青春タイブレーク

@kannagi8040

第1話 創設

「盛矢先生、こっちの資料もお願いします」

そういうと先輩の教員が私のデスクに紙の束を置いて、こちらには目もくれず離れていった。

思わずため息がこぼれた。

「今日も残業かぁ」

ここのところ毎日夜遅くまで学校に残って仕事をしている。ついおとといに入学式があり、私は今新入生の情報の引継ぎや資料の作成に追われている。

まだ二年目の若造というのもあり、先輩の教員たちは積極的にこちらに業務を振ってくる。

正直勘弁してほしいものだ。


時刻は一時半ごろ。

新入生はまだ授業が始まっておらず、午前中には下校になる。

私は担任は持っていないため、新入生との顔合わせはまだ先の話。

国語科の教員だが、今年は一年生は三クラス担当だ。

六クラス中の三クラスなので、割と一年生とかかわることも多くなるだろう。

まだまだ新米教員なので、あまり授業に自信はないがそこそこ形にはなっているらしく、去年は意外と生徒たちには人気だった。

授業準備はとりあえず終わっているので、まあ何とかなるだろう。

そんなこんなを考えていると、教頭先生が話しかけてきた。

「盛矢先生、ちょっといいですか?」

「はい、何でしょうか」

…なんかやらかしたか?

あまり教頭から声をかけられることもないため、何か業務でミスでもしたんじゃないかという不安が頭をよぎる。

少しヒヤッとしながら何を言われるかを待つと、予期せぬ言葉が返ってきた。

「先生、この学校の女子野球部のOGでしたよね?」

「え?」

素っ頓狂な声が出た。

何なら怒られるんじゃないかと思っていた中で、まさかの自分の過去についての質問だった。

「まぁ、はい。そうでした」

「野球の経験者なんですよね?」

経験者といわれるとかなり怪しい。

私がかつて生徒として通っていたこの学校、穐梨南高等学校は、そこそこの偏差値を誇る長野県の普通科の公立学校だ。

私が所属していた女子野球部に限らず、部活には基本的に力を入れてはいない。

そしてかつての女子野球部は、存在こそしていたものの部員が足りず公式戦には出場できずに終わったのだ。

そんな状況であったため碌な練習もできず、顧問の先生も初心者だったためもはや野球の形をしたお遊びのような活動しかしていなかった。

野球は高校スタートで、高校ではそんな感じだったため経験者とは正直言えないレベルである。

「一応活動はしていましたが、経験者とは言えないかもしれないです」

「それでも、この高校で女子野球部には所属していたんですね?」

なんだ。今日はやけに押しが強いな。

「そうですね。籍は置いていました」

「それはよかった。実は新入生が一人、女子野球部を立ち上げたいと申し出てきまして。その部活の顧問を探していたんです」

「はい?」

「盛矢先生以外に野球経験のある教員がいらっしゃらなかったもので、困っていたんです。お願いできますか?」

「えぇ、まじかぁ」

女子野球部は、二年前に消滅してしまったらしい。

最後の代は四人。そしてその四人も卒業してしまい、後輩も入ってこなかったので部員がいなくなってしまったのだ。

しかし、この学校は一人でも部活を立ち上げたいという声を上げれば、一人からでも部活を作れるという決まりがあるのだ。


正直断りたい。

今の業務内容だけでもいっぱいいっぱいなのに、その上また一つ顧問という仕事までのしかかってきたら困る。

しかし、新米の私には断る選択肢も、ましてや勇気もない。

「わかりました。私が引き受けます。


次の日、入部届を持った女の子が一人、国語科研究室の私のもとに訪れた。

「貴内(キナイ)成海です!よろしくお願いします!」

この少女、キナイさんがこの部活の創設者らしい。かなり仕事が早い。

入学して二日で部活を作るとは、とんでもない行動力だと思う。

「よろしくね、キウチさん。どうしてここで野球部を作ろうと思ったの?」

至極当然な質問だと思う。

なぜわざわざ女子野球部の消滅したこの高校で野球部なのか、というのが全く分からない。

「この高校が家から近くて学力もそこそこだったので、もともとこの高校を志望していたんです。でも、野球もかなり好きで、同好会みたいな感じでもいいからやってみたいって思ったんです!

