第9話 帰郷
王都郊外で襲撃のあった翌日は、ライデン辺境伯領にソフィエお嬢様が帰る日だった。昨日の襲撃を考慮し帰郷を延期する案も出たが、結局そのままの出発となった。私はもちろんお嬢様の第一騎士として随行する。
目の前ではライデン辺境伯がソフィエお嬢様を抱きしめて、一時の別れをくどいくらいに惜しんでいる。それをソフィエお嬢様が苦笑しながらも、突き放さずに受け入れているあたりに家族愛を感じてしまう。あ、業を煮やしたアメリア夫人に辺境伯が引っぺがされた。
全ての準備が整いさぁ出発となったところで、この一行の部隊長がライデン辺境伯に対して敬礼をした。私もそれに倣い敬礼する。
「そなたたち、ソフィエのことをくれぐれも頼んだぞ。」
辺境伯のお言葉に部隊長が「はっ」と短く返答し敬礼すると、部下に訓示を行った。そして荷物等の最終点検を行わせている。その間に私は馬車にお嬢様をエスコートして、私も同乗する。
「出発!」という部隊長の号令の元に、馬車がそろそろと動き出し、一行はライデン辺境伯邸を出立していく。
馬車から窓の外を眺めるお嬢様。
「6年間か。短かったような、長かったような。楽しかったけど……」
私はお嬢様が言いかけて止めた言葉がなんとなくわかり、王太子への怒りを改めて強くした。
その頃にはもう二階の執務室にいた辺境伯は、窓の外の屋敷からちょうど出ていこうとする馬車列を見守っていた。
「あなた。まだ早いかもしれないけど、ソフィーの今後のことはどうするの?」
執務室には珍しく夫人であるアメリアがいた。それを聞いた辺境伯の表情は途端に苦々しいものになる。
「今後ソフィエの名誉が回復できたとしても、辺境伯の娘としての正当な結婚は相当難しいだろうな。一度傷ついた評判は無かったことにはならぬ。」
「そんな……ソフィーは幼い頃から、厳しい王妃教育に文句ひとついわずに努力してきたのに、なぜあの
「くっ、王家め!」
ダンッ!と机を叩く辺境伯の顔は、怒りに歪んでいた。
「どちらにしろ今のソフィエに新たな結婚の話は酷であろう。年齢を考えれば、次の婚約を急がねばならないのも事実ではあるが……。」
王都アントオラニエを出立したソフィエお嬢様一行は、少し遠回りになるがオラニエ王国第二の都市ブリューゼル、ライデン辺境伯領の城塞都市ナムールを経由して、ライデン辺境伯都リュージュへと向かう予定だ。直行ルートもあるにはあるが、まず途中に大きな町がなく休息が取りづらい。その上道中は湿地帯や森林地帯が多いので、賊などに襲撃される可能性が高くなるためそちらは避けた。
随行員は50人。うち護衛は30人ほどだ。通常時より少し多いかもしれないが、先日襲撃があったばかりだ。それを考えるとむしろもう少し多くても良かったかもしれない。
王都アントオラニエは国際貿易港で、オラニエ中の交易品が集まりここから輸出される。一方で輸入品も数多く集まる。領都リュージュは内陸部にある南部の地方都市であるため、辺境伯はこの機会にとアントオラニエでしか手に入らない南国産のスパイスや舶来の装飾品を多く購入させ、持ち帰るように指示している。
王都アントオラニエからブリューゼルは馬車で2日ほどの距離で、主要交易路であるため危険は皆無であり予定通りに到着した。ここでもこの地方のブランドル産の高級毛織物や工芸品を大量に購入した。積み荷が賊の目を引くかもしれないが、護衛が揃っている今回を逃すのはもったいないというものだ。
ブリューゼルから次の辺境伯領ナムールまでは約4日の旅程だ。
盗賊や先日のような襲撃があるとすればここだろうな。
ブリューゼルの周辺は開けた土地で見通しもよく、大都市ブリューゼルから1日の距離で襲われることはないだろう。逆にナムールから1日の距離にはナムールから迎えを寄越してもらう予定なので、こちらも恐らく大丈夫だろう。
だからブリューゼルとナムールのちょうど真ん中の旅程であるこの2日間が一番危うい。しかもおあつらえ向きに二日目からは森が近くなるため木や茂みが多くなり始め、三日目は完全に森林地帯に入る。
そしてブリューゼルこそ王家の直轄地だが、その周辺の土地は王太子の母の生家である西の公爵家の領土であった。
ブリューゼルを出ると、開けた平原が次第に木々の茂る丘陵に変わり、遠くに森の影が見えた。
盗賊が出るか、もしくは王太子の息がかかった者が襲撃してくるか。
盗賊程度であればライデンの正規兵が30人もいるので問題ない。しかし西の公爵家の正規兵…はさすがにないと思いたいが、それに近い者がしゃしゃり出てくると面倒な事になる。ここらはあちらの領土だ。それこそ我らと桁が違うの数の兵が現れてもおかしくはない。
ただし西の公爵家といえど、さすがに表立ってはライデン辺境伯と事を構えたくは無いだろうし、そこまではできないだろうとは思っている。
我らがライデン領はもう目の前だが、そこまではまだ2日の距離がある。今回の旅程の肝はここだ。部隊長も兵士たちにそれを口を酸っぱくして説明している。
何もなければよいが……だがブリューゼルから此の方、視線をいくつも感じている。
そうはいかなさそうだな。
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