解決編 Z世代刑事と消えた犯人
通勤時間をとうに過ぎた午前中の道路はすいていた。
二人を乗せた車は軽快に進んでいく。
「犯人は梅田だ……十中八九間違いない」
重本は流れていく景色を助手席で見ながら、そう言った。
「え~決めつけは良くないですよ」
「目撃通りの体格の男で、被害者に恨みがある……これで疑うなという方が無理だ」
軽井はそれを聞くと、少し考えた様子だった。
「確かにそうですが、証拠は何も無いですからね……」
「それはこれからの捜査で……どこに向かってる?」
重本は車が帰る道を通っていないことに気付いた。
「被害者のマンションですよ。一旦、署に戻るよりも直接行った方が早いので」
「馬鹿。そういうことは早く言え」
そうは言いつつも、軽井も分かってきたなと感心する。
重本には、軽井のやる気なさが悩みの種だったが……。
「お前、他にも隠してることがあるだろ?」
「隠してるというか、ちょっと気になることが少し……」
「そういうのが、隠してるって言うんだろ!」
重本が声を荒げたが、軽井は動じた様子はない。
「無いんですよね……」
「無い? 何が、だ?」
重本には分からなかった。
「被害者は深夜まで仕事していた、はずですよね?」
「あ、ああ……」
「それなのに、その時刻に保存されたファイルがありませんでした」
「は? どういうことだ?」
「PCに残っていた記録で、その時刻近くに保存されたファイルが見当たらなかった……つまり、深夜までPCで仕事をしていたというのは嘘です」
「なんだとお!?」
あまりに大声だったので、軽井の手にしていたハンドルがぶれて車が蛇行した。
「ちょっと、落ち着いてくださいよ!」
流石に軽井も驚いたようだ。
「お前、そんな大事なことを黙って……じゃあ、被害者は何をしてたんだ!?」
「それは……分かりません。ただ、あの時刻まで会社に居る必要性が何かあったのではないかと……誰かと約束があったとか?」
会社の記録では、確かに直前までは居たはずだった。
「それは梅田か!?」
「だから、そこが分からないんです!」
怒鳴り続ける重本に、軽井は強めの口調で言った。
「そうか……じゃあ、遅くまで残っていたのも犯人の計画のうち……」
重本はそう呟いている。
「もうすぐ、着きますよ」
軽井は五階建てのマンションの駐車場に車を入れた。
マンションの管理人の立会いで二人は東出の部屋に向かった。
そこは四階の角部屋だった。そこで独り暮らしをしていたとのことだった。
「――では、近所付き合い等はほぼなかった、と?」
重本が確認するように言った。
「ええ、まあ。もっとも、近頃の人は朝に出たら夜遅くに帰ってくる人が大半で……真昼間に顔を合わせる時なんて、滅多にありませんが……開けますよ」
管理人が部屋を開けると、異臭が鼻を突いた。
部屋の中には、ごみ袋の山があった。
「これは……」
管理人も少し驚いたようだった。
「男の独り暮らしとはいえ、酷い有様ですね」
重本も同意するように言った。
その場に居た誰もが、渋々と言った様子で靴を脱いで上がり込んだ。誰もこんな荒れた部屋には入りたくなかったが、そうも言っていられない。
ゴミ山の奥のテーブルには、ビール等の酒の空き缶、空き瓶の山。床には丸められたティッシュが転がっている。
最奥には、大型のテレビとDVDプレーヤーに、アダルトDVDのケースが大量に転がっている。その反対側には無造作にデスクトップPCが置かれていた。
「随分と自堕落なもんだ」
思わず、重本の口からそんな言葉が出た。
「冷蔵庫の中も、酒とつまみぐらいしかありませんね。そこのコンビニ弁当の容器から見るに、自炊はしていなかったみたいですね」
いつの間にか手袋をしていた軽井が言った。
「あ、ああ……」
重本は返事をするのがやっとだ。
前にも似たようなことがあったが、その時も軽井は平然としていたな、とふと思い出した。
それでも、ベッドとテレビ周り、それとPCの周りだけは片付け、というよりもゴミが退けられていた。
「ああ、やっぱりパスワードが必要ですね」
