。


「絶好の機会ね」彼女は独り言ちた。


庭園に通じる階段を降り、ヴィオレットはセレストの後を追った。月の光が庭園の花々を銀色に染め、静寂の中でセレストのドレスが風に揺れる音だけが聞こえた。


「セレスト」彼女は小さな声で呼びかけた。


セレストは振り向き、一瞬緊張したがすぐに安堵の表情を見せた。「ヴィオレット」


二人は大きな樫の木の陰に移動し、人目につかない場所で話し始めた。


「危険な状況になっているわ」セレストは小声で言った。「ドラクロワが私を疑い始めている」


「侍女の件?」


「ええ」彼女は顔を曇らせた。「マリアが私の手紙を見つけて…私は選択肢がなかったの」


「理解しているわ」ヴィオレットは彼女の手を取った。「あなたは自分を守るために行動したのね」


「でも、これでドラクロワは私が反抗的になっていると確信したわ」彼女は震える声で言った。「彼は私を監視するため、新しい侍女を付けたの。彼女は『赤き月』の刺客よ」


「逃げるべきじゃないの?」


「それはできない」セレストは首を振った。「この腕の刻印が彼らに私の居場所を教えるわ。それに…」


「それに?」


「儀式には私が必要なの」セレストは真剣な表情で言った。「私がいなければ、彼らは別の計画を立てるかもしれない。あなたを直接狙うような」


「君たちは何の話をしている?」


二人は驚いて振り向いた。暗闇から一人の男性が姿を現した。洗練された服装と整った容姿の青年。


「王太子…」セレストは息を呑んだ。


アレクサンダー・クラウン王太子は静かに二人に近づいてきた。その表情は厳しいが、どこか好奇心に満ちていた。


「セレスト」彼は彼女に視線を向けた。「あなたが『聖女』の仮面の下に隠していたのは、こういう秘密だったのですね」


「殿下、これは…」


「そして、アシュフォード嬢」彼はヴィオレットを見た。「あなたも何かの陰謀に関わっているようですね」


「陰謀ではありません、殿下」ヴィオレットは冷静に答えた。「私たちは真実を追求しているだけです」


「真実?」彼は眉を上げた。「ドラクロワ宰相と『赤き月』についての真実ですか?」


セレストとヴィオレットは驚いて顔を見合わせた。王太子は彼らの会話をどれだけ聞いていたのだろう。


「恐れることはありません」アレクサンダーは声を落とした。「私も彼らについて調査しています」


「殿下も?」セレストは信じられないという表情だった。


「ここでの会話は危険です」彼は周囲を見回した。「私の私室で話しましょう。そこなら盗み聞きされる心配はありません」


二人は躊躇いながらも、王太子に従うことにした。彼らは人目を避けながら庭園から別の入口を通って宮殿内に入り、静かな廊下を通って王太子の私室に向かった。


「何も触れていませんね、宰相は」王太子は鋭く言った。「私の部屋に忍び込んで、あなたたちを捜していたようです」


ヴィオレットとセレストは緊張した様子で、王太子の私室に入った。部屋は質素だが洗練されており、書物や地図が整然と並べられていた。


「座ってください」アレクサンダーは二人に椅子を勧めた。「そして、あなたたちの話を聞かせてください」


「殿下」ヴィオレットは慎重に言った。「なぜ私たちを信用するのですか?」


「信用していないからこそ、あなたたちの話を聞きたいのです」彼は率直に答えた。「セレストについては『聖女』の仮面の下に何かあると常々感じていました。そして、あなた、アシュフォード嬢。あなたの急速な社交界での台頭が気になっていたのです」


「私たちは敵ではありません」セレストは静かに言った。「むしろ、王国を守ろうとしています」


「それなら、私も同じです」アレクサンダーは彼らの前に座った。「私はドラクロワが何かを企んでいると長い間感じていました。彼は父の信頼を得ていますが、私はその裏に隠された野心を疑っています」


「では、私たちの話を聞いていただけますか?」ヴィオレットは尋ねた。


「どうぞ」


ヴィオレットとセレストは交互に話し始めた。彼らは月環と太陽の羽飾り、双子としての出自、そして「赤き月」の計画について説明した。ただし、ヴィオレットは時間遡行の能力については明かさなかった。


アレクサンダーは黙って聞き、時折質問を挟んだ。彼の表情は徐々に厳しさを増していった。


「もし本当なら、これは王国にとって重大な危機です」彼は最後に言った。「ドラクロワが時間を操る力を手に入れれば、彼は過去も未来も支配できる」


「そして、そのために私たちを利用しようとしています」セレストは付け加えた。


「あなたたちが双子だというのは…」アレクサンダーは二人をじっと見比べた。「確かに似ています。そして、それが『赤き月』がセレストをあなたから分離した理由なのですね」


「はい」ヴィオレットは頷いた。「儀式には私たち二人の力が必要なのです」


「しかし、なぜドラクロワはそこまでして時間を操る力を欲しがるのでしょう?」王太子は疑問を投げかけた。


「彼の真の目的はまだ分かりません」セレストは答えた。「彼は私に『新しい時代の女王』になると約束しましたが、それが何を意味するのかは明らかにしませんでした」


アレクサンダーは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。月明かりが彼の厳しい横顔を照らしていた。


「私の父は病に伏せています」彼は突然言った。「公式には発表されていませんが、彼の健康状態は悪化の一途をたどっています」


「それで宰相の影響力が増しているのですね」ヴィオレットは理解した。


「そう」王太子は頷いた。「父は全てをドラクロワに頼っています。彼の言葉は絶対です。私が反対意見を述べても、耳を貸しません」


「あなたは危険な立場にいますね」セレストが言った。


「ええ」アレクサンダーは苦笑した。「私が王位に就く前に、ドラクロワは自分の計画を完遂させようとしているのでしょう」


「殿下」ヴィオレットは慎重に尋ねた。「私たちを助けていただけますか?」


アレクサンダーは長い間黙っていた。やがて彼は二人を見て言った。「私は誰も信じられない状況にあります。宮廷は謀略と裏切りの巣窟です。しかし…」


彼は深いため息をついた。「あなたたちの目に見える誠実さが、私の判断を揺るがしています」


「私たちは真実のためだけに戦っています」セレストは真摯に言った。


「分かりました」王太子は決心したように言った。「私はあなたたちに協力しましょう。しかし、慎重に進める必要があります。ドラクロワは多くの耳と目を持っています」


「何から始めますか?」ヴィオレットは尋ねた。


「まず、月光舞踏会の準備状況を調査します」アレクサンダーは言った。「私は王子として、その詳細を知る権利があります」


「それは助かります」セレストは安堵した様子で言った。「儀式の詳細を知ることができれば、それを阻止する手がかりになるかもしれません」


「そして」王太子は続けた。「セレスト、あなたは引き続き『聖女』を演じてください。ドラクロワの疑いを晴らすことが重要です」


「分かりました」彼女は頷いた。


「ヴィオレット」彼は彼女に向き直った。「あなたは守護者たちと連絡を取り、できるだけ多くの情報を集めてください」


「はい、殿下」


「そして、私たち三人だけが真実を知っているとします」アレクサンダーは厳しく言った。「他の誰にも、この会話のことを漏らさないでください」


ヴィオレットとセレストは同意したが、ヴィオレットは心の中でフレデリックやレイモンドについて考えていた。彼らには話す必要があるだろう。


その時、廊下から足音が聞こえてきた。


「誰か来る」アレクサンダーは素早く言った。「隠れてください」


彼は二人を大きな衣装棚の中に押し込んだ。扉が閉まった直後、部屋のドアがノックされた。


「入りなさい」王太子は冷静な声で言った。


「失礼します、殿下」ドラクロワの声が聞こえた。「舞踏会でお姿が見えなくなったので、心配して参りました」


「少し頭痛がしたもので」アレクサンダーは淡々と答えた。「休息が必要だったのです」


「そうですか」ドラクロワの声には疑いの色が混じっていた。「セレスト嬢の姿も見えなくなりましたが、彼女はご存じありませんか?」


「いいえ」王太子はきっぱりと言った。「彼女と話したのは舞踏会の冒頭だけです」


「そうですか…」ドラクロワの足音が部屋の中を移動する音が聞こえた。「彼女は最近、少し変わった行動をしているのです。心配でなりません」


「彼女はあなたの養女同然ですからね」アレクサンダーは軽く言った。「心配するのも当然です」


「ええ」ドラクロワの声が近づいてきた。「彼女は特別な存在です。特に、月光舞踏会のためには…」


「舞踏会のために?」王太子は興味を示した。「何か特別な役割があるのですか?」


「いえ、ただの美しい飾りです」ドラクロワはすぐに言った。「舞踏会は王国の伝統行事ですから、『聖女』の存在は欠かせませんね」


二人の間に一瞬の沈黙が流れた。


「殿下、お休みになられるなら、もうお邪魔はしません」ドラクロワがようやく言った。「どうぞお体を大切に」


「ありがとう、宰相」


ドアが閉まる音が聞こえた後も、アレクサンダーはしばらく動かなかった。やがて彼は衣装棚に近づき、小声で言った。


「もう大丈夫です」


ヴィオレットとセレストが出てくると、王太子の表情は厳しくなっていた。


「彼は私の部屋を探っていました」彼は怒りを抑えた声で言った。「私の書類をちらりと見ていたのが分かりました」


「彼は疑っています」セレストは緊張した様子で言った。「もうそろそろ戻らなくては。私の不在が長すぎると、さらに疑われます」


「私も」ヴィオレットは頷いた。「フレデリックが心配しているでしょう」


「では、今夜はここまでにしましょう」アレクサンダーは言った。「また連絡を取り合いましょう。私からのメッセージは信頼できる使者を通じて送ります」


三人は別々のタイミングで部屋を出ることにした。最初にセレストが、次にヴィオレットが、そして最後に王太子が舞踏会場に戻ることになった。


セレストは去る前に、ヴィオレットの手を握った。「気をつけて」


「あなたこそ」ヴィオレットは彼女を抱きしめた。「もう一度、銀の鈴を鳴らすわ。連絡が必要になれば」


セレストは微笑み、静かに部屋を出て行った。


「彼女は強い」アレクサンダーが言った。「『赤き月』に洗脳されながらも、自分の心を失わなかった」


「はい」ヴィオレットは頷いた。「彼女は私の姉妹です。そして、私は彼女を救います」


「あなたも強い」王太子は彼女をじっと見た。「あなたたち双子は、本当にルナリス家の血を引いていると感じます」


「殿下は私たちを信じてくださるのですか?」


「完全にではありません」彼は正直に答えた。「しかし、あなたたちの目に見える決意と、ドラクロワへの不信感は共有しています」


ヴィオレットは少し躊躇った後、質問した。「殿下は婚約についてどうお考えですか?セレストとの」


アレクサンダーは窓の外の月を見つめた。「それは政治的な判断でした。『聖女』との結婚は国民から支持されます。しかし…」


「しかし?」


「私は彼女のことをほとんど知りません」彼は静かに言った。「表向きの『聖女』セレストしか見てこなかった。今夜初めて、本当の彼女の一面を垣間見た気がします」


「彼女はあなたを尊敬していますよ」ヴィオレットは言った。


「そして、あなたは?」王太子は突然彼女を見つめた。「あなたは何を求めているのですか、ヴィオレット・アシュフォード?」


「私は…」彼女は言葉を選びながら答えた。「王国を守り、姉妹を救い、そして…過去の過ちを正したいのです」


「過去の過ち?」


「それは長い話です、殿下」彼女は微笑んだ。「また別の機会に」


彼女が部屋を出ようとした時、ドアのノブを回す前に、王太子が最後に言った。


「気をつけてください、ヴィオレット。あなたは思っている以上に大切な存在かもしれません」


彼女は振り向かず、ただ静かに頷いてから部屋を出た。


廊下を歩きながら、彼女は今夜の出来事を整理していた。王太子は味方になるかもしれない。しかし、彼もまた自分の立場と利害を持っている。完全に信頼できるのは…


「ヴィオレット!」


