「大好き」と言った陽キャ幼馴染は俺のネガティブ思考をやすやすと破壊してくる
@flameflame
第1話
金曜日の放課後。教室には、掃除当番でもないのにダラダラと残っている奴らが数人、そして、俺こと健一と、幼馴染の美咲がいた。週末を前にした教室の空気は、どこか浮ついていて、俺みたいな根暗には居心地が悪い。早く家に帰って、誰とも顔を合わせずに済む自室に籠城したい気分だ。
そんな俺の視界の端で、美咲はクラスの女子たちと楽しそうに話していた。キラキラと輝いていて、俺の目には眩しすぎる。全く、美咲はどこへ行っても太陽の中心だ。俺は、その周りを回る、取るに足らない惑星の隅っこにいる小石みたいなものだ。
(ほら、見ろ。美咲はああやって、誰とでも仲良くできるんだ。俺なんかと違って。俺と一緒にいる時だって、きっと気を遣ってるだけなんだろう。本当は、ああやって、明るい奴らと馬鹿話してる方が楽しいに決まってる)
卑屈な考えが、鎌首をもたげる。俺の十八番だ。そうでも思わないと、美咲が俺なんかに構う理由が分からない。美咲は学校一の美少女で、俺は学校一の陰キャだ。釣り合うわけがない。
と、美咲が女子たちの輪から離れて、俺の方に歩いてきた。心臓がドクンと跳ねる。なんだ? 何か用か? また俺をからかうつもりか?
美咲は俺の隣の席に椅子を引き寄せ、ドカッと座った。そして、キラキラした目で俺を見る。
「ねえ、健一」
「……なんだよ」
俺の声は、相変わらず地面を這うような低さだ。情けないったらありゃしない。
「週末さ、何か予定ある?」
週末? なぜそんなことを聞く? どうせ、「この後、〇〇と遊ぶんだー」とか、俺には関係ない、むしろ俺を蚊帳の外に置く話を始める前触れだ。あるいは、「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」とか、面倒事を押し付けられるパターンか。
「……別に、何もねえけど」
予定なんかあるわけないだろう。あるのは、部屋の隅で埃をかぶっているゲームと、読みかけの漫画だけだ。
「そっかー! よかった!」
美咲は心底嬉しそうな顔をした。
「……なんで、よかったんだよ」
なぜ俺の予定がないと美咲が喜ぶんだ? 怪しい。何か裏がある。
「だってね」
美咲は身を乗り出す。
「週末、健一と一緒に遊びに行きたいなって思ってたんだ!」
……は?
今、なんて言った? 俺と、遊びに? 週末に? この美咲が、俺なんかのために、自分の貴重な週末を使おうとしている?
俺の頭の中は完全にフリーズした。理解不能だ。美咲の言っていることの意味が分からない。
「……は?」
間抜けな声しか出ない。
美咲は俺の固まった顔を見て、ふふっと笑った。
「だからさ、明日、どこか行こうよ!」
明日? 急に? しかも、美咲から誘うなんて。
(これは罠だ。間違いなく罠だ。俺をどこかに連れ出して、そこで何か恥ずかしい目に合わせるつもりだ。あるいは、俺を撒くための口実か? 誰かと会う前に、俺と少しだけ時間を潰しておこう、とか?)
ネガティブな思考が洪水のように押し寄せる。美咲が俺を遊びに誘うなんて、そんな都合のいい話があるわけがない。
「……なんで、急に、俺なんかを誘うんだよ」
俺は恐る恐る尋ねた。美咲が俺を誘う理由が分からない。理由が分からないということは、そこに何か悪意が隠されているに違いない。
「なんでって……」
美咲は少し考える素振りを見せた。
「だって、健一と一緒に遊びたかったんだもん!」
あっけらかんとした答えだ。それが逆に怖い。何かを隠している時の、とびきりの笑顔とあっけらかんとした態度なのかもしれない。
「……どうせ、他の奴に断られたんだろ。それで、仕方なく、俺に声をかけたんだろ」
俺はわざと卑屈なことを言ってみる。どうせそうなんだ。美咲の人気者ぶりを考えれば、遊びに誘う相手なんていくらでもいるはずだ。俺なんかは、その候補から漏れた後の、最後の選択肢に過ぎないんだ。
美咲は目を丸くした。
「え? 違うよ?」
「……嘘つけ。お前が、俺なんかと、遊びに行きたいなんて、そんなことあるわけないだろ」
俺は自分自身に言い聞かせるように言った。期待してはいけない。期待すれば、裏切られるだけだ。
「そんなことあるもん!」
美咲は強く言い切った。
「だって、私、健一のこと、大好きだもん!」
……は?
今、なんて言った? 大好き? 俺のこと? この美咲が、俺のこと?
俺の頭の中は再び、そして今度は盛大にフリーズした。美咲の言葉が、俺の持つ全ての情報と矛盾している。大好き? 俺を? こんな俺を?
