第17話 ヴィンセンヌ1の天才技術者

あれから一週間が経ち、徴兵の開始と訓練が始まっていた。コマールの住民は急な徴兵令の発令に困惑し、一部から反対の声が上がったがアリシア殿が直接反対派のところに訪問すると全員がしぶしぶ納得した。


旧騎士団の団員を中心に訓練が進むなか私は書類仕事に追われていた。軍務省や参謀本部があるとはいえ、人数が圧倒的に足りなくほぼ名ばかりの状態になっているので手伝わざるを得なかった。ベルニスやエルマにもやらせたかったが、彼女らは軍事学はおろか事務仕事自体したことがない完全な素人なのでどうしようもない。唯一の救いはシャルロッテに学があったということだ。


「あーーーどうしたらいいのー。こんなの無理難題じゃない。5万人もいるのになんで事務仕事できる人がないのよ!」


目の前の紙の山に頭を悩ませていると執務室に誰かがやってきた。辺境伯邸で床を掃除していたあのメイド・・・今は軍服を着ているから軍人か。そして手に紙を持っているということは・・・また仕事が増えるわけだ。


「失礼します、アリシア様・・・じゃなくて元帥閣下?総務局のシャンテルロー・・・軍曹です。現在の各種情報をお持ちしました。まずは徴兵状況がこちらです」


「あーメアリー、決裁が必要な書類を持ってきたわけじゃないのね?助かったわ・・・」


王女殿下ではなく元帥閣下とはどういうことか。それは軍内部にアリシア・ド・ヴィンセンヌはただのお姫様ではなく、最高司令官だと知らしめるために自らに元帥号を与え、元帥呼称を徹底させたのだ。


「ちょっとまっててくれる?今から読むからその間座ってていいよ」


「あ、ありがとうございます」


資料によると徴兵令に応じた人数は約1900人と書かれていた。いきなり最大まで徴兵できるわけでもないのでまあ妥当だろう。これから更に新兵が増えるわけだが、問題がある。それは武器の数だ。先日手に入れたライフル銃の数を数えたところちょうど3000丁あった。これは二個連隊に行き渡らせることができる最低限の数だ。ただし1個連隊の人数が1500人以内である場合に限るが。


「これぐらい集まればギリギリニ個連隊分にはなるわね。けど部隊がもっと増えたら確実に足りなくなるわね。・・・まそれは後で考えるとして、今の訓練状況はどう?」


「既存の兵士はもともとマスケット銃の訓練を受けていたためライフル銃に順応できています。他の装備品も彼らならすぐに慣れそうです。新兵はというと・・・全然ダメそうです」


そりゃそうだ。まだ1週間も経ってないもんな。こんな短期間で兵士を育てられるなら苦労しないよ。


「今の部隊編成を見せてくれる?」


「は、はい。こちらですね」


王立陸軍で今編成されている部隊は元騎士団を中心とした竜騎兵大隊と歩兵連隊、あとは新兵教育用の部隊だ。


「ここから増やせるとしたら5個歩兵大隊分、もう2個連隊は作れそうだけど、開戦までに訓練が終わるかしら。そもそも騎兵と歩兵だけで赤軍に対抗できるのかなあ。一応作戦局はいろいろ考えてはいるんでしょ?けどどれだけ立派な作戦を考えても訓練が終わらなきゃ机上の空論になるだけよ」


「そ、そうなんですか?」


メアリーはそんなことを言われても困るという顔をしていた。今までメイドとして雑用しかしてこなかったのに、いきなり軍事学を語られて理解できないのは当たり前か。


「私は今から行く場所があるからシャルロッテとか他の人にも伝えといてね。じゃあね」


アリシアは部屋をあとにすると階段を駆け下りてあっという間に消えていった。伝令を任されたシャンテルローは一人部屋に取り残され呆然と立ち尽くしていた。


「い、行く場所があるってどこにですかー!」


馬にまたがりロザーヌ湖のそばを駆け抜けていった。私が向かったところ、そこは参謀本部のあるコマールの中心からかなり離れたところにある小さな工房・・・だったはずの場所だ。


