第21話 藩主 村木宗忠


 その日も橋山がネリタへとひとり向かっていると、前方から馬に乗って駆ける男の姿が確認出来た。

 

 あれは…村木様か?


 村木に気が付いた橋山はその場で足を止めた。

 『これは橋山さん!丁度良かった!今からそちちらへ向かう所だったのです。』

 『俺に何か用事ですか?』

 『先日の夜間巡回の件と、野盗討伐の報奨の件ですね。報奨の件なのですが、もしこれからお時間ありましたら、私と共に城の方までご足労願えませんでしょうか?何かお急ぎですか?』


 いや、いきなり城へと言われてもな。


 橋山は思わず自分の身なりを確認してしまう。

 『ああ、問題ありませんよ。藩主より感謝状と報奨金が受け渡されるだけですので、そのままで。』

 すると村木はそう言って笑っていた。

 これから行商だと言いたい所なのだが、荷車も何も持っていないこの状況ではそんな言い訳など通用しない。橋山は何とか言い訳を付けて逃げようかと試みていたのだが、笑顔の村木によって城へと連行されて行ったのであった。


 『ここが藩主様の。』

 『ええ、城とは名ばかりでこの様な佇まいですからそう気を張らなくて結構ですよ。所詮うちは十万石以下の大名ですからね。』

 そう言われて到着したのは、城では無く。武家屋敷と言った方が正しい様な藩主邸であった。


 まあ片田舎の藩主と言ったらこのくらいなものか。てっきりデカい城を想像していたから肩透かしを食らっちまったよ。


 橋山は村木と共に屋敷の中へと入っていった。するとそこは見事な庭のある日本家屋であり、まさに時代劇や昔中学校の頃に見学へ行った武家屋敷その物であった。

 『先日の野盗討伐の件で、橋山殿をお連れした。父上を呼んで貰えるか?』

 『はい、只今。』

 邸宅の入り口へと入り村木がそう声を掛けると、中にいた女中さんと思われる着物姿の女性がそそくさと奥へと向かって行った。

 『しばしお待ち下さい。すぐに来るかと思いますので。』

 『はい。しかし素晴らしいお宅ですね。いや圧倒されるな。』

 『そうですか?私は橋山さんの作ったろぐはうすの方が圧倒されましたけどね?』

 そうして二人で会話をし待っていると。


 『待たせたな。』

 そう言って奥から出て来られたのは、見事な丁髷姿で、質の良い上品な着流しを着たお侍であった。

 『父上、こちらが先日お話致しました、橋山優希殿でございます。』

 『あ、橋山優希と申します。きちんとした礼儀を弁えておりませんもので。失礼がありましたら大変申し訳ございません。』

 橋山はいきなり現れた藩主に対してどう礼儀を尽くした物かわからず、取り敢えずその場で深く一礼をして挨拶を述べたのである。


 まずいな、こう言う場合はもしかして土下座で迎えないといけない感じか?


 橋山がそう冷や汗をかいていると。

 『ああ、構わないからそのままで結構。息子から話は聞いている。大切な息子の命を野盗から守って頂き、本当にありがとうございました。』

 村木の父はそう言うと、橋山に対して頭を下げて来たのである。

 『あ!藩主様!いけません!その様な振る舞いは良くありませんよ!私はただの一般市民ですからね!?どうか頭を上げて下さい!』

 橋山が慌ててそう言うも、藩主は深く頭を下げ感謝の気持ちを伝えて来たのである。

 『橋山さん。父も私も本当に感謝をしているのですよ。どうかその気持ちは受け取って行って下さい。父上、例の物は。』

 『これ宗吉、軒先で感謝の印を渡す物があるか。橋山殿、どうぞ上がって下さい。おい、茶を宜しくな。』

 『はい!畏まりました。』

 藩主はそう言うと作務衣姿の橋山を奥へと招き入れたのであった。


 屋内へと案内されると、美しい枯山水の庭に面して長い廊下が続いており、その光景に橋山は息を漏らし感動していた。

 そして応接間の様な一室へと通されると、女中さんがお茶を人数分用意してくれたのである。


 『改めまして、タゴノ藩藩主、村木宗忠と申します。その節は息子の命を救って頂き、誠にありがとうございました。』

 『私からも改めて、ありがとうございました。』

 すると、親子揃って橋山へと頭を下げ感謝を述べて来たのである。

 『はい!わかりました!もう充分お気持ちは受け取っておりますのでどうか!頭は上げて下さいませ。心臓に悪いです!勘弁して下さい!』

 橋山が焦ってそう言うと、二人ともくすりと笑いながら頭を上げてくれたのだった。

 どうやら橋山の反応を若干楽しんでいた様である。

 

