第16話 暴走アビリティー

 引力が使えれば、ブラックホールのように、光を動かすことも、空間の歪みを作ることもできるかもしれない。


 だが――


 俺は、この力のことを、ほとんど知らなかった。


 雷の力は、瞬発的で破壊的。わかりやすく、明確で、制御こそ難しくとも、イメージはしやすかった。


 だがこの「万有引力」は違う。


 強すぎた。

 

 だからこそ、これまでろくに実験もできなかった。

 試せば何かを破壊する。

 冗談ではなく、人が死ぬ。


(果たして、どこまで引き寄せてしまうんだ……?)


(相手の内臓すら潰してしまうんじゃないか?)


(俺自身は……この力の中心にいて、大丈夫なのか?)


 この影の世界を作る能力者を引き寄せて――そして瓦礫やコンクリートの破片で潰してしまったら?

 俺はまた、人を殺すのか?


……それで、この世界から出られるのか?


――いや、ダメだ。


 ベストなのは、相手を引き出して。

 それから、能力で圧倒し、脅すこと。

 こちらに主導権を持たせ、影の世界から出る交渉材料にする。


 俺は殺さずに済ませたいと思った。


 うまくいくだろうか?

 けれど、それでも、やるしかない。

 俺は覚悟を決めた。



 一分が過ぎたと、体が告げていた。


 心が落ち着き、体内の軋みが新たな形に変わる感覚。

 脈動するように、新たな能力が、俺の中心に生まれ始める感覚がした。


 俺は右手を前に出し、ゆっくりと、力を込めた。


(いきなり全開にはしない……少しずつ……段階的に……)


 世界が軋んだ。空気が震えた。


 地鳴りのような音と共に、周囲の床が鳴った。

 壁にヒビが走って、どこかから、鉄骨が悲鳴を上げたような音がした。


 コンクリートの地面が、俺の足元を中心に沈み始めた。


 砂のように砕けたコンクリ片が舞い上がり、俺の方へ引き寄せられた。


 一片、また一片。

 それらは俺にぶつかることなく、俺の周囲で止まった。


 気づけば、俺の周囲には、コンクリート片でできた球体の殻ができていた。


 内側から見たそれは、まるで静止しているようであり、

 けれどそれが、膨大な重量によってその位置に“縛られて”いるのを、俺は肌で感じていた。


「……そうか」


 俺は、悟った。


 これは“引力”ではない。

 正確には、引力が生まれる原因となる、とてつもない質量のバリア――重力核のようなものが、俺の周囲に形成されたのだ。


 この“球体の殻”こそが、俺の能力の本質。


 そしてその重さこそが、引力を作り出していたのだった。


 能力を理解したとき、それなら、制御は可能だと俺は確信した。


「……イケる」


 この力で、影の世界すらねじ曲げることができる。

 見えない支配者すら、引きずり出せる。


 俺は、初めてこの空間に勝てるという感覚を得た。

 そうやって、制御しているつもりだった。

 引き寄せる力の強さを、自分の意思でコントロールしていると信じていた。


 だが、それが過ちだった。



 俺は、徐々に右手の力を強めていった。


 ズゥゥゥゥゥン――ッ!


 低く、地の底から唸るような音が鳴った。

 その瞬間、俺の視界の端で、巨大な質量が引きちぎられるように浮かび上がった。


(……え?)


 ビルの一部。


 壁。床。鉄骨。


 コンクリートが砕けて、空を舞い始めた。


 ゴゴゴゴゴ――ッ!


 まるでスローモーションのように、だが確実な速度で――

 建物そのものが、俺の方へ“引きずられてくる”。


「やばい……っ!」


 俺はつぶやいた。


 このままじゃ――

 ビルが崩れる。


 しかも、その全てが俺を中心に巻き込む形で。

 自分の周囲に集まるコンクリート片はすでに一つの塊となっていて、

 巨大な球体のような質量になりつつあった。


(止めなきゃ……!)


 俺は叫ぶように、右手の力を弱めようとした。


 だが――止まらない。

 

 力が、止まらない。


 否――止めようとすればするほど、引力が強くなっていった。


 コンクリートの塊は、周囲に当たりながら砕け、粉々になっていった。

 粉塵が渦を巻き、光を遮る。

 世界がグレーに染まっていった。


「止まってくれ……頼む、もういいだろ……っ!」


 そう叫んでも、力はどんどん強くなっていった。

 制御しようとすればするほど、内側から反発するように暴走していった。


 まるで、力が俺の意志を拒絶しているかのように。


 そして――


「……え?」


 俺の目の前に、何かが飛来した。

 それは、人間だった。


 ぐちゃぐちゃの髪。血だらけの服。

 どこから来た、誰かも分からない。


 だが、俺は確信した。

 その人間が、この影の世界を作り出した、能力者だと。

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