「なるほどね。キナイさんは野球経験者なの?」

「いいえ!見るのは好きでしたけど、やったことはありません!」

「えっ?なのに野球部を立ち上げたの?活動とかどうするの?」

まさかの返答だった。

こんなにも野球愛にあふれているこの快活な少女が、まさか野球未経験者だとは。

しかも未経験者一人で部活を立ち上げるって、どういう状況なのか。

「大丈夫です!実は何人かこの学校にも野球の経験者、それもかなりの実力者が入学してきてるんです!だから立ち上げたんです!」

「かなりの実力者?」

いやいや、宛てがあるにしてもその子と一緒に立ち上げるべきでしょ。

その子が入らなかったらどうするつもりだったんだ。

「その子たちは入部してくれる見込みはあるの?」

「何人かは興味を持ってくれてるみたいです。でも試合するには全く人数は足りないですね」

キナイさんは少し残念そうに笑いながら言った。

それはそうだろう。こんな公立校に野球目的で入ってくる人なんていない。

大方野球は中学できっぱりやめる選択をした子が何人か学力目当てに入ってきただけだろう。

むしろなんでこの野球部に興味を持っている人がいるのかもよくわからない。

「でも、もし試合には出れなくても、同好会みたいにキャッチボールするだけの部活ってだけでもいいと思って作っているので、ぜんぜん大丈夫です!」

表情をころころ変えながら、少し短めのポニーテールの少女は話す。

「まぁ、私の頃もそんな感じの部活だったし、ゆるくやっていくのも案外楽しいものだよ。何人か集まってくれるなら、楽しくできるかもね。」

「えっ、先生もこの学校の、しかも女子野球部の生徒さんだったんですか!?」

大きな目をさらに見開いて、こちらに訪ねてきた。

「うん。だから私に顧問のお願いが来たの。私も本気で野球なんてやったことないし、経験者とは言えないんだけどね」

「でも、先生はこの学校で実際に野球やってたんですよね!?」

「ま、まぁそうだね。どこに何があるかとかは、配置とか変わってなければ大体わかるよ」

「よかったぁ!何にもわかんない先生だったら面倒だと思ってましたけど、ちょっと安心しました!」

それはよかった。どっちにしろ、メンバーがいないなら私がやることはほとんどないだろうし、同好会みたいな感じならケガとかもほとんどないだろうし、面倒事も少なく済むだろう。

「とりあえず今日は入部届と創部できたかの確認をしに来ただけなので、これで失礼しますね」

「わかった。それじゃあ今日はこんな感じで。明日何人か入部届出しに来るらしいし、備品の場所とかグラウンドの場所とかの説明はそこでいい?」

「はい、大丈夫です!」

「それじゃあ今日はお疲れ様。また明日ね」

「はい、ありがとうございました!」

そういうと彼女は深々と頭を下げて、私しかいない国語科研究室から出ていった。

「悪い子ではなさそうだったかな」

正直ほっとしている。

これでもしやばそうな子だったら、いくら同好会レベルの規模でも面倒事が増えそうだ。

確かに変わっていそうな子ではあったが、しっかりしていそうだし、トラブルになることもまぁないだろう。

「さて、まだ仕事も残ってるし、どうにかしないとね」

そう自分に言い聞かせ、パソコンに向かっていった。


次の日、私はキナイさんとさんとともに並ぶ四人の新入生と対面した。

どうやらこの子たちが、昨日キナイさんが言っていた入部希望者の子たちかな?