フレデリックが彼女に駆け寄ってきた。彼の表情には安堵と心配が入り混じっていた。


「フレデリック」彼女は微笑んだ。「ごめんなさい、心配させて」


「どこにいたんだ?」彼は小声で尋ねた。「ドラクロワが探し回っていたぞ」


「話すことがたくさんあるわ」彼女は彼の腕を取った。「でも、ここではだめ。帰りましょう」


「今すぐ?」


「ええ」彼女はうなずいた。「今夜はもう十分よ」


帰り道の馬車の中で、ヴィオレットはフレデリックに王太子との会話の詳細を話した。フレデリックは時折眉をひそめながらも、静かに聞いていた。


「王太子を信用するのは危険かもしれない」彼は最後に言った。「彼は自分の王位継承を第一に考えているはずだ」


「でも、彼もドラクロワを警戒している」ヴィオレットは言った。「今は共通の敵を持っているわ」


「それでも、用心するべきだ」フレデリックは彼女の手を握った。「あなたは守護者たちだけを完全に信頼すべきだ」


「あなたのこと?」彼女は微笑んだ。


「私のこと」彼は真剣な表情で言った。「私はあなたのためならどんな犠牲も払う」


「フレデリック…」


彼女が何か言おうとした時、突然、馬車が激しく揺れた。


「何だ?」フレデリックは窓の外を見た。


耳をつんざくような音と共に、馬車の側面が何かに打ち付けられた。馬が驚いて嘶き、馬車は道から外れそうになった。


「襲撃だ!」フレデリックは叫んだ。


彼は即座に腰に差していた短剣を抜き、ヴィオレットを守るように前に出た。馬車の反対側のドアが荒々しく開かれ、黒い影が飛び込んできた。


「ヴィオレット・アシュフォード」影が低い声で言った。「お前は死ななければならない」


フレデリックは素早く動き、影と交戦した。狭い馬車の中での戦いは激しく、ヴィオレットは後部に押しやられた。


「フレデリック!」彼女は叫んだ。


暗闇の中での戦いは続いた。突然、馬車が大きく揺れ、道路脇の木に衝突した。衝撃でヴィオレットは投げ出されそうになったが、フレデリックが彼女を掴み、守った。


「逃げろ!」彼は叫んだ。「私が時間を稼ぐ!」


「でも…」


「行け!」


ヴィオレットは躊躇いながらも、馬車から飛び出した。夜の森の中、彼女は必死に走った。背後からは金属がぶつかる音と、男たちの叫び声が聞こえた。


彼女は胸に手を当て、月環に触れた。「力を貸して」彼女は祈るように呟いた。


すると、月環が淡く光り始め、彼女の周りの森が一瞬だけ青白い光に包まれた。その光が彼女の道を照らしているようだった。


「こっちだ!」男の声が遠くから聞こえた。


彼女は光に導かれるまま、森の中を走り続けた。やがて、小さな小屋が見えてきた。それは森の中の廃屋のようだったが、月環の光はその方向を指していた。


ヴィオレットは躊躇わず小屋に飛び込んだ。内部は薄暗く、埃っぽかったが、驚くべきことに、中には一人の女性が待っていた。


「ようこそ、ヴィオレット・アシュフォード」女性は静かに言った。彼女は年配で、銀髪を美しく結い上げていた。「あなたを待っていました」


「あなたは…?」


「私はイザベラ。月影の守護者の長です」彼女は微笑んだ。「あなたの月環が私たちをここに導いたのです」


「フレデリックが危険に…」ヴィオレットは息を切らしながら言った。


「心配いりません」イザベラは彼女を安心させるように言った。「他の守護者たちが既に向かっています」


「なぜここに?」


「時が近づいているからです」イザベラは月を見上げた。「月光舞踏会、そして時間の儀式の時が」


彼女はヴィオレットを小屋の奥へと導いた。そこには小さな祭壇があり、月と星の紋章が刻まれていた。


「ここで待ちましょう」イザベラは言った。「そして、あなたに真実を伝えましょう。あなたが知るべき、全ての真実を」


ヴィオレットは震える手で月環を見つめた。それは今、かつてないほど明るく輝いていた。真実の時が近づいていることを告げるかのように。

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