第10話 契約ヒーロー

「――は?」


 思わず、声が出た。


 何を言っているのか、理解が追いつかなかった。


 「……特殊事案解決戦力者って、なんですか?」


 俺は恐る恐る、真正面に座るスーツの男にそう尋ねた。

 あまりに現実味がなさすぎた。まるで映画や漫画の世界みたいな単語に、俺の脳は追いつけていなかった。


 すると、その男は、目を丸くして言った。


「そうか……君は、この年になって初めてこの組織に関わったから、何も知らないんだな」


 彼は一息ついて、姿勢を正し、改めて口を開いた。


「まず、自己紹介からしておこう。私はこの組織の最高管理責任者であり、防衛大臣を務める相原寿光あいはら としみつだ。隣は私の秘書、阿久津玲あくつ れいくん。そして、君の実験を見守っていた彼女は、西村香澄にしむら かすみくんだ」


(防衛大臣……)


 どこかで見たことあると思ったら、テレビの国会中継で何度か見た顔だった。

 まさか、そんな大物が目の前にいるなんて。


「あっ、あの……真中蓮です」

 俺は反射的に立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。


 相原――いや、防衛大臣は軽くうなずき、続けた。


「さて、本題に戻ろう。君に任せたい“特殊事案解決戦力者”――通称“特戦”とは、日本が直面する異常事態、超常的な脅威、あるいは既存の法や戦力では対処不可能な事象に対し、異能力を持った者が解決に当たる、国家直属の特別任務チームのことだ」


 俺は無言になった。

 それって――つまり、とても危険な事件を能力で解決しなきゃいけないってことじゃないか。


 すると、相原が笑って補足した。


「かっこよく言えば、そう。アニメでよく見る“ヒーロー”みたいなものだね」


「……そんなの、俺には無理ですよ」


 即座に言葉が出た。

 昨日まで高校生で、能力の制御すらできなかった俺に、そんな大層な役目が務まるわけがないと思った。


 だが――


「その気持ちは、わかるよ」


 相原は一瞬、困ったような顔を見せた。

 だが、その表情の奥には、どうしても譲れない何かがあるような気配があった。


「だけどね、蓮くん。君には、拒否権はないんだ」


 優しく言った。けれど、その言葉の重さはずしりと胸にのしかかった。


 相原の声は続いた。


「この施設の維持、君の存在の秘匿、日々の支援……それらには莫大な資金と人員が動いている。そしてそれらすべては、“君が日本のために力を使ってくれる”という前提で成り立っているんだ」


 そして――決定的な一言が、突き刺さる。


「もし君が断れば……その力は、将来的に日本の脅威になる可能性がある。そう判断されれば、君を拘束、あるいは……最悪、消去せざるを得なくなる」


 俺は言葉をなくした。

 あまりに一方的で、逃げ場がない。

 俺はしぶしぶ、うなずいた。


「……わかりました」


 とんでもないことになった。俺、死ぬまで国の道具ってことじゃんか。

 ――そう思ったとき、相原が少しだけ表情を緩めて言った。


「心配しなくていい。君が任務中に危険な目に遭わないよう、私たちも全力でサポートするから」


 正直なところ、どこまで信じていいのかはわからなかった。


 「それと――」と、相原は視線を横に流した。


「西村くんを、君の“メインサポーター”に任命する。困ったことがあったら、何でも彼女に相談するといい」


 俺の隣に立っていた西村さんが、立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「これから、よろしくお願いします。真中蓮くん」


 まっすぐな目。

 どこか冷たい印象を受けるその目に、今は妙な安心感があった。


 俺は小さく微笑んだ。


(……美人なお姉さん、西村さんがついててくれるのは、少しだけうれしいかも)


 この不安だらけの状況の中で、唯一「良かった」と思えたのは、彼女が俺のサポーターになってくれたことだった。


  それから、俺はやっと施設での実験を終えて、数日ぶりの家に帰宅できた。

  布団に入りながら、あぁ、今後どうなってしまうんだろうと思いながら天井を見ていた。


 まさか、禁欲したことでこんな目に合うとは…

 禁欲なんかしなきゃよかった、と心から自分を恨みながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

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