悪者は未だに
戸部 梨
某日
こんな願いを持ち始めたのは、いつ頃だっただろうか。何か決定的な出来事があった訳でも無く、いつの間にか芽吹いた感情だった。
あまりにぼんやりしたその感情を誰かに言い出せることはなく、ただ抱き育てるだけだった。
◇
蝉がうるさい中2の夏。締め切られた教室は冷房が効いていて心地よかった。漏れ出した眩しい日差しをカーテンで遮って、2人の前に座った。
親友の彼女と、私が密かに思いを寄せる彼。
彼女はなかなか課題が終わらずに、この放課後まで机に向かっている。彼は病気がちであまり学校に来ておらず、やり残した課題がしばしば。
「この続き何書けばいいの…?」
「それ作文だし、私に聞かれてもわからないよ」
「帰りたい」
「じゃあ 早くやろ?」
彼女と帰りたいし、彼と話したいし、という贅沢な願いで私はその2人を励ます係を勝手に担っている。
「…なんかさぁ、最近上手くいかないんだよね」
「…ふーん」
彼女の話が広がらないように冷たくあしらってみるが、空気が少し重くなったのを感じずにはいられなかった。そして彼女は言う。
「ねぇ、何か楽に死ぬ方法ってある?」
要するに、死にたいということか。明るい彼女にも自殺願望があったなんて…と思ったが、そういえば家族と上手くいってない話を度々聞いていた事を思い出す。
私はあまりこの手の話題は好きでは無いから、もう続けないで欲しいのだけど……
「あれは?寝てる間に二酸化炭素で充満した部屋で死ぬやつ。」
彼の返事は所謂「練炭自殺」という物だろう。睡眠薬を使えば安楽死のように死ねる夢のような代物。
「苦しくなさそう」
「うん。でも多分用意が大変なんだよね」
「あ、そうなんだ…」
私は彼女達の話を上辺の笑顔で聞くしかできない。今の彼女はあまりにも不安定だからこそ、やめてもらうことも出来ない。
「…あ、そういえば、俺飛び降りたことあるわ」
「「…えっ」」
さすがの爆弾発言に反応が遅れる。飛び降り?
「まじで?」
「まじ。2階からだったんだけどね、死ねなくて。首痛いだけだった」
「えぇ……」
ここに居るということは失敗したのは明らかなのだが、まさか自殺未遂者がこんな身近に居るとは思わなかった。
否、それよりも彼が自殺するほど追い込まれていたということに驚きを隠せない。
何故そんな事をしたのかなんて聞けるわけもなかった。
練炭という、首吊りや飛び降りよりもマイナーなこの方法を知っているのは自殺願望があったからか。
「……誰か、殺してくれないかなあ」
「そんな人なかなかいないでしょ…」
『私も死にたいな』とか、『一緒に死のうよ』とか。
そう言えたらどれだけいいだろう。自分の弱さを見せる強さを私は持っていないから、そんな事を口にはできない。
「私まで暗い話をすると、明るい話に切り替える人が居なくなってしまう」「この瞬間だけは私だけでも明るくしないといけない」…そんな言い訳を作りながら、私は口を開いた。
「…皆大変なんだね。私は死ぬのが怖いから死にたいと思う瞬間無いなぁ。ほら、はやく課題やろ?終わらないよ」
忘れてた、というように2人がペンを動かし始める。
死にたくないとか、2人にとっては幸せ自慢みたいに聞こえただろうか?弱さを見せてくれた2人を傷つけてはいないだろうか?そんな不安を感じながら、私はぎこちなく笑う。
◇
帰宅し、最初に向かうのは自室。少し散らかっているけど、私が1人になれる大好きな居場所。
ベッドに飛び込んで考えるのは、やはり自殺のこと。
彼女の周りで何があったのだろう。彼は何に苦しんでいたのだろう。
結局聞き出せずに解散。私が胸に抱く感情も、誰にも明かせぬままだった。
グルグルと考える。なんで、私は死にたいのだろう。
本当に死にたいのだろうか。死んだ後、私はどうなるだろう。
考えはまとまらない。生きたくないのかもしれない。何かから逃げ出したいのかもしれない。この可笑しな想いを持つのは私だけなのだろうか。
そうしてスマホに問いかけるのは結局、苦しまずに楽に死ねる方法。
死んだ後、母は泣くだろうな。父も泣くだろう。妹だって泣くだろう。祖父母も、親戚も、友人も親友も好きな人も、悲しんでくれるだろう。
では何故死にたいのだろう。
◇
「……あぁ」
あれからしばらく考え続けていたら、一つだけ気がついた。
『私は、自分が思っている以上に私が嫌いだ。』
それが理由だとすると、私は本当に誰にも死にたいと言えなくなる。「自分が嫌いなので死にたいです」なんて、「そんな事言わないで」「あなたのいい所は沢山あるよ」と言われるに決まっている。
ため息をひとつ着いて、枕に顔を埋める。
そして最低なことを考えた。
「いっそ、誰かが悪者になってくれたらいいのに。」
性犯罪やいじめに巻き込まれたら、私の希死念慮は正当な物になるだろうか。
無理やり犯される痛みや不快感を体験すれば、死を許してもらえるだろうか。
心に目に見えるほどの深い傷を負えば、死に共感してもらえるだろうか。
◇
私は死にたい。
あなたのように、死にたいと口にできるのが羨ましい。
死にたいと口にできる程の理由が欲しい。
理由が無くても死にたいと叫びたい。
今でも、私は何かを恐れている。
悪者は未だに 戸部 梨 @Tobenashi
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