PCを起動した軽井が言った。
「その中に、手掛かりがあると思うか?」
重本が聞いた。
「現状では、分かりません。ただ、さっきの証言から、確認したいことが一つ……」
「なんだ?」
「確か楠さん……が言ってましたよね? 盗撮してる噂があるって。そのデータがあるなら、ここだと思うんですが……」
二人が署に戻ると、他の刑事たちも戻っていた。
死因はやはり鈍器での撲殺で間違いないとのことだった。それも相当強い力で何度も殴られていたため、大柄な男性という犯人像がほぼ確定した。
二人が職場での聞き込みの内容を伝えると、案の定梅田が犯人ではないかという声が強くなった。パワハラを受け、体格も一致。動機と犯人像がピタリと合っている。
今後は、彼を容疑者として周辺を調べた後、任意同行を求めることとなった。令状を出すには決定打に欠けるとのことだったが、ほぼ決まりだと多くの刑事が思っていた。
数日後、梅田は意外にも素直に任意同行され、取り調べを受けることとなった。
しかし、軽井はこっそり東出宅のPCの中身の解析を進めるように頼んでいた。
「なあ、何が気になるんだ?」
それを知っていた重本は、デスクに着いていた軽井に言った。
「あの中身……おそらくは、盗撮した動画や画像があるはずです」
重本はため息をついた。
「だからといって、梅田の容疑が晴れる訳じゃない」
「変だと……思いませんか?」
「変? 何が?」
重本の口調が変わった。
「犯人はおそらく、誰も居なくなる深夜まで会社に残るように言った。それなのに、殺害したのは駅から近い外です」
「……つまり、本気で目撃者を出さないなら、社内で殺すべきだった、と?」
重本は少し理解してきたようだった。
「そうです。そうすれば目撃者なんて居なかったのに、わざわざ外に出てきてから殺した。まるで、目撃されることを期待するかのように」
「ううむ……」
重本は唸った。
「中肉中背の男ならまだ分かります。けれど、梅田は体格が良すぎます。それをネタにパワハラをされて自覚もあったはずです。常識的な判断ができるならば、目撃されるのは最も避けるべきです」
確かに、軽井の言う通りだった。実際に、目撃者の証言で梅田は窮地に立たされている。
「じゃあ、誰が犯人なんだ? 他の刑事に聞いても、関係者の中にはあんな体格の良い人間は居なかったぞ?」
「犯人は、関係者に居ません。無関係の人間です」
「おいおい、無差別でもなければそんなことが――」
重本は軽井の発言を無茶だと思ったが――
「闇バイトの仲介サイト」
「は?」
「闇バイトって、知ってますよね?」
「ああ、非合法なことを馬鹿な若者にさせるやつだろ?」
重本は当然という顔をした。
「その仲介するWEBサイトがあるという噂があります。そこに条件付きで求人を出せばいい……もっとも、安くはないでしょうが」
軽井は淡々と言った。その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「おいおい、身長百八十センチ以上の男性で上司を撲殺してくれる人間を募集とか、そんなの応じる奴が居るのかよ……」
冗談だろ――そう笑い飛ばそうと思ったが、笑えなかった。
二十年前なら冗談で通じただろうが、今は笑える時代ではない。
「それだと……杉野が? 楠の可能性は?」
「可能性としてはゼロではないですが……楠は腕力には自信がありそうでしたし、単純な性格のようだから見つからないように自力で殺そうとするでしょう。それに比べれば、盗撮を元に脅迫されていた非力な女性の方が、大金を払ってでも誰かに頼むのは現実的です」
「なるほどな、確かに」
重本が大きく
後日、PCの中のデータが盗撮されたものだと確認されると、二人は杉野の自宅アパートへと向かった。
平日の昼間だったが、ここ数日、体調を崩したと言って休んでいるとのことだった。
「お休み中のところ申し訳ありません」
重本はそう言って、軽井と一緒に頭を下げた。
「いえ、お仕事ご苦労様です」
杉野は以前よりもやつれているように見えた。
彼女は二人をリビングへと通した。