「君たちが入部希望者だね。モリヤです。キナイさんからいろいろ聞いてるとは思うけど、この学校の国語科の教員です。そして、新設された女子野球部の顧問にもなりました。よろしくね」

国語科研究室にはほかの先生たちはおらず、私と少し緊張気味の彼女たちしかいない。

そんな少し気まずい中で、とりあえず私がしゃべっておこうと簡潔に自己紹介した。

やはりキナイさんのように初対面の、しかも年上である私にぐいぐい来れるような子はなかなかいない。

入部希望届を握りしめた4人の少女と、なぜか少し楽しそうなキナイさんを前にして、何を話せばいいのかよくわからなくなっていた。

「一応この学校の野球部OGではあるけど、公式戦とか練習試合とか一回もしたことがないからまあ初心者みたいなもんだね」

少し話して場をつないだ。

この子たちはキナイさん曰く「相当な実力者」らしい。

あまりないとは思うが、変に期待を持たせないようにこういうことはさっさと行っておいたほうがいい。

「それじゃあ、向かって右がをの子から、名前だけでいいから教えてくれるかな?」

まずはいったん彼女たちの緊張をほぐしていこう。

「じゃあ、私からだねぇ。私は獄本(タケモト)馳瑠でーす。中学時代は一応ピッチャーやってたけど、途中でやめちゃったんですよねぇ。てなわけで野球やるのは大体2年ぶりくらいかな?よろしくお願いしまーす」

私から見て一番右の少女は、タケモトさんらしい。

少し緊張しているようにも見えたが、私があまり気を張らなくてもいい人に見えたのだろうか、かなり緩い感じになった。

少し頭を下げながら入部届を差し出してきた。

少し小さいが、角が立った美文字を見て、少しギャップを感じた。

「じゃあ、次は私の番ですね。私は濃中(ノナカ)千穂です。中学時代はサードを本職にしていましたが、一応ファーストと外野もできます」

タケモトさんの隣、少し背の高い大人びた雰囲気の黒髪少女、ハタナカさんが自己紹介をした。

礼儀正しく凛とした佇まいで、かなりのしっかり者のようだ。

先ほどの緩い感じだった、タケモトさんとは真逆の印象を受け少し面食らってしまった。

「次は私だね、還田(カンダ)響です。左利きだけど肩が弱いからピッチャーはやらせてもらったことはないですね。外野一筋です。よろしくお願いします」

タケモトさんくらいの背丈で小柄な少女、カンダさんが出てきた。

少し緊張しているのだろうか、表情が全く変わらない。

別に私に対して嫌悪感を感じいているわけでもなさそうだし、なんともいえないやりずらさを感じてしまう。

まあ、これからゆっくり心を開いてもらえばいいだろう。

「最後は私ですね、嘉永(ヨシナガ)蘭です。左ピッチャーですけど、公式戦ではあまり投げたことはないです。よ、よろしくお願いします」

一番左の少女、ヨシナガさんが、緊張を隠せない様子で話し始めた。

この4人の中では一番真面目で硬そうな性格に見える。

かなりの人見知りなのだろう。

やはり彼女のガチガチ具合を見ると、どうもカドタさんの様子が緊張しているようには見えなかった。

「そして、昨日もお話した貴内です!野球はやったことはないけど、ずっと好きで昔っからずっと見てきました!よろしくおねがいします!」

最後に、きのうも話した天真爛漫の少女、キナイさんが元気いっぱいで挨拶をしてきた。

ほかの子が自己紹介している間も、何が面白いのかずっとにこにこしていた。

「さて、みんなの顔と名前はわかったから、これからグラウンドに行こうか。教頭先生からグラウンドの物置の鍵も借りたし、みんなのことをもうちょっとゆっくり教えてもらいながらいくよ」