 『それではこちらが藩よりの感謝状と、野盗討伐における報奨金となります。橋山さんどうかお受け取りを。』

 すると村木がそう言って仰々しくお膳に乗せた書状と、どうみても小判が包まれていそうな包みを出して来たのである。

 『ちょっと待って下さい。報奨金があるとは聞いてはおりましたけれど、これはいくらですか?』

 『金二十両になりますね。』

 『二十両!?』

 『橋山さん。これは私達親子からの感謝の印でもあるんだよ。どうか遠慮無く納めてくれ。息子の命を救ってくれた礼だ。』

 藩主はそう言うと、たじろぐ橋山へと書状と報奨金を差し出して来たのだ。


 これは流石に多い気はするが…藩主様の面子もあるだろうしな…まあこの金は何か世の為になりそうな事にでも使わせて貰うとしますか。


 『それでは、遠慮なく受けさせて頂きます。』

 橋山はそう言うと素直に受け取ったのであった。すると親子はようやく安堵した様に笑い合っていたのである。



 『まあ色々と息子から話は聞いていたが、橋山さんのその魔力には驚かされたがな。』

 『父上はお分かりになるのですか?』


 おいおい…このおっさんまさか魔力を感じ取れるのか?

 

 橋山は藩主から鋭い眼光を向けられ背中に冷たい汗を流してしまう。


 『これでも一応武を志している者だからな。橋山さんの魔力の異質さは一目見たら直ぐに分かる。もしやと思うが橋山さん。炎熱の牛鬼の行方に心当たりは…。』

 『はい?父上?何を仰っているのです?』

 藩主からそう言われた橋山は、明後日の方向を見ながらお茶を啜っていた。

 すると藩主は心得たとばかりに頷いていたのであった。息子の方は何を言っているのか分かっては居ない様であったが。橋山はその反応を見て、この藩主には全部勘づかれていると諦めたのだった。


 『それでは橋山さん。ツバキの方の巡回はお任せした。』

 『はい。畏まりました。謹んでお受け致します。』

 帰り際橋山がそう返すと、藩主は満足気に頷いていたのである。もう橋山に任せておけばそっちは何も問題無いだろうと言う空気が滲み出ていたのは言うまでもない。

 『我々も常に警戒はして行きますが、いつ何処で鬼が現れるとも知れませんので、ご協力!宜しくお願いします!』

 村木はそう言うと改めて橋山へと頭を下げていたのであった。



 『ああ、疲れたな。本当に疲れた。』

 藩主邸を後にした橋山は、そう言いながらネリタへと歩いて行く。

 『しかし、とうとうバレちまったな…まあ、あの藩主様なら滅多な事にはならねぇとは思うが。お菊さんにちゃんと説明しておかねぇとなぁ。はぁ…。』

 橋山はお菊へと何と説明をしたものかと頭を悩ませながら、行商へと向かったのであった。



 ◇◇◇◇



 『藩主様にバレたんですか…。』

 『無理だよ!魔力を感じ取られちまったんだからな?どうにも誤魔化し様もありゃしねぇよ!』

 家に帰りお菊へと藩主邸であった事を洗いざらい説明をすると、大きなため息を吐かれてしまった。

 『まあ村木様に直接会っちまっては誤魔化しは効かないだろうな。あの方は数々の武勲を納めておられるお方だからな。橋山さんの異質さには直ぐに気が付いた事だろうよ。』

 どうやらお菊の父が言うには、あの藩主は相当な強者の様である。とてもでは無いが目の前では誤魔化しは効かないだろうとお菊の父は笑っていた。

 『でもこれと言って特に何か言及はしなかったんですよね?藩主様は。』

 『ああ、取り敢えずこの辺りの巡回は任せたって言われただけだな。要は俺に回らせておけば安心だとは思っていそうだがな?』

 『そいつは違いねぇや。笑』

 『親父さん。笑い事じゃねぇぜ?』

 橋山がそう言うもお菊の父は楽しげに酒を煽っていた。


 『まあでもそうなると、もし仮に藩主様でもどうにもならない様な事態が起きたなら。橋山さんに声が掛かるかも知れませんよね?』

 『ああ、それはあるかも知れねぇな。牛鬼を単独で倒せる程の戦力をその時頼らねぇとは思えないからな。まあそん時は橋山さんが頼まれる前に動いているとは思うがな。』

 『うん。私もそう思う。』

 お菊と長五郎はそう言うと橋山を見て笑っていたのであった。橋山もそれには何も言い返す言葉は持ち合わせていなかった。



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る