「よお来たか。アリシア王女・・・いや元帥閣下だったけか?」


「元帥で合ってるわよ。それでルフェーヴル、ライフル銃の制作状況はどう?」


この男の名はルフェーヴル。コマール一の天才、いや王国内で一番の天才技術者と呼ばれている。既存の機器の改良から蒸気機関など最新技術を利用した様々な機械の新規開発など様々な実績を持っており、武器分野に関しても革命前からマスケット銃を個人で生産ラインを作るなどその天才ぶりを発揮している。


「ああ今ちょうど試作品ができたところだ。工房を案内してやるよ」


ここはもともとは町外れにあった小さな工房で変わり、ルフェーヴルと数人の弟子が働いているだけだったが、アンリおじさんが多額の資金を注ぎ込んだおかげで今や何百人もの労働者と大規模な生産ラインを備えた巨大なと化していた。


「あ、アリシア殿下!?こんなところになんのようで」


彼の弟子たちは私を見るなり立ち上がって緊張していた。


「はいはい、みんな仕事を続けて。それでルフェール、その試作品を見せてくれるかしら」


「ああ。いいぞ。おめえさんが試作品でいいから一週間で作れと頼まれたときは弟子たちに無理だと言われたが、なんとか動くもんを作ってやったぞ。これが俺の力ってもんだ」


今から遡るほど一週間前、私は一丁のライフル銃を担いでこの工場を訪れていた。


「もしもし、エヴァン・ルフェーヴルって人いるかしら。もしもしー聞いてるー?」


工場に隣接した研究所の戸をなんども叩いていると、変わった風貌の男が出てきた。


「ああ、誰だい嬢ちゃん。なんども扉を叩かないでくれよ。ルフェールなら俺だが。職でも求めてきたのか?」


「えーこの格好を見てそんなふうに見えるかしら。はじめましてルフェーヴルさん。私はアリシア・ド・ヴィンセンヌよ」


私の名前を聞くとそんなに信じられないのかこの男は耳を疑うような素振りをしていた。


「おいおいおい、お前さん今ヴィンセンヌって言ったのか。それにアリシアって・・・あの追放されたとかいうアリシア王女様じゃねえか。


「わざわざそんな嘘をつくと思う?それに王族と偽るのは極刑じゃない」


「そうだよな。これはとんだ無礼を。許してくれるか?」


「そんなこと気にしなくていいわよ。私は権力を振りかざすタイプじゃないし。それより今日は作って欲しいものがあって来たんだけど」


肩に担いでいたライフル銃をおろし銃弾と一緒に机の上においた。


「これは銃か?見たことないモデルだな。・・・・・いや待てよこの構造・・・まさかライフル銃か・・・?」


見ただけでわかるとは。さすがはヴィンセンヌ一の天才技術者と言われるだけある。噂通りの実力者だ。


「お見事、正解よ。これは赤軍・・・ああ共産党の軍隊のことよ、そいつらが使ってる最新型のライフル銃よ。向こうはすでにこれを量産化してすべての兵に配備してるそうよ」


ルフェーヴルとその弟子たちも集まってこのライフル銃を興味深く観察していた。すると凸以前なにか工具を持ってきて分解し始めようとしていたが、銃身に工具を当てたところで手を止めた。


「1個だけじゃ研究するにはちょっと足りねえな。分解してしまったらもとに戻せるかわからねえからな。そうだ、もっとサンプルはねえのか?」


「もちろんあるわよ。在庫はまだまだあるから開発に必要なら何個でも提供するわ」


「ならとりあえず10個持ってきてくれ。それくらいありゃ足りるだろ。それで期限は?」


私は無理難題とはわかっているが、競争心を掻き立てるためあえて極端に短い期限を提示した。


「まずは試作品を1週間で。それから1ヶ月以内に完全な量産体制に移行できるようにしてもらえる?目標としては2000丁よ」


1ヶ月で量産化というあまりにも無茶なスケジュールに全員呆れていた。


「は、はあ?い、1週間で試作品、1ヶ月で量産しろだって?しかも2000丁も。あのな、素人にはわからないだろうが、まず新しい武器を完成させるには1週間じゃ到底終わらないし、たとえ量産化までこぎつけたとしてもそもそも今だって1ヶ月で数百個ぐらいしか生産できてないんだぞ。姫様だかなんだからわからねえがこんな要求到底受け入れられん」


