閑章:在りし日の鬼才
閑章第A話 ギャンブル中毒のヒモ野郎
夢を見ていた。
まだ日常は日常のままで、私は一人の女の子のままで。暖かい布団とこの身には合わないほど大きな家が私を囲んでいる、そんな夢。
あー・・・最悪。またこれか。
夢、という言葉はポジティブに捉えられることが多い。実際、この夢も客観的に見れば幸せで、満たされているいいものであることには違いないだろう。
だが時に、物事は一つの大きさの値では測れないことがあったりする。数学で反比例?だっけな。だいぶ昔に先生が言ってた、勉強は嫌いだったしもうほとんど思い出せないけど。
まあつまり、夢が幸せであればあるほど惨めになる物がある、例えば・・・私。
だって、私には今家がないんだから。
「さて、今日は働くとするかね。もう3日食べてないからそろそろ死んじゃう」
ぼろ布一枚の私をバカにしているような雪の中、惨めな一日は今日も始まりを告げた。
「おっさん、仕事」
「なんだテメェ、久しぶりに顔出したと思ったら都合のいいこと言いやがって。お前が好きそうな高額依頼がぽんぽんあると思うなよ?」
私が家がない時だけ寝泊まりに使ってる比較的暖かい洞穴からすぐの小さな村。
一見普通そうな村に見えるが、村はずれにあるバーでは報酬が高額な代わりに違法な依頼をこなす仕事が斡旋されていた。
どうやら裏の世界にとってはこの何の変哲もない、小さな、そして地味な村は都合がいいらしい。まともに働けない私にとっても都合がいいけど。
「高額じゃないと困るー。カジノで1回どっかんしたら全部なくなっちゃって、また働かないといけないからあーーー」
「クソガキが、家ねえくせにギャンブルなんかしてんじゃねえよボケ」
「今はたまたまないだけだしー。3日前に前の女の子に追い出されちゃったから」
「あーそうかよギャンブル中毒のヒモ野郎。ほらよ、絶滅危惧種オリハル種のドラゴン討伐、報酬は普通なら2ヶ月何もしないでも暮らせるくらいの量だぜ」
おっさんはそう言って私に一枚の紙を渡してきた。書かれていたことはオリハルコンドラゴン一匹討伐、報酬金貨5枚。
5枚か・・・いちどっかん分くらいかな。
「あれ強いから嫌い、それにこの額じゃ割に合わない」
「ガキが・・・文句たれんなら受けんな。これ以上高いのはねえよ」
「じゃあいいよ、適当にかっぱらってくるから。ギャンブルは後ですればいいし」
これ以上高い依頼がないならやるだけ無駄だ。オリハルコンドラゴンとか、前に戦ったけどほんとに強いしもう少しで捕まりそうだったしで散々な目にあったからもう絶対に嫌。そう思って扉に手をかけると、おっさんがさっきより少し低く、重い声色で口を開いた。
「あるぞ、1個だけ。金貨15枚だ」
「え!?ほんとに!?やるやるやるやる、今までのどれよりも高いじゃん!!内容は?どんなモンスター狩り?それとも盗み?」
「殺しだ」
「うん、ドラゴン?それともまさかディアブロシス?」
「違う、人だ」
「・・・・・・へ?」
何を言っているのか、理解できなかった。
盗みに絶滅危惧種の乱獲、違法冒険者の助っ人とか割と何でもやってきた私だったが、人殺しだけはやった事がなかった。
なんというか、そこだけは超えちゃいけない一線って感じだったから。
「お前にはこの貴族令嬢を暗殺してもらう。こいつは近々近くの大都市に来るらし
くてな、依頼が入った」
「貴族の令嬢?護衛とかすごいんじゃないの?」
「ああ、だから今まで俺もこの依頼は断ろうと思ってた。だがそこでお前だ、お前は正直正規冒険者の最高ランクに劣らない実力を持っていると俺は思う」
「まあ、それはそうだと思うよ?私住所ないから冒険者登録できないだけだし。それにあそこは中抜き?が酷いからごめんだね」
それを聞いたおっさんは大笑いを始めた。
この人は確か元冒険者、思うところがあるのだろう。
「はっはっはっはっは、クソガキ、バカのくせに上手いこと言うじゃねえか」
「バカじゃないし」
「ああそうかよ、じゃあ仕事の話に戻るぞ。お前、やる気はあるか?」
「・・・やる。どうせ行くとこもないし人間なんて腐ったやつばっかだ、私は、やれる」
表情を固めて、腕の震えを抑えて、できる限り自然に努める。
正直、怖い。人殺しなんてやったことないしやりたくもないし。だけど人間なんてやっぱり腐ったやつばっかなのはほんとだ、先生が死んだ時だって・・・いや、やめよう。
おっさんはしばらく黙ってから目をつぶり、手元の酒を飲んで話を再開した。
「暗殺期間は1ヶ月。まずお前にはお嬢様の屋敷に潜入してもらう」
「ナンパってこと?私可愛い子なら全然OK」
「ちげぇよ、たしかにお前の女たらしはプロ級だがもっと確実な手を取る。まずサポート役がそこそこ強い上級魔獣くらいのやつをお嬢様にぶつけるから、それを護衛が混乱しているうちに瞬殺しろ」
「まあそれくらいならできるけど、期限1ヶ月って長いね」
「あそこはそれくらい厳重なんだ。だからお嬢様と護衛の信頼を勝ち取る必要がある。そう考えると1ヶ月は短いだろ」
たしかに厳重な貴族の警備の信頼獲得に1ヶ月以内は少しキツイ。私は色んな女の子のおうちを転々とできるくらいの話術はあるからまだ何とかなると思えるけど。
「わかった、早速明日やろう。馬車とか用意出来る?」
「ああ、サポート役の魔獣使いには俺から連絡しておく。じゃあ明日は早いからもう帰って寝ろ。それかお前、家ないなら今日だけ上で寝るか?」
「え、いいの?じゃあお言葉に甘えて~」
そのあとは久しぶりにまともなご飯を食べて、まだ少ししこりが残った心を抱えたまま床に付いた。
わかってたことじゃないか。私みたいな人間はいつかこの道を通らなくちゃいけないって。それが、今日だったってだけ。
そんな仮初の覚悟を胸に、再び幸せな悪夢が私の思考を閉ざした。
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