炎蒸と過冷却W密室事件part.3 あの夏へ

 勝俣自身はまだうつむいている。絶対何かについて悩んでいるかのように。

 だからと言って、簡単に触れて良いものなのか全く分からない。


「あのさ……あのさ……。聞いていいのか?」


 その思考を浮かべているところを、秋風さんが見透かしていた。


「どうしたの? 礼太郎くんに聞きたいこと、あるの?」

「えっ?」

「……見えるでしょ? 悩んでいることが……」


 どう考えても、そうだ。

 彼が逃げようとしている風には見えなかった。それよりも、だ。彼は何かに向き合いたい、という気持ちが伝わってくる。

 だから最初に推理レシピを作った理由を「誰かに人任せにしたい」ということだけは違うと断言できた。

 他の人に、僕に、推理をさせて解決させて。危険なところは自分じゃない誰かがやればいい。そんな風に思っている人間ではないと分かる。逆に彼は危険なことを自分からやっているように思える。

 以前、スンドゥブの事件でわざわざ辛いメニューを食べたことも。コンビニで働いている女子に声を掛けたり。自分で思い付いてもやりたくないことがあれば、それこそ命令して、安楽椅子探偵になってふんぞり返っていればいい。

 彼は違った。勝俣は、礼太郎は、自身の体を使って考えるところまでは行けたのだ。


「……それ以上ができなかった。誰かに何かを伝えていくのが怖いのか。真相を告げるのか……」


 菜月さんは今の発言をそのまま受け取ったようだ。


「そりゃあ、今の滅茶苦茶なあれは困るでしょ。どう伝えればっていうのは皆が悩んでいることよ。まぁ、簡単にぶっちゃけちゃって、夢を冷まさせてあげるのもありかもしれないけどね」


 ただ、僕はそれだけではないことを知っている。そのことに考え付いた時に「ねぇ」「ねぇ」「何考えてんの?」と菜月さんの声が聞こえてくるものの、スルーしてしまった。

 そして静かに礼太郎に近づいていく。


「礼太郎、伝えることが怖いんだよな? その推理、いや、今までの推理もそうだろ? 今までの推理も言葉として伝えられなかったんだよな……」


 礼太郎は黙っている。何かにずっと恐れたまま。

 だから続けていく。


「……スンドゥブの時も、菜月さんのカップラーメンの時も……その推理が判断が、間違っているかもしれない。いや、合っていたとしても伝え方が分からない……そう思ってるんじゃないのか?」


 その時、秋風さんが真剣な表情で礼太郎の隣に立った。


「そうだよね。そう思えるよね。やっぱり、分かっちゃうよね。怖いんだよね。その先が合っているか、それを伝えて……」


 最中大声での反論が来た。


「ち、違う……俺は単に面倒なだけなんだ……! ほら、色々ふざけて怠けるってのが俺のポリシーだろ? 知ってるだろ? ただ推理もみんな任せにして!」


 違うことを知っている。だから僕は自分自身の言の刃を振りかざす。

 

「それこそ、違うよ。だって君はいただろ。カップラーメンの時も近くで聞いてたんでしょ? この前も見てたよね? 何か起きたら……いつでも僕や秋風さんを助けられるようにして。そうじゃないかな?」


 秋風さんも僕の言葉に続くように叫んでいく。

 それも僕達が関わらないといけないことを。


「まだ、あの夏を引きずってるんだね。あの夏のことをっ!」


 あの夏。その言葉が響いた時、彼が頭を上げた。


「あの夏……!」


 そこに思い当たりがあるような顔をしたのが、菜月さんだった。


「……あれ、もしかして、あの。一年前の、だよね? あの事件ってこと?」

「あの事件……?」


 僕は触れたかった。少しでも礼太郎のことを知りたかった。

 仲間となるために。辛い想いをさせてしまうのであれば。知っている仲間からでも良い。


「秋風さんか、菜月さん。聞かせてほしい……何があったの? 何が礼太郎を変えたんだ?」


 話していいのか分からないのか、秋風さんはチラッと礼太郎に目を向けた。

 しかしながら、菜月さんは揺らぎのない言葉で真っ先に口にする。


「あたし達が中等部から一緒にいるのは知ってる?」

「直接は聞いてなかったけど。違うクラスなのにこうやって団結してるってのを見て、それとなくは思ってたかな?」

「そうなのね。で、一年前。勝俣礼太郎は校内でも名探偵って呼ばれるカウンセラーだったんだよ。カウンセラーと名探偵を両立して、いろんな人を救うってことをやってたの。今よりももっともっとおおっぴろにして。確か『探偵部』なんてふざけた名前でやってたかしら?」

「……探偵部……か」


 すぐに呼応したのが、秋風さんだ。


「部員は私と礼太郎の二人位だったんだけどね。まぁ、幼馴染のよしみで秘書みたいに働いてたの。そんな時、事件が起こったんだ。それはもう暑い日に……」


 そこから彼女達の話が始まるかと思っていたのだが。


「やめてくれっ!」


 その声が聞こえた。大きな声で、礼太郎が遮ったのだ。


「やめてくれ……」


 二人の少女は彼の後ろに立ち、心配していた。秋風さんは「ごめん」とまで。ただ僕に真相を知られることや思い出すことを怖がっていた訳ではないようで。

 僕からしたら、驚きの言葉が待っていた。


「レイン……何回か、お前に推理を託してしまった……俺自身に責任があると思うだからちゃんと、俺のことを。そして、この学園喫茶のことを。今、ちゃんと話しておくべきだと思う。一緒にいるなら、猶更な」

「無理じゃない……?」

「ああ……大丈夫だ。思い出すのは嫌だが……それでもちゃんとレインを仲間として迎えたいんだ! さっきは変なプライドが出て、誤魔化しちまった……でも、今は改めて聞いてほしいと思ってる。だからお願いだ。聞いてくれ」


 もちろん、そのつもりだ。向き合うべきだと思う。

 仲間として、なんて綺麗ごとだけではない。興味もある。「探偵部」がどのような経緯を辿って、ここに来たのか。

 そしてそれを知ることで、更に学園喫茶を良いものにできるとも考えている。

 なんたって、これから僕達が青春する場所だ。後悔のあるものになんてしたくない。そんな僕のエゴもあるけれども。そのエゴは礼太郎自身の悔やむことのない楽しい時間も入っている。


「話す結末で僕が礼太郎を見る目は変わらないと思う。ちゃんと、聞くよ」

「……ありがとな」


 話は、あの夏へ移行する。彼の話し方はまるで夢の中へ誘い込むかのよう。

 気付けば、僕は礼太郎の脳裏へ入り込むような錯覚に陥っていた。

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