素人は何もわかってないとルフェーヴルは憤慨し、私を追い払おうとした。


「そんなのわかってて言ってるわ!けどね私達には時間が残されてないの。今コマールが置かれた状況あんたたちだってわかってるでしょ?これは敵に対抗するためには絶対になくてはならない武器なの。もしできないっていうなら新兵たちが無駄死になるどころかここにいる全員死ぬことになるわよ!」


あまりの迫力に気圧され、彼らは尻込みをした。その後ルフェーヴルたちは考え込んでいた。この要求を飲まなければどうなるのか、それは彼らも十分理解していた。しかしそう簡単にできる「はい」と言える要求でもないので受け入れるべきかしばらく葛藤していたが、最後には要求を飲むことを決めたようだった。


「ああ、わかったよ。やればいいんだろやれば。ヴィンセンヌ一の技術者を舐めるんじゃねえぞ」


「その意気込みなら大丈夫そうね。じゃあまた1週間後来るから期待しているわよ」


そして現在にいたる。


「えっと、それが試作品?」


私の目の前には赤軍のものとそっくりな型をした一丁の銃がおいてあった。ぱっと見てわかる違いといえば銃身の木の色合いか?まあそんなのを気にするやつはどこにもいないと思うが。


「ああ、そうだ。作るのに結構苦労したぞ」


「でも意外と早く作れたじゃない。やっぱりマスケット銃とやっぱり構造が似てるから?」


私の発言に違う違うと否定しながら弟子の一人がやってきて説明を始めた。やはりどの技術者も興奮すると早口で説明するものなのか・・・


「ライフル銃とマスケット銃、確かにこの2つは見た目こそ似ていますが構造が全く違います。中を見てみればわかると思うのですが、まず従来のマスケット銃は内部が特に加工されていない滑らかになっていますよね。ですがライフル銃の内部は螺旋状の溝が刻まれています」


ライフル銃の銃口を覗いてみるとたしかにギザギザになっていた。


「この加工をするにはそれ専用の工具がないといけないのです。それに銃身もマスケット銃と使われている金属も質がぜんぜん違うのです。幸いなのはこちらもライフル銃の研究を行っていて工具と材料だけは揃っていたということです」


渡す前から事前に開発していたのか。道理で早く作れたわけだ。試作品を見ていると、彼は別の銃を持ってきた。それは素人の私にもひと目見てわかるほどかなり粗末な作りをしていた。


「こちらはもう何年も前に作った初期の本当に初期の試作品なんですが、この頃は精度が悪いどころかまともに動きませんでした。でこれはアリシア様が我々に依頼する前に作られた一番新しい試作品です」


「結構立派な銃じゃない。私が要求しなくてももう完成間近だったんじゃないの?」


「ですが何か今ひとつ足りず、完成と言える代物にならなかったのです。ですがアリシア様が持ってきてくれた完成されたライフル銃のおかげで技術的問題はすべて解決することができました」


弟子たちが私に感謝を伝えていると、ルフェーヴルは試作品と銃弾を取って屋外に出ようとした。


「今から実射を見せてやるよ」


それから的に向かって何発か実際に射撃するところを見せてくれた。試作品と赤軍のものを比較してみたが威力から精度まで何一つ遜色がなかった。素晴らしい出来だ。


「これから軍に送って3日間試験してもらうつもりだ。問題なければそのまま量産開始だ。そうだ。おめえさんのおかげで完成までこぎつけられたんだ。だからこの銃の命名権を譲るよ」


「本当に私がつけていいの?」


私はじっくりと名前を考え始めた。動植物の名前、現象の名前、造語など様々な案を書き出してみた。無論私の名前も候補に挙げたが、最後には開発の功績者の名からとることにした。


「やっぱり名前は開発者の名から取るべきよ。だからこの銃はルフェーヴル銃と名付けるわ」


ここに我が国初のライフル銃、ルフェーヴル銃が誕生したのだった。

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