「早速ですが、本題に入らせていただきます」
軽井が告げると、彼女の頬がピクリと強張った。
「あなたは……事件当日、被害者の東出さんには遅くまで残ってから、外で落ち合う約束をした。おそらく、盗撮した動画や画像を公開するぞとでも脅されていて、要求に応じる代わりにそうしてほしいと頼んだんでしょうね」
彼女の顔に明らかな動揺が見て取れた。
「そんな……何を根拠に?」
「最初、私たちは遅くまで残るように言ったのは誰も居なくなることを狙ってだと思っていました……が、実際には違いました。あなたは、夜遅くまで待たせてから外に出た時に襲うことで、誰も……特に梅田さんのアリバイのない犯行にしたかった」
「そんな、私が犯人みたいじゃないですか!?」
彼女は声を荒げた。
「ええ、そう言っています」
「現場では身長の高い男性が目撃されたって、ニュースでも言ってたじゃないですか!?」
「はい。実行犯は、ですね」
その言葉に、彼女の顔が青くなった。
重本は黙って見ているしかなかった。
「あなたは、闇バイトの仲介サイトを使って、梅田さんの
「そ、そんなの……どこに根拠が……」
狼狽している様子からも、無関係でないことが分かる。が、まだ自白したとは言えなかった。
「確かに、闇バイトの仲介サイト自体には証拠は残らないでしょうね」
「だったら――」
勝った――彼女の顔がそう言っていた。
「ですが、最近になって口座から随分と引き出されたお金は、記録として残っています」
ハッタリだ――重本には分かっていた。
彼女はそれを聞くと、高笑いした。
「そんな、私は自分の口座からは――」
「じゃあ、誰の口座からです?」
「え? ……あっ! い、今のは……」
失言したと気付いたようだ。
「今のお話、署で詳しく聞かせてもらえますか?」
ようやく重本が口を開いた。
「公開されたくなかったら、言うことを聞けって……もし警察に言おうものなら、逮捕される前に全部ネットに流してやるからと言われて――」
その後の取り調べはスムーズだった。
東出から脅迫されていたこと。会社近くで深夜に落ち合う約束をしたこと。闇バイトに頼んで梅田に罪を着せようとしたこと。ほぼ全てが軽井の予想通りで、もはや抵抗する気力もなくした杉野はあっさりと自供した。
「おい、運良く失言したから良かったものの……あんなハッタリ、もうするなよ!」
二人が取調室を出ると、重本が言った。
「正攻法では、証拠は残ってないと思ったので……ああするしかなかったんですよ」
軽井は平然と答えた。
こうして、杉野は逮捕され、梅田の容疑は晴れた。
だが、闇バイトを頼んだ実行犯は特定できず、仲介サイトの捜査は全国規模になるため今後は警視庁が行うと通達があったが、サイトの管理人には逃げられ、サイト自体いつの間にか消滅していた。
「あ、先輩。コーヒーどうですか?」
軽井が重本のデスクに缶コーヒーを置いた。
「おお、ありがと。珍しく気が利くな」
そう言うとコーヒーの栓を開ける。
「事件は解決したのに、元気ないみたいですね」
軽井がそう言うと、重本は苦笑した。
「何が解決だ!? 捕まえたのは主犯だけで、実行犯やサイトの管理人には逃げられたままだ!」
彼の中では事件は解決していないのだ――そう軽井は気付いた。
「まあ、彼らを捕まえるのは無理だと思いますよ」
「なんだと!?」
「おそらく、いや間違いなく警察組織内に知らせた人間が居るでしょうから」
「警察の人間が裏切ったと言いたいのか!?」
「そうでなければ、あんなにも綺麗に撤退できませんよ」
それを聞くと、重本は深いため息をついた。
「警察がこれじゃ……世も末だ。心なしかお前が真面目な警官に見えるよ」
「その通り、私はいつでも真面目ですよ♪」
「そんな訳あるか!?」
杉野優香の犯行は悪質だが脅迫された末のものとされ、情状酌量の余地ありと見られるだろうと報じていた。
犯人急募! Z世代刑事のお気楽捜査3 異端者 @itansya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます