間話4:弟子の煽りは師匠譲り
エデン北部 ドリスの街
例によって日課の修行を終えたランバートが、とある建物の一室の扉を開くと。
「ほう……電撃に反応を示すのか。ならば、天使にも神経か準ずる物が通っているという事か?」
天上の美女たるミラが縛り付けた生首に電撃魔法を放って反応を見ているという、極めて猟奇的な姿がそこにあった。
「……見栄えが悪すぎる光景だな……」
「ふっ……生物実験とは得てしてそういう物さ。まあ、天使が生物かどうかは議論の余地があるわけだが」
そんな事を言った直後に、彼女はいつもと同じ極めて美しい微笑を浮かべて。
「それに、わたしは覚えているよ? あの時のキミの発言を」
「……? 俺は何か言ったのか?」
ミラは本当に愉しそうな顔をしながら。
「『君は……確かに天使ではないようだ』」
「!?」
ランバートの声真似をするミラを見て、彼は最初の日の自らの言葉を思い出した。
「いやあ……面白すぎる笑い話だったよ。まさかキミにはわたしが『これら』と同じに見えているとはね。余りにも予想外すぎた」
「あ、あれは……いや、その……」
思わずしどろもどろになるランバート。
無意識とはいえ、まさかそのレベルの愚弄をしていたとは。
目の前の完成された美貌を持つ存在を、これほどまでに醜悪なる存在と同じと称するのは、謝っても許されるとは……などと考えていると。
「ふっ……冗談だ。記憶がないが故の純粋な褒め言葉である事は当然理解しているさ。ただ……同種でも知識の有無で言葉にこれ程の差分が生じるという事は、異種族ならば尚更という事はわかるだろう」
「……君は本当に意地が悪いな……言っている事は正しいから尚更に質が悪い」
彼の言葉にミラは何故か満足げにして。
「そして、天使ほど訳の分からない存在であれば、最早言う必要はあるまい。だが、わたしの仮説では……まあ、それは奴に聞けばいいか」
またもや意味深な発言をするミラに対し、ランバートは先日の戦いを思い返す。
「……奴の話か」
街の支配者……黒狼族や猫族たちの守護者の様な事をしていた天使たちの中でも1番強く、そして目を背けたくなるほどに醜悪なる存在。
目の前の生首もそうだが、あれを天使と称するのはランバートとしては複雑な気持ちだった。
「ああ。天使を普通に捕まえようとしても、奴らは自壊する。故に、こうして研究の機会に恵まれるのはわたしをして初めてでね。色々と楽しみだよ」
「自壊? ああ、だから俺にやらせるのではなく、君が自ら魔法で捕まえたのか」
これまでは基本的にランバートや他の英傑たちが戦っていたのだが、天使との戦いに限ってはミラが前に出て、ひたすら連中を捕獲していくというやり方をしていたから。
「天使の生態研究は、学者としては正しく念願の物でね。故に、アルカディアにおいて、奴らを自壊をさせないように捕らえる魔法を開発した。だが……結局、旧世界において新たな天使が出現する事はなく日の目は浴びなかったんだ」
ミラは懐かしむ様な顔をして。
「しかし、こうして天使が再び出現してくれたからね。あの研究開発の日々は無駄ではなかったという事だよ」
「……そうか」
ランバートはどれほどの労力を要したか知らないが故に、ミラの言葉に頷くしかなかったが……彼女の発言から推測するに、その捕獲魔法はぶっつけ本番だったのだろうか? などと考えていた。
とはいえ、目の前の超越的な魔法使いならばそれでも失敗はしないのだろうが。
「さて、ではこれは封印して……奴の元へと向かおうか」
ミラが何処からか取り出した札に天使を封じ込め、ランバートにそう提案した。
(その札は一体……いや、今更か)
──そうして2人は街の支配者だった天使を捕らえている部屋の前に着き。
「セルフィナ、ご苦労様。奴の様子は?」
「はい。特に問題ありません。時折何やら恨み言を叫んだりはしますが……」
「ふむ。それは何よりだ」
「恨み言を叫ぶのは何よりなのか……いや、何でもない」
ランバートの思わずといった呟きはともかく。
槍を持ち、門番をしている人物──肌色の髪をした18歳程度に見える見目麗しく礼儀正しい少女──であるセルフィナの言葉を聞いて、ミラは満足げに頷く。
「本来キミにこんな見張りなんていう雑務をやらせたくはなかったのだけれどね……まあそれも今限りだ。この話を終えたら奴は封印するさ」
「はい、わかりました」
なんてやり取りをしてから。
「セルフィナ。今からの話だが、キミも聞いていくか? この世の真相がわかるかもしれないぞ」
かなり軽い感じで、ちょっとそこまで歩かないか? みたいな風にとんでもない事を言ってきた。
「……ミラさんって、いつもさらっと凄い事を言い出しますよね……」
「……最初から関わっている俺ですらまだ慣れんからな……」
そうして、3人は部屋に入り。
「呪われるが良い! 『聖女』よっ!!」
開幕一声が、やはり全身を縛り付けられた気色の悪い目玉鎧によるミラに対する罵声だった。
「ふっ……お前たちの怨嗟の声はわたしたち人類にとってはこの上ない美酒だよ。精々そうやって無意味に叫び続けるがいいさ」
「おのれええぇぇ!」
そんなやり取りをするミラと天使を見ながら、セルフィナはランバートに。
「あの。捕まえた時にも思いましたが、あの天使……ミラさんの事を『聖女』って……」
「ああ。俺も気になった。ただ、それをミラに聞いて良い物なのかと思ってな……」
そんな2人の声を聞いたミラが頷いて。
「ふむ、そうだね。折角だしそれについて聞いてみようか」
再度、彼女は天使に向き直す。
「お前たちに何と呼ばれようと知った事ではない。けれど、わたしが『聖女』という事は、お前たちには男女の概念があるという事だな?」
「……」
「だんまりか。お前のその態度自体がわたしの仮説を正しいと言っているような物だけれどね。まあ、神がわたしたちをそういう形で生み出した以上、お前たちが男女の概念を知識として理解しているのは必ずしもおかしな話ではないけれど」
男女の概念。
勿論それは種の繁殖の為にある物であり、目の前の存在にとっては間違いなく無縁であろう概念だ。
ミラの言う通り、天使も人類も同じく神による創造物である以上、知識としてあるのは不思議ではないが……さりとて聖女という呼び方は確かに少し不自然な気がするとランバートは考えた。
何より、何故ミラを聖女と呼ぶのかの方が気になっていたが。
そんな彼女はまるで愚者を侮蔑するような表情をしてから。
「なら違う方面で質問をしようか。お前たちはあの気色の悪い『イヴリース』によって生み出されていたが……」
「貴様ァ! 我らが『母』を愚弄するかっ!」
自らの言葉を遮った天使の激情に、ミラはそれを待っていたと言わんばかりに愉しげに嗤う。
「ほう……随分と人間らしい反応をするじゃないか。やはりお前たちのベースは人類と近しいという事か?」
その言葉にランバートとセルフィナは驚きの表情を浮かべて顔を見合わせる。
まさか『これら』と人類が近しい?
そんなはずは……
言わずとも、2人は同じ事を考えていた。
そして、そんな2人を横にミラは天使を心の底から見下しているかのような態度を取る。
「ふっ……腹立たしいか? 『母』であるイヴリースを殺したわたしに、こうして何も出来ずに木偶の如く囚われるのは?」
「呪われよ! 忌々しき『聖女』っ!!」
天使が再度激昂する。
──ミラたちのやり取りを見ながら、セルフィナはランバートに向かって。
「さっきも驚かされましたし、多分今、あたしたちって神話とかこの世の真相とかの話を聞いているんでしょうけど……それより何より」
セルフィナは呆れたような表情をし。
「恨み言のレパートリーが少ないぞ。所詮は愚劣なる下等天使といったところだね。お前たちを創り出したイヴリースも……」
「おのれおのれおのれぇぇぇ!!」
……溜め息を吐きながら。
「ミラさん、すっごく良い顔で煽っていますね……」
「……ああ。そうだな……」
そうやって煽るから話があまり進まないのだろうに……なんて突っ込みを入れる程ランバートは勇者ではなかった。
「じゃあ、また他の質問をしようか。この世界に現在蔓延る新種族……人にやたら近しい奴らは一体何だ? 何故お前たちが管理者を気取っている?」
それは、ランバートもセルフィナも、他の英傑たちも全員気になっている謎だった。
結局、黒長耳族やら何やらは一体何なのか? と。
「……」
「わざわざ試練を突破し、報酬を与えて成長を促す遺跡を建設している。しかも当て付けのように、旧世界において最も優れた建造物たるアルカディアを模した形で」
「……」
またもや黙り込む。
「あの、ランバートさん。それってつまり……」
「……そういう事なのだろうな。まあ、それは俺も可能性として考えていたが……」
それはつまり、ミラの言う通り遺跡を建設したのは天使たち……或いは近しい存在であり、建設理由は異種族の育成の為という事を示していると自白しているような物という事はセルフィナにもランバートにも理解できた。
そんな天使にミラは呆れ果てているような顔をして。
「だからお前は……まあ、いい。優れた物を模倣するというのは必然的に作者への敬意を示す……つまりお前たちがわたしに屈服している事の表れだからね。必ずしも悪い気分ではないさ」
「図に乗るなよ……『聖女』の分際で……!」
罵声を受けてミラは愉しそうに嗤い。
「何のために異種族……いや新たなる人類と呼ぶべきか? を育成しているのか。とはいえ、まあわたしもそれをお前のような木っ葉風情が知っているとは思わないよ」
ならば何故聞いた?
と口を挟めるほどランバートは勇者ではなかった。
……もしや、彼女はこうして怒りで震える天使を煽る為だけに聞いているのだろうか……?
「上っ面だけの理由ならば知っているかもしれないけれど、そんな物は求めていない」
ミラは一瞬溜めてから。
「だが、これは知っているだろう? ……居るな? 2体目の神が」
「な……」
「何?」
「え?」
ミラ以外の三者とも同じリアクションを取ったように見える。
だが、実情は。
「ほう……そうかそうか。やはり居るのか。まあ、状況証拠的にほぼ確実にそうだろうとは思っていたけれど、確認出来て良かったよ。じゃあ……封印だ」
彼女はそう言って天使を封印した。
そしてランバートとセルフィナの方を向いてから。
「さて、まあ今回はこんなところかな」
「……もう良いのか? いや、俺としては情報過多ではあったが……君ならば、もっと聞きたい事もあったのではないのか?」
例えば、2体目の神が居るならば……何処に? などの話は今すぐにでも聞いて然るべきのように彼は考えた。
それこそ、拷問してでも聞き出すべき史上の命題に思える。
「まあ、それは確かにそうだけれど……奴らの生態は謎だからね。殺さず苦痛を与え、拷問する塩梅がまだわからないんだ。殺してしまうのは最悪だから」
「なるほど。それなら、これからは生首たちのような言葉を解さない天使で実験を進めるのですか?」
この真面目で素直なセルフィナも、だいぶ物騒な事を言うようになったなとランバートは感じた。
……どんどん皆がミラに染まっている気がするのは気のせいだろうか?
まあ、それで何か問題というわけではないのだが。
「そうだね……と言いたいところだけれど、どうやらそう長い間これに時間をかけられる状況ではないみたいだからね」
「……2体目の神の話か。確かに、グズグズしては居られなさそうだな」
「ですね……まさか、神が……いえ、確かに予想できる話ではありましたが、それでも実際にこうして突き付けられると……」
ランバートやセルフィナもまた100英傑。
一連の謎の背後に神が存在する可能性は無論考えていた。
しかしいくら可能性を考えていたとはいえ、実際に居て、そして状況的に間違いなく人類の敵という事実を踏まえると、2人であっても流石に平静でいるのは難しかった。
「ああ。それにまず、わたしたちはどうやらルナの相手をしなければいけないらしいしね。……ふふ。それはそれで非常に楽しみだから、わたしとしては歓迎すべき話だけれど」
「天帝ルナ。君の孫弟子であり、俺の弟子か……」
3年前に突如として現れたエデンの覇者である存在は、ミラによるとランバートと帝国の皇女の2人が育成した弟子との事だった。
「ああ。キミとしてもルナに会うのは楽しみなんじゃないか?」
「……そう言われても、俺には記憶がないからな……」
ミラは普段通りに楽しげに笑いながら。
「ふふ。懐かしいな。キミはアリスリーゼの言葉には基本的に逆らう事はなかったし、それが更に彼女を怒らせたりしていたのだけれど……ルナの教育方針に関してだけは言い争っていた事は良く覚えているよ」
「ランバートさん、1000年前もそんな感じだったんですね……折角ここまでの力を持っているのに。……あたしだったら……」
同情するようにランバートを見た直後に、何やら小声で呟きながら顔を赤くするセルフィナ。
そんな彼女を横にミラが。
「ルナは自分を遥かに超える武の才を持っているのだから、武の鍛錬に時間を割くべきとずっと言っていたね。当然、アリスリーゼも自分を超える魔法の才能を持つルナは……なんていう不毛な言い争いをしていたよ」
「……そうか」
1000年前の自分の醜態を聞かされ、非常に微妙な気持ちにさせられるランバート。
そして。
「つまりはまあ、そういうわけだ。とりあえず、天使で遊ぶのは程々にしておいて……北部の英傑を早く集めて中央に向かおうか」
などと言い、ミラは場を締めた。
「……やはり遊んでいたのか……」
〜100英傑の書〜
第十三編
『至天の聖者』
ダークネス
性格:公正 公平
好きな物:特になし
嫌いな物:特になし
特殊能力:物質に魔力を込める 悪意感知 精霊との交信
人物評:
人類に最も貢献した存在を幾人か挙げろと言われたら、あの『神殺し』やわたしの次に挙げられるだろうと確信出来る聖者。
かの『銀の暗黒女帝』や『煽動者』が十傑入りしていない事と同じように、彼もまた十傑入りしていないのは選抜基準が戦闘能力に偏っているだけと断言できる程の功績を残した、人類で最も徳の高い聖人である。
その叡智と圧倒的な魔力量、呪いを打ち消す聖魔法の力、精霊との交信による災害の未然防止などで人々を導いていた彼は『裁きの日』が訪れるまでは『神の子』『預言者』などの異名で称えられていた。
しかし、神こそが人類にとって最大の敵だと判明したがために、神を信仰する者の総本山たるローディス教の誰かが責任を取って処刑される必要があった。
怒りに暴走する人々の溜飲を抑えるに足る存在の選択肢は教団の頂点たるダークネスか、彼の妹である聖女カルロッタのみであり、人柱として選ばれたのは美しさと慈愛の心を持ち、そして特別な魔法の才能を持たないただの童話好きの少女でしかなかった『偽りの聖女』だった。
見せしめの為に行われた数十年にも及ぶ長き裁判の後に、ダークネスは自らの手で『異端者』として妹を火刑に処し、そして心が壊れた。
ひび割れた器であっても、元が強く大きすぎた為に人類を暫く延命させるには十分であったのは、人類には幸いだったが彼にとっては不幸だっただろう。
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