第五部

第40話 瞬間移動

 蓮の放つ万有引力のバリア殻は、空気ごと空間を押し潰すように圧を増していった。

 重力が凝縮されたかのような、眼に見えぬドーム。

 その中を、蓮、美穂、秀一、士郎――4人の"士郎の顔をした者たち"が真司めがけて突進した。


「うぉぉぉおおおお!!」


 蓮の咆哮が響いた。

 その叫びとともに、周囲の重力場がさらに歪んだ。

 地面が悲鳴を上げ、すでに崩壊している建物の壁がさらに軋みを立てた。


 真司もまた、蓮と同じ万有引力の殻を纏っていた。

 だがそれは、模倣ものまねの能力によるもの。

 本物の引力ではない。

 それは、表面こそ同じように見えても、中身の核の密度が違った。


「……っ!」


 殻と殻がぶつかり合い、空間が爆ぜた。

 しかし、蓮の本物の引力が、徐々に真司の模倣を押し潰し始めた。


「くそっ……!」


 真司の身体が、重圧に耐えきれず、ゆっくりと蓮の方へ引き寄せられていった。


(やはり、本物の“力”には敵わない……!)


 真司は即座に次の手を考えた。

 瞬間移動ワープで300メートル先へ――

 だが彼は思いとどまった。


(無理だ……このエリアは、俺が更地にしてしまってる。遮蔽物も隠れる場所もない。それに、300メートル先に逃げても、蓮の引力の範囲からは出られない)


 逃げ場がない。

 選べる選択肢は、ただ一つ。


(殻の中に突っ込んで、あの“偽士郎たち”と戦うしかない……)


 真司は、覚悟を決めた。


(そうだ……蓮を生きたまま逃がしたときから、こうなることは分かってた……)


 舌打ちがひとつ。


「なら、やってやるよ……」


 真司は即座に、模倣の能力を万有引力から瞬間移動ワープへと切り替えた。

そして――次の瞬間。


 スッ――


 “シュッ”という空気の切れる音とともに、真司の姿は霧のように消え――

気づけば、4人の"偽士郎"たちの一人の背後に立っていた。


「――ッ!」


 何も言う間もなかった。

 真司は即座にその人物の首に両腕を巻きつけ、デッドロック。


 ゴキリッ、と嫌な音がした。


「ぐ、う……!」


 その人物が呻いた。


(こいつが、誰だ? 士郎か? 美穂か? 風間か?……それとも、蓮か?)


 誰かは分からない――が、

 この状況で、一人を確実に殺すことができれば、戦力は大きく削げる、そう思った。


(殺した後……次は何の能力を使う? 万有引力で潰すか? 瞬間移動で撹乱―はもう一回使ったからできない…… いや、蓮を倒すには、別の手が……)


 真司は腕に力を込めながら、冷静に次の手を探っていた。


 真司の腕が、士郎の顔をした人物の首に食い込んだ。

 その喉から漏れるかすかな呻き声。

 しかし、次の瞬間――


 ズズ……ッ!


「……っ?!」


 腕の中の人物が、急激に引っ張られた。


 まるで何か見えない力に引きずられるように、真司のデッドロックごと、

 その人物が前方へと滑るように動いた。


「なっ――!」


 その人物を締めていた真司自身も、同じ方向へ引き寄せられていく。


 引力――?

 万有引力の殻の中に、さらに別の万有引力が作用している?


「……ありえない……!」


 真司の脳内に走る疑問。

 万有引力は、質量を中心に均等に働くはず。

 中心が一つである限り、中心に引かれる以外の動きはしない。


――なら、これはなんだ?

――この引かれ方は……


 その瞬間、真司の脳裏に電流が走った。


(……違う。これは万有引力じゃない……)


 磁力だ。


 吸い寄せられるような、そして極性のある引力。

 あの“士郎の顔をしたもう一人”から、特定の方向性を持って引かれている。


 その事実に気づいた真司は、すぐに判断を下した。


「――離れろッ!」


 己の腕を解き、締めていた相手の身体から即座に距離を取った。


 だが、遅かった。いや、高木の予想を超えた事態が起こったのだった。

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