第二部

第11話 雷鳴サポーター

 それから、一か月が経った。


 初任務から始まり、俺は気づけばもう三回目の任務に就いていた。

 最初の緊張と混乱は、まだ完全には消えていない。だけど、任務のペースは思った以上に早く、俺はそのたびに、少しずつ“異常な日常”に慣れさせられていた。


 今回の任務は「立てこもり犯の制圧」。

 人質を取っている武装犯が、あるビルの一室に立てこもっているというものだった。


 俺は今日で禁欲5日目。能力が雷の日。

 組織からの評価は、火力が安定していて、かつ安定して発動しやすいタイミング、とのことだった。


 組織は禁欲の大変さということは一切考慮せず能力を評価している。俺は大変だというのに。


 しかも、今日は――雷雨。雷の能力が最も強く発動できる日。

 天は、まるで俺の能力のために準備してくれているみたいだった。


 現場には、組織所属の特攻部隊が突入準備を進めていた。

 彼らは皆、強烈な光に耐えるために"特製黒ゴーグル"を装着していた。

 このゴーグルは、俺の雷撃に巻き込まれないための標準装備となっていた。


 俺はその隊員たちとは少し離れた位置にいた。

 立てこもりの建物の外――そのすぐそばの地面に、静かに腰を下ろしていた。


 地面には、組織開発の"誘電パッチ"が貼り付けられていた。

 これに雷を集めることで、犯人の注意を逸らし、突入を成功させるのが俺の役割だった。


「……お願いします」


 耳元の通信機から、作戦指揮官の落ち着いた声が響いた。


「了解」


 俺はそう短く返し、右手をゆっくりと前に差し出した。


 ほんの少し、力を入れるだけで――


 ズガァアァァンッ!!!


 天が裂けるような音と共に、雷が俺の手元……いや、地面に貼り付けた誘電パッチへと一直線に落ちた。


 バキバキッという強烈な音。

 そして、炸裂する白光――


 特製の黒ゴーグル越しに見ても、目の前はほとんど真っ白になった。

 ゴーグルがなければ、確実に目を焼かれていた。

 どれだけ繰り返しても、この瞬間だけは、心臓が跳ねる。


(……何回やっても、慣れるもんじゃないな)


 そう思ったとき、通信機が再び反応した。


「突入!」


 特攻隊が、今まさに建物内へと突入していった。

 だが、俺は動かない。


 俺の役目は“後方支援”。

 いざという時に、再度雷を落とせるように、ここで待機するのが任務なのだ。


 世間で言う「ヒーロー」とは程遠いかもしれない。

 でも、3回連続での任務で、俺のポジションは一貫して“後ろ”だった。


 それでも――誰かの命を救うために、俺ができることをしている。


 とかっこよくはいったが、犯人と対面なんて怖くて勘弁なので、後方支援でとてもうれしく思っていた。


 数分後。


「確保。人質無事。犯人拘束」


 通信の中で、誰かが淡々と報告する声が聞こえた。

 今回も、無事に終わったようだ。


 俺の背中から、緊張がすぅっと抜けていった。


 そして、最後にもう一つ、聞き慣れた優しい声が届いた。


「……今回も、お疲れ様です」


 西村さんだった。

 任務のたびに、必ず俺に声をかけてくれた。


 どんなに過酷な現場でも、この一言だけで、少しだけ報われた気がした。



「帰宅する前に、施設に寄っていただきたいです」


 任務を終えて車に乗り込もうとした俺に、西村さんが通信越しにそう言った。


 帰れると思っていた心が少しだけ沈む。でも、拒否できないのはもう分かってる。


 ――結局、いつものように目隠しをされて、どこをどう走ったのか分からない道のりを経て、あの“組織の施設”へと連れていかれた。


 建物の無機質な空気。

 変わらない静寂と、冷たく光る廊下の蛍光灯。

 警備員の鋭い視線と、監視カメラの無言の圧力。


 だけど、今日案内されたのは、いつもの会議室とは違う、小さな部屋だった。


 中にいたのは――西村さんだけ。


 それだけで少しほっとした。

 何か変な発表があるのかと緊張していたが、彼女の落ち着いた佇まいに、少しだけ肩の力が抜けた。


「蓮くん、あなたのランクが上がりました」


 彼女はそう言って、静かに笑った。


「……え? ランク?」


 聞いたことない言葉だった。

 俺、ランクなんてあるんだ……。まるでゲームみたいだなと、ちょっと可笑しくなって、


「ありがとうございます」


 と、つい反射的に口にした。


 「ふふ、ゲームじゃないですからね」と西村さんは言った後、表情を引き締めて言葉を続けた。


「そこで、あなたには、もう少し難易度が高い現場を担当してもらいます」


 そう言いながら、書類を一枚、俺の前に差し出した。


 無機質な灰色のファイルに、黒いスタンプが押されていた。


 俺は中を開いて目を通す。


 そして、そこに書かれていた一文で、背筋が凍った。


「……え、これって……」


 俺が顔を上げると、西村さんは静かにうなずいた。


「そうです。能力者がいるかもしれない犯罪組織の撲滅依頼です」


 俺は書類をもう一度見つめた。

 そして、ゆっくりと、深く息を吐いた。


 その時の俺は、この事件が、これからの俺の能力者人生を大きく変えることになるとはまだ思ってもいなかった…

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