とりあえず簡単な自己紹介は終わったので、ここから少し離れた野球グラウンドを紹介して、みんなで少し体を動かしてもらおうと思っている。

5人でぞろぞろと研究室を出て、グラウンドに向かう。


「盛矢先生!この人たち、昨日一緒にバッティングセンターに行ったんですけど、全員凄い選手だったんですよ!」

グラウンドに行く最中にキナイさんが興奮気味にまくし立ててきた。

どうやら、昨日みんなでブランクを埋めるため(なぜ人数が足りなかったのに調整をするのかは不明だが)近くのバッティングセンターに足を運んだようだ。

「ノナカさんはなんか見たことないようなスイングスピードで聞いたことないような打球音で凄い打球を何回も飛ばしていたんですよ!」

「ちょっとキナイさん、恥ずかしいって....」

「カンダさんはバットコントロールがすごくて、半年ぶりだって言ってたのに全く空振りしないんです!全部うまくヒットゾーンに飛ばしていて、天才的だったんです!」

「....さすがにっちょっと恥ずかしいな」

「タケモトさんもヨシナガさんもストラックアウトやってもらったんですけど全然的を外さないんですよ!あんなにビタビタに制球できる人なんて、中学レベルどころか高校生でもなかなかいませんよ!」

「うーん、そんなにハードル上げられると困るなぁ」

「そうですよ!少なくとも私のあれは全部偶然ですよ!」

みんなそれぞれの反応を示しつつ、褒めちぎられることには慣れていなさそうな様子だった。

知り合ったばかりとは思えないほどにみんな打ち解けており、居心地はどうやらよさそうだった。

その中でも、コミュ力お化けのキナイさんが輪の中心になって、会話が展開されていく。

「先生もきっとびっくりすると思いますよ!4人ともなんでこの高校に来たのかわかんないくらいの実力者なので!」

「へえ、それはすごく楽しみだね」

正直なところ、今は仕事のことで頭がいっぱいになっており、割とそれどころではなかった。

この子たちには申し訳ないが、少し活動を見たらあとはみんなに任せて職員室に戻って残った仕事を片付けるつもりだしそもそもこんな小規模の部活にわざわざ入ってくる子たちはそこまで力を入れずにやってきたのでろうと考えていた。

キナイさんの評価も所詮は未経験者の目から見た初心者の評価だ。

私も大して変わらないが、正直あまり期待はしていなかったのだ。

彼女たちの活動する姿を見るまでは....


「えっぐ...」

彼女たちのプレーを一目見ただけで、私は度肝を抜かれてしまった。

キナイさんの言う通り、彼女たちのレベルは相当に高かった。

少なくとも初心者である私は、彼女たちが楽し気にプレーしている姿を見て完全に言葉を失ってしまったのだ。


ノナカさんはキナイさんの言っていて通り、えげつない打球をぶっ飛ばしていた。

彼女の印象に似合わぬほどの豪快すぎるフルスイングで快音を響かせ、打球をどこまでも遠くまで運んでいた。

対照的に、カンダさんは天才的と言っていいほどの匠すぎるバットコントロールで、インコースの難しいボールをきれいに流してレフト線ぎりぎりに落として見せたり、さらにはかなりの俊足でベースランも超一流だった。

タケモトさんとヨシナガさんは二人とも狙ったところにしっかり投げれるコントロールピッチャーでありながら、変化球も一級品。

タケモトさんは伸びのある少しスライダー気味のストレートに切れのあるカットボールにスプリット、ツーシームと動く球、さらには大きく曲がるカーブを自由に投げ分ける三振もとれるし打たせてもとれる本格派投手だ。

ヨシナガさんも抜群のコントロールで、出所の見づらいフォームからストレートにスライダー、カーブ、チェンジアップ、ツーシームを四隅に投げ分ける技巧派だった。

二人ともキャッチャーがいないため、少し離れたところにネットを置いて投球していたのだが、二人とも寸分狂わぬ制球でコースギリギリにボールが投げられ、防球ネットに吸い込まれて行った。

「キナイさんは昨日かなりの実力者って言ってたけど、まさかこんなにすごいとは思ってなかった。初心者の私でもわかるくらいには凄い選手たちだね」

「そうですよね!やっぱりすごい人たちですよね!なんでこの高校に入ってきたのかわからないくらいなんですよ!」

本当にその通り、なぜこんな辺鄙な高校にこんな子たちが集まってきたのか。

多少なりとも高校野球をかじったことがあるからわかる。

この子たちは、普通なら県内の強豪校に声がかかっても不思議じゃない。

にもかかわらず、彼女たちはこの高校に入学してきた。

声がかからなかったのか、それともお誘いを蹴ったのかわからないが、少なくともあまり野球をしっかりやる気がないことはわかる。

なんせ、昨日まではこの部活はなかったのだ。

彼女たちの考えがよくわからない。

ただ、キナイさんに誘われたとはいえ、野球のことが嫌いならこの部活には入らないだろうし、嫌いではないのだろう。


頭の中で彼女たちのことがぐるぐると回っているうちに、彼女たちが休憩に入った。

「みんなすごいですね。私、あんまり中学時代に試合出れてなかったからほかのチームのこととか、中学のチームのこととかわからないんですけどみんな有名人だったんじゃないですか?」

ヨシナガさんがおずおずと話しかけていた。

人見知りらしく、まだ知り合って間もないからなのかまだ少し硬さが残っている。

「いやぁ、私も中2で部活やめちゃったから試合はほとんど出てないんだよねぇ。ピッチング練習は一人でやってたからそこそこできるけど、バッティングのほうはからっきしだよ」

「私は、チーム自体があんまりやる気がない感じの雰囲気だったから全然勝てなかったの。チーム自体が無名だったから中学時代はほとんど試合もしたことがなかったのよね」

「え~、そんなのもったいないね!絶対二人ともいいところに行けたと思うんだけどなぁ」

タケモトさんとノナカさんも、どうやら事情があってあまり試合に出ていなかったらしい。

「私は一応そこら辺の高校に声はかかったけど、あんまりそういう環境で野球やるのも、野球だけやりに学校行くのも嫌だったからさ、うちの近くの学力それなりのここに来た」

「そうだったんだ~!響ちゃんやっぱり声かかってたんだ!ほかのみんなも知られてたら絶対に声かかってたと思うのになぁ」

いつの間にかみんな下の名前で呼び合うようになっていた。

やはりスポーツは人と人の距離を縮めるものだ。

カンダさんはどうやら、どこかの高校から声がかかっていたらしい。

ただ、そのくらいの実力があることは、素人の私から見てもわかることだ。


休憩が明けたと同時に、グラウンドをキナイさんに任せて私は、国語科研究室に戻ってきた。

正直、最初は不安と面倒臭さが心の中を渦巻いていた。

ただでさえ仕事が多く、そんな中で部活の顧問なんてやりきれないもんだと思っていた。

だが、今は少し気持ちの持ち様が違った。

どこかワクワクしている自分がいたのだ。

4人しかいないような、部活とも言えないような選手層で、それでも楽しそうに野球をしていた。

それは、かつての私たちに似ていた。 

大会に出ることも、試合をすることも考えることなくただただ楽しむことだけを考えて活動していたことを思い出したのだ。

確かに私はうまくなかったかもしれないが、それでも楽しく3年間やってきたのだ。

彼女たちの野球を和気藹々と楽しんでる姿が、かつての私たちに重なっていた。

「いつか、試合に出してあげたいんだけどねぇ」

私一人の研究室で、呟いた。

私も、部活を引退した後に一度くらいは非公式でもいいから試合してみたかった、という思いを抱えたこともあったのだ。

せっかく曲がりなりにも「野球部」として活動しているのに、それをだれにも披露せずに終わってしまったことを、私は後悔しているのだ。

彼女たちにもそんな思いはしてほしくない。

それに加え、彼女たちはかなりの実力者である。

公式戦で、彼女たちが他校の選手たち相手に実力を見せている姿が一度でいいから見てみたいと思ってしまった。

ほかの高校との連合チームでも何でもいいから、もし彼女たちが試合をしたいと言ってきたらどうにかしてあげたい。

そんな、私のエゴを頭の中に浮かべながら私にできることを考えてみる。

せっかく関わりを持てたのだ。

ささやかながらお手伝いさせてもらいたいと思った。


今日から、一年生の授業がスタートする。

二、三年生の授業はすでに始まっていたが、一年生は入学早々学力テストがあったり学校の施設や授業、行事についてだったりのオリエンテーションがあったりと何かと大変な時期だったので、今日からその新品な教材の出番となっていた。

