第30話 武器を選べ
そこに行くように指示されたのは僕だけだった。巍々蛾さんに言われた通り、洋館中央にある室内階段を上がり、一番奥の部屋へと向かう。
ギシギシと歓迎してくれる廊下。時間を吸ってあめ色になった木材。殺人事件の十件や二十件を見てきたような真っ赤な絨毯を抜けていくと、その部屋に着いた。
札もなにもない、ただの一室。ここが面茶室なのか、それとも違うのか。判断できるような情報がなにひとつない木製の扉を前に少し怖気づく。
だが、ここで待っていても誰か声をかけてくれるわけでもない。間違ったら謝ればいいのだ。
意を決してノックしようとして――
ポンと触れただけで、内側にドアが開いてしまった。
キィ、と。
滑りよく、蝶番がまっすぐになるまで開いて、止まった。
どうやら最初から開いていたらしい。それに、ドアノブがあるものの、ラッチの部分が取り除かれている。これじゃどうやっても閉まるわけがなかった。
「……あ」
ドアの隙間から見えるその部屋は、近代的に整備されていた
ボロボロの廊下や外装とは対照的だ。部屋の向こうと外で一世紀ほど時間が飛んでしまったような感覚さえしてくる。
モニターが見えやすいように少し照明が落とされた室内。動線は確保されているものの、それ以外はコードで埋め尽くされてる。配線の行きつく先は壁を埋め尽くすパソコンとモニターだ。部屋中にあるそれらは全て電源がついており、モニターは全部違った画面が映し出されている。一人じゃ到底見切れないはずなのに、どれも使用中のようだった。
パソコンの熱望暴走を抑えるために、効きすぎて寒いくらいの室温で――人影が振り返ったのが見えた。
部屋の一番奥、椅子にすっぽり収まってしまうような、小柄な体型をしていた。短く雑に切られた髪。大きな眼鏡に、そばかすだらけの顔。大きすぎる白衣を、毛布のように身体に巻きつけている。
「それ」
「……え?」
「ドア、閉めてくれんかね。せっかくの冷気が逃げてしまうねん」
「……あ」
すいませんと言いつつドアを閉めると、ますます冷気が濃くなった気がした。カーディガンを羽織っている僕は大丈夫だったが、普通の人なら風邪を引いてしまいそうな室温だった。
「あんたが団長の話してた子ねん」
「え? ああ、はい、たぶんそうだと思います」
初めましてと挨拶すると、その人は椅子からぴょんと飛び降り、部屋の真ん中まで歩いてきた。
真ん中にある、ベッドにもなりそうなほどの大きなテーブルの向こうに立って、
「あいの名前は
その人は名乗った。
「一応ここの研究職しとん。専門は武器開発」
「武器……」
「いつまでもそんなとこに突っ立ってないで、こっち
「…………」
「ん? 違うんかい?」
「いえ」首を振る。「あっています」
異世界で戦うための武器を選べ。
それが、僕に課せられた使命だった。
そのために面茶室に行けと。
巍々蛾さんに言われて来たのだ。
「まあ、一口に武器といってもいろいろあんねん。どれがいい?」
手のひらを上にして、両腕広げる。
テーブルにそれらを見せつける様に――いや、実際見せつけているのだろう、それを僕に披露した。
テーブルに山積みにされた、様々な武器。
西洋東洋問わず。ゲームで見たことあるものから名前の知らないものまで、多種多様な道具が、ひとつのオブジェのように積み重なっている。
あまりにいろんなものが重なりすぎて、砂を集めて行う”山崩し”のようだった。
「どれがいいって……言われても」
これじゃ、なにがあるのだかよく見えない。
見えるのは、山の表面だけだ。当然だが、内部になにがあるのかはまったくわからない。それに、見えているものも、柄だけだったり、山の中から刃物の先端だけが突き出ていたりと、全貌が見えているものは無いに等しい。
普通、これだけの武器が寄せあつまっているのだから、ひとつくらいはほかの武器に絡まることなくすぐ手に取れそうなものだが――。
簡単に取れそうな武器は、ひとつも見当たらなかった。
「どれも、あいの自慢の一品ねん。差はないんよ」
数亞が早く選べと暗に促すが、そう簡単に選べるものでもない。
当然だが、僕は武器なんてもった経験なんてないのだ。ゲームや漫画では見たことあるが、実際に自分で使えるかなんてわからない。
使ったことがあるので武器になりそうなのは、野球で使うバットぐらいだろうか。 だが、当然、人に向けて振ったことはなく、片手で振った経験しかない。武器になるかは怪しいところだ。
「早くしい、あいだって暇じゃないのねん」
パンパンと数亞が机をたたく。
それほど強い振動ではないはずなのに、そのわずかな振動で、武器の山が揺れた。
――崩れる。
僕は咄嗟に、目の前にあった柄を握った。
理由なんて、あってもその程度だった。
ほかには……唯一名前を知っているであろう武器だったから、ぐらいだ。
「それなのねん」
数亞が言って、僕は『それ』を引き抜いた。
するすると、山の中から『それ』が姿を現していく。音も無ければ抵抗もなく、複雑に絡み合っているはずの武器が避けて道を作るかのように、徐々にその姿が見えてくる。
完全に抜ききったそれは、日本刀だった。
それも、長刀。
鞘に入っていない、抜身の刃が、出てきた。
刃は潰れていないようなのに、ほかの武器を全く傷つけず引き抜いたそれを掲げると、数亞はにやりと笑った。
「
「え?」
「この場合の『ようとう』は呪われてるとかの意味じゃないん。『幼』い『刀』と書く。本来、刀はなんでも斬れなきゃいけん。状況にかかわらず、腕にとらわれず、対象を問わず、意思を考慮せず、一回振り下ろせばその先にあるものを二つにしなければいけん」
だが、この刀は幼い。数亞が机を回り込み、僕の隣に来る。
「不完全で半人前のその刀は、持ち手の斬りたいと思ったものしか斬れん。刀としては大成功で大失敗。ま、あんたにぴったりとあいは思うんよ」
「ちょ……ちょっと待ってください」
刀を机に置いて、数亞に向き合う。
「たまたま手に取っただけで、これに決めるなんて」
「それで十分。じっくり己に合う武器なんて選んでいたら、一生が終わってしまうんよ」
部屋に入って机の前に立って目についた柄を握った。
「それが運命で無くてなんというん」
「…………」
「みんな、そうして愛用の武器は決めてるん。例外は、あの流離ぐらいよ」
流離さんの武器。
それはおそらく、あの左腕だ。
――魔女の左腕。
あれは、異世界から盗って――取ってきたのだと言っていた。
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