美咲は俺の固まった顔を見て、ぷっと噴き出した。
「あはは! 健一、顔真っ赤だよ?」
顔が? 熱い。きっと今、俺の顔は真っ赤になっているんだろう。美咲に指摘されるなんて、恥ずかしいにも程がある。
「……うるさい」
俺は顔を背けた。
「そんなに驚かなくてもいいのにー」
美咲は笑いながら言う。驚かなくてもいい? いやいや、驚くに決まってるだろうが! お前みたいな学校一の美少女が、俺みたいな陰キャに大好きだなんて言ったら、誰だって驚くだろうが!
「……驚いてなんかない」
俺は精一杯平静を装う。
「もーう! 健一ったら素直じゃないんだから!」
美咲はさらに笑う。素直? これのどこが素直じゃないんだ。お前の言葉が、俺の理解の範疇を超えているだけだろうが。
「だって、私が健一のこと大好きなんて、知らなかった?」
美咲は首を傾げて、不思議そうに尋ねた。
……は?
今、なんて言った? 知らなかった? 俺が? 美咲が俺のこと大好きだなんて、知ってるわけないだろうが! そんな事実があるわけないだろうが!
俺は再びフリーズした。美咲の言葉の全てが、俺のネガティブ回路では処理できない。美咲は、自分が俺を好きなことを、俺が知っている、とでも思っていたのだろうか? なぜ? どうして?
「……知るわけ、ないだろ」
俺は絞り出すような声で言った。
「えー! そっかー、知らなかったかー」
美咲は少し残念そうな顔をした。そして、すぐにまたいつもの笑顔に戻った。
「まあ、いっか! 今知ったでしょ?」
……知った、のか? 本当に? 美咲が俺のこと大好き、という事実を? いや、まだ信じられない。これは、美咲の高度なからかいだ。そうだ。そうに違いない。
「だからさ、明日、一緒にお出かけね!」
美咲は俺の混乱にお構いなしに、話を先に進める。
「……お、お出かけって、どこにだよ」
「うーん、秘密!」
また秘密だ! 怪しい! 絶対に何かある! この子、本当に天然なのか? それとも、俺の反応を見て楽しんでいるのか?
「……どうせ、俺が行きたくないような場所なんだろ。お前が行きたいだけで、俺を無理やり連れていこうとしてるんだろ」
俺は疑いを向ける。美咲の「秘密」は、いつも俺にとって不都合なことばかりだ。
「違うよ! 健一が絶対楽しい場所だよ!」
美咲は力強く断言する。
「……ホントかよ」
「ホントだよ!」
美咲の真っ直ぐな目を見ても、嘘をついているようには見えない。でも、美咲のことだから、本気で「健一はこれが楽しいはずだ」と思い込んでいるだけで、実際は全く楽しくない、という可能性も十分にあり得る。
「……まあ、いいけど」
俺は観念した。どうせ断っても、美咲は食い下がってくるだろう。そして、美咲にあのキラキラした目で見つめられると、どうにも強く断れないんだ。
「やったー! じゃあ、また明日ね!」
美咲は満足したように立ち上がった。
「……おう」
俺は力なく返事をする。
美咲は出口に向かって歩き出した。その背中を見ながら、俺は考える。美咲は本当に俺と遊びに行きたいんだろうか? 大好きなんて言葉を簡単に口にするなんて、どういうつもりだ? からかってるのか? それとも、友達としての「大好き」なのか? 俺が美咲に好かれている、なんて、そんな都合のいい話があるわけない。これは、美咲の高度なからかいだ。そうだ。そうに違いない。
「あ、健一」
美咲がドアの前で立ち止まり、振り返った。
「明日、楽しみにしててね!」
美咲はそう言って、またあの太陽みたいな笑顔を俺に向けた。
「……おう」
俺はまたもや、それしか言えない。
美咲が教室を出ていき、俺は一人になった。静かになった教室で、俺は頭を抱える。
美咲が俺を遊びに誘った。そして、大好きだなんて言った。一体どういうつもりだ? 俺をからかってるのか? それとも、本当に……いや、そんなはずはない。俺みたいな陰キャを、美咲が好きになるわけがない。きっと、美咲にとっての「大好き」は、俺が考えている「大好き」とは意味が違うんだ。友達としての「大好き」とか、そういう意味だ。そう思わないと、期待して、勝手に裏切られて、勝手に傷つくことになる。分かっているんだ。
でも、明日、美咲と二人で遊びに行くのか。行き先は秘密らしいが、どこに連れていかれるんだろう。遊園地? それとも、お化け屋敷か? あるいは、美咲の家の地下室か? 何にせよ、何か仕掛けがあるに違いない。
全く、美咲には敵わない。俺のネガティブな深読みなんて、美咲のあの笑顔と、たった一言の「大好き」の前では、呆気なく崩れ去ってしまう。そして、その後の天然な言動で、さらに俺を混乱させるんだ。
明日が来るのが、少しだけ、怖いような、でも……
ほんの、ほんの少しだけだけど……楽しみのような気がした。
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