「皆さん初めまして。今日からこのクラスの現代文を担当します。盛矢菜々子といいます。皆さん、入学おめでとうございます」

今日は月曜日、一時間目の授業は一年三組の現代文だ。

決まり切ったセリフを、できるだけ感情をこめて言う。

不愛想と思われると教員としても都合が悪くなるし、何か生徒たちが困ったときに教員たちを頼りずらくなってしまう。

特に最初はよい第一印象を持ってもらうためにも感情表現は必要以上にやるくらいがちょうどいい。

「それでは、この現代文の授業の進め方と成績の付け方を説明していく前に、ちょっと私のことを紹介していこうと思います」

まずは私の人となりを知ってもらうのが、生徒たちとの距離を詰めるのに一番だろう。

この高校のOGであること、かつて存在していた野球部に所属していたこと、そして、今年それが復活して、私が顧問になったこと。

まずは、生徒たちに野球部が存在している、ということを認知してもらうことが重要だ。

正直、知ってもらったところで入部してくれる人なんてほとんどいないだろう。

そもそも四人も経験者が入ってきてくれたのが奇跡だったのだ。

これ以上の入部は経験者だろうと未経験者だろうと期待ができない。

人数的にも試合には出れず、出れても他校との連合チーム、そのくせ所属メンバーは全員ハイレベル。

どう考えても入りずらいに決まっている。

よって、この野球部の密かなアピールは無駄になる可能性が大いにある。

だが、私にできることはやってあげたい。

キナイさんも、初心者だろうが経験者だろうが、人数は欲しいと言っていたし、もしかしたら興味を持ってくれる人がいるかもしれない。

ほかの一年生の受け持っているクラスにもさりげなく存在をアピールするつもりだ。

一人でも興味を持ってくれて、部活動見学に来てでもくれれば儲けものくらいのものかもしれない。

それでも、やってみる価値はあるかもしれない。

「今はちょっと人数が足りてないから試合はできないけど、初心者でも今なら即レギュラーになれるよ。興味があったら見学しに来てみてください」

そういうと、教室内で少し笑いが起こった。

...割と真面目に話していたつもりなんだけどな。

どうやら、そんな一年生だけの同好会みたいな部活、だれも入るわけがないだろうというような、嘲笑のような笑いだった。

まあ仕方がない。

そういった反応もあるだろうと、話を授業の進め方についての説明に移していった。


今日の授業が終わった。

私が担当しているのは、二年生が一クラス、一年生が四クラスの計五クラスだ。

今日の授業はすべてが一年生だったので、すべての授業で野球部を宣伝してきた。

だが、手ごたえは残念ながらなかった。

すべてのクラスで似たような反応をされてしまったのだ。

やはり、この学校でこれ以上のメンバー集めは厳しいのかもしれない。

少し大変かもしれないが、よその人数が足りてなさそうな野球部をサーチするしかないのではないか。

それとも、彼女たちは人数が欲しいとは言っているが、試合に出たいとは一言も言っていない。

もしかしたら余計なお世話なのではないか。

彼女たちの本当の想いを聞きださないと、私が真にやるべきことがわからないままだ。

一人で突っ走ってもそれが彼女たちの望むことでなければ、それに意味はない。

今日の部活で、みんなにこれからどうしていきたいかを聞き出さないといけない。


今日も、新品のジャージに着替えた野球部員がグラウンドに集まってきた。

彼女たちは昨日と同じように、学校であったことやこれからの高校生活について、楽しそうに話しながら準備運動をしていた。

別にそんなに入念にやらなくてもいいとは思うが、彼女たちはかなり準備運動に時間をかけていた。

やはり、お遊びのような活動でもこういった準備に気を使うからこそ彼女たちは実力者なのだろう。

キナイさんを中心に楽しそうに談笑している彼女たちの輪に入っていくのは少し気が引けるが、聞かなければならないこともあるので彼女たちに話しかける。

「ごめんね。みんな、ちょっといいかな?」

私が話しかけると、みんなの視点が一斉にこちらに向いた。

「はい!何ですか?」

キナイさんが笑顔のままこちらに訪ねてきた。

「みんなってさ、もし人数が集まらなかったりしたら、ほかの高校と連合チーム組んで試合とか出たりしたい?」

できるだけ単刀直入に聞いた。

聞きたいことをぼかしても意味がないし、はっきりと彼女たちの口からこれからの方針を聞いておきたかったのだ。

知らない人とチームを組む、というのはかなり勇気もいるだろう。

それに、この高校に入ってきた時点でそういったことをしてまで試合に出たいとは思っていないのかもしれない。

「うーん、正直試合はしてみたいですけど、そうまでしてやりたいと思ってないんですよね」

キナイさんから予想通りの返答が返ってきた。

「そりゃあ、足りないのが一人や二人ならよそから借りてくるってのもアリかなぁって思ったんだけどねぇ」

「でも、流石に今のままならちょっといいかなって思います」

タケモトさんとヨシナガさんもどうやら同じ意見らしい。

「それに、他校との合同ってなると集まるのとかも大変ですし」

「そんなばらばらのまま試合するくらいならやらないほうがましだな」

「そっか。じゃあ、基本的には他校と合同でチーム組むとかはしない感じで、みんなで楽しくやっていくって方針だね」

彼女たちの話を聞いて、少し残念に思う自分がいた。

この部活にこれ以上入部者が出るとは考えにくい。

つまり、公式の試合で彼女たちの姿を見ることはほぼなくなってしまった。

だが、彼女たちの意思を尊重しないわけにもいかない。

彼女たちの望まないことは私もできないし、仕方ないことだ。

努めて自分の感情を隠しながら彼女たちに向き直ると、キナイさんが明るく口を開いた。

「でも、私はまだこの部活の拡大を諦めてませんよ!もしかしたらまた何人か入ってきてくれるかもしれないし!」

彼女はどこまでも前向きにそう言った。

まあ、それもそうかもしれない。

ほとんどの生徒たちには鼻で笑われたが、それでも多くの一年生のクラスにこの野球部の存在は知ってもらえた。

今年の春に創部したばかりなので、部活動紹介もされることはなかったし多くの生徒はこの部活の存在すら知らなかったのだ。

多くの生徒の反応にばかり目を奪われていたが、もしかしたらその中にも何人かは興味を持ってくれたかもしれない。

それに、このグラウンドは下校する生徒たちからよく見えるような場所にある。

割と人目に付くような場所での活動なので、そこで興味を持ってくれる人もいるかもしれない。

望みは薄いが、諦めるには早いかもしれない。

現に、下校しようとしている生徒が何人か足を止めて活動を眺めている。

だが、ほとんどが物珍しいものを見るような目線で野球部に興味がある、というよりもこんな少人数で何をしているのか、という観察のような視線が多かったように思う。

「さあ!準備運動も終わったし、キャッチボールでもしようか!」

キナイさんがパンパンと手をたたきながらそう言うと、四人の表情が少し楽しそうなものになった。

やはりこの子たちは心の底から野球が大好きなのだろう。

私のような初心者がこんなことを思うのはおこがましいのかもしれないが、どこかシンパシーを感じてしまった。

なにがあってこの高校の野球部に入ったのかはわからないが、今は楽しくやってもらいたいと思う。

そのためにも、私は私にできることをしていかないと。

何せ、私はこの野球部の顧問なんだから。



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