第8話 ソフィエ・ファン・ライデン
私の名はソフィエ・ファン・ライデン。ライデン辺境伯の一人娘よ。上には兄がいるわ。
オラニエ王の元に生まれた嫡男と同い年だったために、私は生まれたときから、将来の王妃候補として見られていたわ。そして実際に王の嫡男と私が6歳になった時、婚約を結ぶことになった。もちろん当時はよく分かっていなかったけどね。
でもそんな幼いながらに分かったことがあるわ。
それからの私の生活が一変したの。
それまではお父様、お母様、お兄様、同年代の子供たちとそれまで遊んでいた時間が、勉強、お稽古ごと、習い事に変わったわ。
その年の春から通っていた領都の初等部の学校ではやらないような政治学、経済学、王国史、外国語、行儀作法、ダンスなど、新しく学ばなければならないことが増え、遊ぶ時間はほとんどなくなっていった。
そして私が12歳になったとき、婚約相手である王の嫡男が立太子されて王太子となった。それは同時に私が未来の王太子妃となることが決まった瞬間でもあるわ。この頃になるともうその状況が分かっていたので、よりよき国母になるためにより一層熱心に学んだわ。もうずっとこの生活が続いていたから自らが犠牲になっている……とまでの感覚は無かったけど、王太子の婚約者じゃなかったら、もう少し自由だったのかなとは少し思ったこともあったかしら。
12歳になった翌春、私は王都にあがり王立オラニエ学園の中等部に入学したわ。
ここの中等部は基本的に貴族の子女だけなの。しかも下級貴族は少ないわね。もちろん王太子も入学していたわ。
そこで私は未来の王太子妃として、恥ずかしい成績は残せないと王太子妃教育とは別に学校の授業も懸命に学んだわ。お陰で最初から最後までほぼ首席という成績を修めることができたのはよかったのだけれど……。
中等部の生徒は、基本的に皆高等部に内部進学するの。王立オラニエ学園の高等部はその内部進学者に加えて、各地方の中等部の成績優秀者が編入される形ね。この編入者は貴族に限らず、下級貴族を含む平民も対象よ。平民を含む優秀な人材を国の根幹をなす貴族と早めに交流させようという仕組みね。ここで編入する平民は卒業後は、そのまま国家に官僚として仕えたり、各地の貴族に引き抜かれたりするわ。貴族にとっても、平民でも優秀な人材は欲しいからね。だから貴族が一方的に平民を疎んじる、虐げるという図にはあまりならないわ。そういう貴族は優秀な人材から敬遠されてしまうから。
中等部では大きな事件は何もなかったわ。王太子がいて、私がいて、私たち二人は婚約者でもあるのでたまに交流しながら、そして他の貴族とも交流を深めながら、普通に中等部での生活を送ったわ。
そして15歳からは外部からの編入生を受け入れる高等部の学園生活が始まった。そしてこの時、私の人生に大きく関わる二人の人物が入学してきたわ。
一人目は私の第一騎士となって編入してきたディルク。地元の初等部では一緒に学んだ仲だったけど、その後私は王都の王立学園に進学したのに対して、彼は軍人として3年間戦場を走りまわっていたみたいね。そこで十分な実戦経験を積んだと判断され、同い年ということもあり、第一騎士としてお父様が私にくれたのよね。
これは嬉しかったわ。初等部でもよく遊んだ親しい仲だったし、しかも初等部時代から既に優秀だった。しかも第一騎士ということは私の直属の部下なのよ。私の周りのほとんどの侍女もそうだけど、基本的にはお父様から派遣されていて、私の命令には従ってくれるけど、それでも最終的にはお父様の命令が絶対。
それに対して第一騎士は、私個人の部下。お給料はお父様から出ているかもしれないけど、それでも私の命令が絶対。そこはお父様の命令であっても私の命令が優先されるわ。
なんか最高のおもちゃをプレゼントされたみたい。当時の私はそんな風に思っていたわ。
そして二人目はクラーラ・ド・ナーゲレ男爵令嬢。
高等部になってからしばらくして、婚約者である王太子と仲が良い女性がいるという噂を聞いたわ。そしてそれが親し過ぎるとも。でも王太子、ひいては王となる人に配偶者たる女性が1人なんて話はありえない。辺境伯である父には母しか妻がいないけど、うちくらいの家格で妻が一人なんて極度に珍しい部類ね。父と母の関係はステキだし憧れるけど、一方でライデン辺境伯の血筋は、現在兄と私の二人のみ。もし兄が斃れるようなことがあれば、たちまちお家の存続の危機になるという状況なのも否めないわ。それが王家ともなれば、国の一大事になってしまう。だから王になる血筋の方が、複数人の女性を娶るのを否定するつもりはないわ。
だから、クラーラ嬢のことはそんなに気に掛けていなかった。気に入ったのなら、側妃か妾の一人にでもするのだろうと。そこで目くじらを立てるのも、正妃としてみっともないというのもあったわ。
でもこの様子見が、今となっては間違いだったと分かる。
クラーラ嬢は側妃や妾では満足できず、王太子妃――正妃の座を狙っていたのだから。
彼女は分かりやすく男性に媚びを売るタイプだった。あからさまに女を武器にして王太子に近づいた。その振る舞いは特に同性の敵を多く作ったわ。王太子に対して下級貴族という身分と併せて余計に。
でも彼女はそれを逆手にとって、かわいそうでか弱い女を王太子の前で演じたわ。
そして彼女はそれらの悪意を全て私の差し金という形にして、私を王太子妃の椅子から蹴落とそうとした。気付いた時にはもうその流れを止めることはできなかった。クラーラ嬢を攻撃する女性たちは別に私に忖度したわけではなく、純粋にクラーラ嬢が嫌いで攻撃しているので、私が止めても止まるものではなかった。一方でクラーラ嬢はそれらの攻撃を全て私の差し金として王太子に告げ口をするために、ある種歓迎している節があったので抵抗しなかった。すると女性たちのクラーラ嬢への個人攻撃は、誰にも咎められることもないため、益々エスカレートしていく……それを押し付けられた私にとっては負の連鎖となっていった。
それでも弁明の機会もないままに、いきなり婚約破棄されるとは思ってもいなかった。
さてディルクだけど、12歳までの初等部時代はいかにもやんちゃな男の子って感じだったけど、15歳になって高等部編入で再会したときは見違えたわね。一気に背も伸びてカッコよくなっていたし、もう男の子じゃなくて立派な青年だったわ。戦場の空気がそうさせたのかしらね。
高等部時代はいろいろわがままを言って困らせたわね。でもディルクは無茶なお願いを嫌な顔一つせず……あら、そんなこともなかったわね。あまりの私のわがままには、閉口してたわ。でも最終的には我慢して従ってくれていたわね。
ディルクだって戦場に3年間いてロクに勉強する暇なんてなかったでしょうに、最後までAクラスにくらいついていたのはすごいと思うわ。
戦場では鮮やかな青い鎧を身にまとい、縦横無尽に駆け回って一騎当千の活躍をしたと聞いたわ。それでついた異名が、”ライデンの青い死神”だって。異名がつくってよっぽどよね。当時はまだ12~15歳だったはずなのにすごいと思うわ。
しかもこの異名の元となった青い鎧は、お父様が当時から私の騎士にすることを考えていたのでしょうね。私の髪色を意識して青い鎧を下賜したそうよ。で、他の騎士に聞いたんだけど、ディルクがその鎧を拝領したときにお父様に言った言葉が
「それではこの青い鎧自体がソフィエお嬢様も同様。お嬢様の名に泥を塗るようなことがないよう、一層精進いたします」
だって。言動もカッコいいわよね。その時のことをディルクに聞いたんだけど、恥ずかしがって教えてくれないのよね。侍女たちはそのディルクの外見とクールさとが相まって、いつもキャーキャー言ってるわ。
私?確かにとてもステキで、正直私には過ぎたる騎士だと思うわ。私の第一騎士も大出世だとは思うけど、お父様の下にいたらもっと出世したと思うし。お父様だってあれだけ優秀な騎士は手元においておきたかったと思うけど、王妃として味方の少ない王宮に住まうことになる私にくれたのでしょうね。お父様の深い愛情を感じたわ。
ちなみにどれだけ彼が優秀でカッコよくても、男性としてどうこう思うことはないわ。私には王太子という婚約者がいるのだし。侍女たちがいくら『あそこまでのお嬢様への献身的な態度はディルク様がお嬢様に恋しているのでは?』などとキャーキャー騒ごうと、彼はあくまでも部下よ。
そう思っていたのだけどね。あの婚約破棄の事件がおきるまでは。
卒業式でのできごとは青天の霹靂だった。それまで王太子殿下のことは、少し軽いところはあるけど嫌いではなかった。卒業後、正式に王太子妃として迎え入れられたあとに、ゆっくりと縁を育んでいけばよいと思っていた。
あの一瞬で、あの誓紙を破いた一瞬で、私の12年間の努力が無になった。私は全てを否定された。一瞬何が起きたか分からなかったわ。婚約破棄を通告されたあとも王太子が何かを言っていたけど、ロクに耳に入ってこなかった。崩れ落ちそうになるのを堪えるのが精一杯だった。ディルクの肩に掴まる形で。
ディルクがいてくれて本当に良かった。当時はそんなことを思う余裕なんて全くなかったけど、今は本当にそう思う。ディルクがいなかったら、私は大勢の前で無様な恰好を晒していたでしょうね。
それまでディルクがいくらカッコよくても、どれだけ私に尽くしてくれていても、男性としてどうこう思う事は欠片もなかったのに、あの瞬間から私の胸に何かが芽生えつつあるのを私は否定できないわ。
まぁ王太子からは既に婚約破棄されているのだし、私がそれ以外の特定の男性を想うことがあったとしても、それは別に構わないわよね?
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