第41話 磁力粉砕

 磁力を操る女――励磁 美穂れいじ みほの目が、鋭く光を放った。


 標的は、仲間の一人――士郎の身体を後ろから拘束し、首を締め上げている真司だった。


「いくわよ……!」


 低く呟いた瞬間、美穂は士郎の脇腹に拳を突き出した。


――ゴォォンッ!!


 引力と打撃の合力。磁力によって加速された美穂の右拳は、通常の物理法則を無視するかのように鋭く、重く、真っ直ぐに突き抜けた。


 拳は拘束されていた男の脇腹を貫き、そのまま――背後にいた真司の脇へと迫っていた。


「――くっ!」


 真司は咄嗟に拘束していた男の身体を離れ、身をよじって回避を試みた。


 だが、完全には避けられなかった。


――バキッ!!


 美穂の拳は真司の左足の付け根を捉え、骨ごと粉砕した。


「ぐ……あああッ!」


 真司の口から悲鳴が漏れた。膝が砕け、彼の体が地面に崩れ落ちた。


 痛み。激痛。視界が赤く染まりかけながらも――


「――接合」


 彼は、苦しげにそう呟いた。


 その能力 : 接合せつごうにより、砕かれた左足の断面と胴体が、細く光る糸のようなものでつながれ、瞬く間に再び一本の足となる。


 血が止まり、骨が組み直され、肉が繋がり、再生した左足がわずかに震えた。


「ふぅ……」


 真司はなんとか立ち上がり、ふらつきながらもにやりと笑った。


「……マジかよ」


 士郎が思わず呟いた。


 そう呟きながらも、彼もまた、胸のあたりに開いていた大きな穴が、ゆっくりと塞がれていくのを感じていた。

 皮膚は閉じ、血は止まり、痛みだけがそこに残った。


 ただ、服は破けたままだった。


 真司はそれを見て、小さく呟いた。


「……お互い様だろ」


「不死身っていってもさ、毎回すごい激痛なんだよ?」


 士郎は両手を広げ、やれやれと苦笑混じりのポーズをとった。



 だが、士郎の口ぶりや態度とは裏腹に、士郎たちの胸中には静かな焦りが広がっていた。


(くそ……事前に準備したコンボは、もう全部使っちまった……)


(あいつ……なんでまだ動けるんだ……?)


 一方、真司もまた、表情に似つかわしくない思いが胸をよぎっていた。


(……こっちだって、激痛走ってんだよ……)


(それに……もう能力を使う体力が――残ってねぇ……)


 互いに立ち上がりながら、互いの余裕を探り合った。


 その場に立つ全員が、限界に片足を突っ込んでいた。


 砕けた足の痛みを誤魔化すように、真司は息を整えながら、言葉を紡ぎ始めた。


「……この“同じ顔にする”能力……変えられるのは顔だけだな」


 真司の声は少し掠れていたが、しっかりと四人に届いた。


「同じ黒の戦闘服を着ているとはいえ……身長、体型、歩き方……そこら辺が全然違ってる。もう、士郎さん、美穂さん、蓮――その三人は見分けがつくぜ」


 場が、静かにざわめいた。


 真司はさらに言葉を続けた。


「……さしずめ、残った一人の能力が“この顔を変える能力”ってところだろ。そうだろ?」


 そう言って、彼は最後の一人――風間 秀一かざま しゅういちの方を見た。


 秀一は肩をすくめ、ため息交じりに笑った。


「……ご名答。ここまで見抜かれてるなら、もう意味ないね。僕も体力的にバテちゃったし、解除しようか」


 言葉とともに、四人の顔がゆらりと歪み、本来のそれへと戻っていく。


 ――士郎の鋭い目、美穂の意志あるまなざし、蓮の静かな瞳、そして秀一の飄々とした笑顔。


 仮面のような“士郎の顔”が剥がれ落ちると、美穂は肩を回して一言こぼした。


「はぁ、せいせいした。この顔、正直きつかったのよ」


 士郎は舌打ちし、軽く睨みながら言い返した。


「……長年連れ添ったパートナー研究員に言う言葉かね、それ」


 皮肉とも冗談ともつかないその言葉に、美穂は小さく笑ってそっぽを向いた。


 そのやり取りを、真司はぼんやりと眺めていた。


 だが、そのときだった。


 背後から、柔らかく、けれど真っすぐな声がかけられた。


「真司……」


 蓮だった。


 真司はその名を聞いた瞬間、条件反射のように振り返った。


 そこには、かつての親友――蓮の顔があった。


 その顔は、ただの友人だったときのように優しかった。けれどもう、何かを恐れるような曇りはなかった。


 すべてを知り、受け入れ、そして、前を見据えた瞳――


「ああ、もう、蓮は覚悟を決めているんだ……」


 胸に、静かな痛みが走った。


 蓮はもう、俺を超えていく。俺から巣立って、離れて――


 そして、今日、俺は――蓮に殺されるのかもしれない。


 そう思った瞬間、真司の心の奥底に、小さな悲しみが溢れ出した。


 それは、自分を殺しに来るという事実よりも――

 かつての親友との最後の別れが、こんな形になることへの哀しさだった。

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