第29話 入団試験と行こうじゃないか
巍々蛾さんは黙り、それから、木刀の切っ先を僕に向けた。
喉元のあたりに、それをつきつける。
木刀のはずなのに、触れても握っても擦っても絶対に斬れないとわかっているはずなのに。
それに触れれば、そのまま触れた箇所がなくなってしまいそうな気がした。
「我の団に入るということは、我の支配下に置かれるということだ」
さらに木刀が、僕の喉元に寄る。
「その我が、死ねと命令したら、手前はどうする」
「あなたを殺します」
反射で言って。
ほう、と初めて、彼が人間らしく、うなり声をあげた。
「抵抗して、反乱して、背反して、逆心して、反逆して、あなたを殺す方法を模索します」
「その理由は」
死にたくないから。
そう答えようと思ったはずなのに。
「気に入らないから」
口からでた答えは違った。
けれど、訂正はしなかった。
死にたくないから、も、もちろん本心だったが。
それ以上に。
気に入らないは、真意だった。
巍々蛾さんが表情なく木刀を動かし。
僕の喉に触れた。
そのまま押される。
押し込まれる。
喉を潰される。
削り取られる。
へし折られる。
斬り落とされる。
そう思ったから――逆に体を前に出して、喉で木刀を押し返した。
「巍々蛾さん――勘違いしないでください」
喉が潰されているはずなのに。
「僕はまだ、死ぬわけにはいかないんだ」
言葉は止まらなかった。
「僕はやらなきゃいけないことがある。助けなきゃいけない人がいる。会わなきゃいけない人がいる。確かめなきゃいけないことがある。僕がここに入るのだって、生きるためだ。僕が生きるために、やるべきことをやるために、あんたを、ここを利用するんだ」
――死ぬためじゃない。
そんな、そんな馬鹿げたことをするために、僕はこの車に乗ったんじゃない。
「『死ね』と言われたから死ぬなんて、冗談じゃない」
言い切った。
言ってから、急に苦しくなってむせた。
思い切り咳き込んで、顔をあげるともう木刀は下されていた。
「愉快な答えをきかせてもらった」
巍々蛾さんはそういって
「意思はきいた。あとは、役に立つことを示してもらう」
トン、と木刀で床を打つ。
すると、それが合図だったかのように、
ずっと走っていると思っていたのに、いつの間にか止まっていたらしい。
ドアの向こうには壮年のドライバーの姿が見えて、軽く頭をさげているその人に促され、先に巍々蛾さんが下りる。
「あなたも」
巍々蛾さんが下りたあと、まだ車内に残るに僕にドライバーが告げる。慌てて車から下りると、そこはどこかのオフィス街だった。
僕がおりたことを確認したあと、ドライバーは陸無塵のドアを閉め、巍々蛾さんのあとを追っていく。
二人が向かう先にあったのは、どこかの会社のオフィスビルだった。何階建てか数えるのも馬鹿馬鹿しくなるような果てしない高層建てのビル。
……ここが、『リセット失敗成功被害者団』の……本部がある場所なのかな。
そう呆けていると、「ほら、ウチらも行くよ」と、僕に向かって流離さんが話しかける。いつの間にか、腕には包帯が巻かれていた。
「面通し通ったんだ。んくく、気に入られたんだね」
「そう……なんですかね。なんか、啖呵きっただけのような気がしますけど」
後を追いつつ、車内のできごとを話す。
下りるまでのいきさつを話し終えると、「いいね、それ。気に入った」と僕の肩を叩く。
「あの団長の問いにそのまま『死ぬ』って答えてたら、そのまま首をへし折られてたかもね」
「……はあ」
やはりというか、そんな気がしていたのであまり驚かない。
「流離さんのときも……同じような感じだったんですか?」
「んー? ウチは違うね。ウチの場合は面通しじゃなくて、そのままやり合ったからさ」
包帯のしっかりまかれた、見るだけなら人の腕に見える左腕を上げ、うっとりと見つめる。
「やり合ったって」
「そのままの意味だよ。『死ねと言われたらそのまま死ぬか』のくだりまで一緒。そのあとが違う。そこでウチは『意味わからん』ってキレたの。あんなにキレたのは初めてだったね。そんで、この腕で団長を殺そうとした。まあ、見てわかるとおり団長は殺せなかったし、ウチも死ななかったけどさ。最終的には、島一つ地図上から消し去るくらい暴れたんじゃないかな」
それが嘘でも誇張でもないことぐらい、今の僕でもわかる。この腕ならそれくらいできてしまうだろう。
そして。
巍々蛾さんは、それに匹敵するほどの人、ということなのだろう。
「で、暴れたことで実力が買われたウチが、ここにスカウトされたってわけ」
「スカウト……」
「んくく、キミはどうなんだろうね」
そうだ。
さっき巍々蛾さんが言っていた通り、僕は意思を伝えただけだ。
役に立つことを示してもらう。
その言葉通り、まだ、認められたわけじゃないのだ。
目線を前に向け、巍々蛾さんとドライバーを視界に入れる。彼らは、迷うことなく目の前のオフィスビルに入っていき、自動扉を潜った途端。
「―――え」
スッと。
空気に溶ける様に、その姿が消えた。
見えなくなったのでない。
自動扉の向こうに足を踏み入れた瞬間。
姿が、無くなったのだ。
「ウチの場合は実力までそこで試されたんだけど、キミは違う」
だから。
そういって、流離さんは僕の腕を引いて自動扉をくぐり――。
その向こうは、オフィスビルの内部ではなかった。
どこかの洋館のような、広い大広間。かつては絢爛豪華だったであろう装飾品はすべてなく、建物だけがかろうじて残っているような、あちこち痛みが見えるその場所で。
「キミの実力は、今から試される」
先にいた巍々蛾さんが僕たちを待っていた。
「ようこそ、我が『リセット失敗成功被害者団』アジト、
トントン、と木刀で床を叩く。痛み切った床は、それだけで崩れてしまいそうだった。
「それではさっそく、入団試験と行こうじゃないか」
入団試験。
先ほど、流離さんが言った『実力を試す』の意味がわかったような気がした。
そして、役に立つことを示してもらうと言った言葉も。
「……僕は、なにをしたらいいんでしょうか」
巍々蛾さんが端的に言った。
「異世界転生だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます